雑用係 クソガキに部屋に乗り込まれる

 まいった。最近仕事を受けすぎたかな。


 俺はどうにも疲れているらしい。まさか俺の部屋にあのクソガキが居る幻覚を見るなんてな。ひとまず一度開けた扉を閉め、よ~くまぶたを揉み解す。


 ……こんなもんか。さ~て今度こそ、


「ちょっとぉ。ヒドイよオジサ~ン。人の顔見るなり扉を閉めちゃうなんて。……あっ!? もしかして照れてる? そっか~そうだよね! 寂しい独り身の部屋にこんな女の子が来て落ち着いていられる訳ないよねぇ。ゴメンゴメン!」


 チクショウっ! 幻覚じゃなかった。この口調に憎たらしい態度。間違いなくあのクソガキだ。俺は額に手を当て大きくため息を吐く。


「何で俺の部屋で堂々と本を読み散らかしてるんだお前は? というかどうやって入った? 鍵は掛けていた筈だ」

「さっき言ったじゃんオジサン。聞いてなかったの? 。それでオジサンを待ってたら暇だったから、ちょっとそこにあった本を読ませてもらったよ! ドアは……ほらっ! 貸してもらっちゃった!」


 テーブルの周囲に同僚のトムから借りた本が散乱する中、白のキャミソールの上に水色のパーカーを羽織ったクソガキはひらひらと手に持った物を振ってみせる。


 ……あれは!? 俺の部屋の鍵の予備!? それは確か支部長が管理してる筈……ハッ!? 支部長ぉぉっ!? 何で渡してんのっ!? あの人クソガキに弱みでも握られてんのかっ!?


「それよりオジサン。いつまでも扉開けっ放しでそこに立ってて良いのぉ? 誰かに見られちゃうんじゃない? ……もしかして見られてる方が興奮するとか? クスクス。やっぱりヘンタイさんじゃん!」

「するかこのバカっ! 言われんでも閉めるっての」


 俺は部屋に入って乱暴に扉を閉める。しかしその様を見てクソガキはクスクスと笑うばかり。一体何なんだよコイツは。こんなん無視なんか出来ねえよっマーサっ!





 俺はひとまず来客用の座布団を取り出してきてクソガキに手渡し、クソガキが使っていた自分用の座布団を取り返す。長く使って少し汚れているからな。自分用なら良いがクソガキだろうと他人に使わせられるか。


 そして部屋の冷蔵庫から麦茶を取り出すと、俺と一応クソガキの分をコップに注いでテーブルに置き、ざっと散乱していた本を片付けてそのまま対面に座った。そしてクソガキはと言うと、


「前来た時もそうだったけど、意外に部屋を綺麗にしてるんだね。あたしてっきりもっと汚くて虫でも出るのかと思ってたよ」

「意外で悪かったな。あとスカートで胡坐は止めとけ」

「なになに? オジサンスカートが気になるの? フフ~ン……エッチ!」


 大人の俺はともかく、同年代にでも見られたら恥ずかしいぞと言おうとしたのだが、このクソガキ変な風に受け取ってニヤニヤしてやがる。


「……まあそれは置いとくとしてだ。本題に入るが、一体どこから俺の部屋に泊まるなんてトチ狂った言葉が出てきたんだ?」

「え~っと……何となく? 急にそんな気になって」


 なんじゃそりゃ? ますます意味が分からんぞ。俺が困惑する中ネルは麦茶を口に含み、


「あっ!?」


 どこか不自然に手を滑らし、落下するコップ。幸いコップはプラスチック製だ。下に落ちてもそう簡単に割れる事は無い。だが、


「あ~ん。びしょびしょ」


 派手に麦茶を零してしまうネル。かなり残っていたので床も服もぐっしょりと濡れ、キャミソールは肌に張り付いてしまっている。何をやってんだまったく。おまけに何が面白いのか、濡れた胸元の部分を引っ張りこちらをチラチラ見てるし。


 ……待てよ? これはつまりか?


 考えてみれば、ここしばらくも含めてずっと一貫して人を煽るような態度。そして今の動き。なるほどなるほど。理解した。


 そういう事であれば、俺は大人としてきちっとやらねばならないな。クソガキが大人にそんな態度を取り続けたらどうなるか。


「……人の部屋に勝手に入り、本(俺のじゃないが)を散らかし、大人を馬鹿にした上麦茶を零す舐めた態度。いい加減にしろよこのクソガキが」

「お、オジサン?」


 ふっ! 甘かったなクソガキよ。俺は丁度さっき仕事が終わり、! もう最初に会った時のように容赦はしない。躾の時間だ。


 ネルは俺の様子に何か感じ取ったのか、一歩二歩と後退って部屋のタンスに背中がぶつかる。ふっ。今さら怖気づいたのか。しかし俺は見逃さない。顔を俯かせるネルの口元に微かに浮かぶ笑みを。


 俺は静かにネルに手を伸ばし……その後ろのタンスからタオルを取り出してネルをゴシゴシと拭く。


「わきゃっ!?」


 意表を突かれたのか、小さく驚いた声を上げてなされるがままのネル。だがすぐに気を取り直してタオルを取ろうとするので、俺は軽く叱りつける。


「ジッとしてろコラっ! ああもぅこんなに濡れてんのにそのままにしやがって。ホントにガキだなお前はっ! 人をからかうのにどこまで身体を張ってんだっ!」



 そう。



 正確に言えば、俺が怒り狂ってこいつに手を上げるのを待っているのだ。


 俺はチラリと視界の端にこのクソガキの荷物……服が入っているだけにしてはやや大きめのカバンが、僅かにファスナーが開いた状態でこちらを向いているのを確認する。


 やはり思った通りだ。おそらくあれに何かしらの撮影機器、カメラかそれに近い何かが仕込んであるに違いない。あとは適当にこちらを煽り、一発喰らった所を記録。俺が子供に手を出したという醜態を周囲に晒してこの前の説教の復讐をするといった所か。


 お泊りというのもあの荷物を不自然にみせない為のフェイク。最近のガキは中々に考えてやがる。だが詰めが甘かったな。見破った以上もうその手には引っかからない。


「オジサンっ!? 一人で拭けるっ! 拭けるって!? もうっ」


 ネルも慌ててタオルを受け取り自分で拭き出すが、慌てているのかまだ拭き残しが目立つ。やっぱりガキじゃねえかっ! ……仕方ない。


「おいクソガキ。!」

「……えっ!」

「濡れた服を着たままだと冷えるから脱いで風呂に行けって言ってんの! ほら早くっ!」


 いくらフェイクとは言え着替えくらいは用意しているだろう。俺は荷物ごとネルを脱衣所に放り込んでやった。帰ったら入ろうと既に風呂は準備済みだ。一番風呂を取られるのはシャクだが、風邪でもひかれたらいくら何でも目覚めが悪いしな。





 しかし考えてみたら、何であんなガキの世話をしなきゃならんのだ。ネルが風呂から上がったら、次のゲートの時間までたっぷりと説教して追い返してやるからな。


 ああ。その前に夕飯の準備もしないと。……アイツ、ここで夕飯を食っていくとか言わないよな?

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