第4話 さくらの過去

 翌日、株式会社ジャングルジムのA市案件で、綾菜はお父さんの介護のことをみんなに伝えたのだった。


「なんだ、そんな事情があったなら言ってくれればよかったのに〜」


と、邦恵は言った。


「そうだよ、お父さんのこと知ってれば、僕達も協力できたのに……」


奏太も綾菜の話に驚いた様子だった。


「ごめん、お父さんが病気のこと、あまり話さないでほしいって言っててさ。でも昨日確認したら、会社の人達にはご迷惑をかけるかもしれないから、話していいって言ってくれて」


 昨日、勇樹と話したあとでお父さんに確認したようだ。綾菜は何故かみんなにタメ口で話していてフレンドリーな接し方なのだが、その雰囲気もあってか、みんなは綾菜のことを娘や妹のような感覚で接していて、今回のことも心配している。


「何か困ったことがあったらいつでもおばさんに相談してね」


邦恵がそう言うと、


「ありがとう。邦恵さんはママみたいだね」


と綾菜が笑う。邦恵、奏太、勇樹も一緒に笑っていた。


そのとき、後ろから気配を感じ、


「……その……事情も知らずに怒鳴ったりして……悪かった」


相川が俯きながら、綾菜に謝っていた。


「事情を話さずに遅刻してた私が悪かったし、遅刻ばかりしてたら怒られて当然だよね。私も、ごめんなさい」


 綾菜も相川に頭を下げ謝った。相川はばつが悪そうに俯いていたが、綾菜も謝りこの話は解決となった。


「今回の件はたしかに綾菜ちゃんも遅刻を繰り返してたのは悪かったけど、相川さんも突然怒鳴ったりして怖かったよね〜」


邦恵が意地悪そうに笑って言った。


「正直相川さんは威圧的な言い方で怖いときがありますよ」


奏太も邦恵につられて話し出す。


「俺も、色々とあってストレスが溜まっていたから、ついつい言い方がキツくなってたのかもしれない……」


相川にも何か事情があるようだ。


「実はこの仕事の前、長年働いていた仕事をリストラされたんだ。業績が悪化してきて社員の何人もの人間がリストラされた。俺は今まで会社のために真面目に働いてきたのに、ある日突然リストラ宣告されたんだ。次の仕事を探してもなかなか見つからず、このジャングルジムに辿り着いた。そういうストレスもあって、つい言動がキツくなってたのかもしれないな……」


 相川はジャングルジムで働く以前の話を包み隠さず話してくれた。


 その時、A市案件の仕事場所に安田がやって来た。


「皆さんお疲れ様です。今日も川口さんお休みだそうですので、よろしくお願いします」


「またさくらちゃんお休みなのね」


邦恵が心配そうな顔をした。


「最近ずっと休んでますよね」


 綾菜もさくらのことを気にしている。相川と綾菜が揉めた日以来、さくらは会社を休むようになった。理由は分からないが、2人が揉めたことが嫌だったのだろうか……。

 勇樹もさくらのことが気になっていた。




 それから数日後の昼休み、勇樹と奏太は会社の前に販売に来ているワンコイン弁当を買ってA市案件のデスクで食べていた。

 A市案件のデスクには珍しく綾菜、邦恵、相川も揃っている。昼休みに全員ここに揃うことはあまりない。


 みんなで昼ご飯を食べながら何気ない会話をしていると、邦恵がふと綾菜の耳に付けているピアスを見た。


「綾菜ちゃん、そのピアス可愛いわね。そういうの、どこで買うの?」


「あ、これ、自分で作ったんだよ」


「え、自分で作ったの? 綾菜ちゃん手先が器用なんだね!そんな風には全然見えないよ」


奏太も驚いて綾菜のピアスを見た。


「しかも、これゴミなんだよ!」


 ゴミ?? 意味の分からないことを言ってハハハと笑う綾菜。

 綾菜は休みの日にゴミ拾いをしていて、拾ったゴミの中から使えそうな物を材料にしてアクセサリーを作っているのだそう。

 相川がゴミ拾いしてるなんて意外だと言うと、綾菜のお父さんが趣味でやっていたゴミ拾いを、脳梗塞で倒れて以降、お父さんに頼まれて代わりに綾菜がゴミ拾いをするようになったんだと言う。


「私、元々アパレルで働いててファッションが好きだし、アクセサリー作りも趣味だったんだよね。ゴミ拾いをやってるうちに、このゴミでアクセサリー作りできるんじゃないか? って思いついちゃって、最近はゴミ拾いにもはまっちゃってさ」


 楽しそうに話す綾菜に、みんな感心していた。



 ある土曜日、綾菜はゴミ拾いをしていた。先週は家の近くの桜ヶ丘町をゴミ拾いしたため、今日は一駅離れた藤川町でゴミ拾いをしていた。

 綾菜のお父さんが土曜日の昼間はデイサービスに行っているため、この時間は少し自由な時間があるのだ。公園の周りをゴミ拾いしていると、ベンチで座っている女性がいた。

 あれは、さくらだ。


「……さくら?」


 綾菜が声を掛けると、さくらは驚いてベンチから立ち上がった。


「いきなり声掛けてゴメン。私、今ゴミ拾いしてたら、たまたまさくらを見かけて……」


「綾菜さんゴミ拾いとかするんだ……なんか意外」


 軍手をしてゴミ袋を手に持った綾菜の姿をまじまじと見て、さくらは呟いた。


「フフ、私がゴミ拾いしちゃ悪いの?」


綾菜はさくらの反応に笑った。


「会社、ずっと休んでてごめんなさい。みんなに迷惑かけてるのわかってるし、行かないとと思ってるんですけど……」


そう言って俯くさくら。


「なにがあったの? 急に来なくなって、A市案件のみんなも心配してるよ」


 さくらから、会社に来なくなった理由を聞く綾菜。


 さくらは、高校生の頃にいじめに遭い、不登校になった。そのまま引きこもりになり、家から一歩も出られなくなってしまったのだそう。やっと少しずつ外に出られるようになり、現状をなんとかしなければと思ったさくらは、簡単そうなデスクワークのジャングルジムの仕事で働いてみることにしたとのことだった。


 いじめられた頃のトラウマで、大声や怒鳴り声を聞くと恐怖心を感じでしまうため、相川と綾菜の怒鳴り合いで怖くなってしまい、どうしてもジャングルジムに行けなくなってしまったということだった。


「そういうことだったんだ……。ごめんね。私が怒鳴ったせいで怖くなっちゃったんだね」


 自分と相川の怒鳴り合いが原因だと分かり、申し訳なくなる綾菜。


「綾菜さんが悪いんじゃないんです。私のトラウマが原因なだけなので……」


 さくらも申し訳なさそうに下を向く。

 会社には行けなくなっていたが、ずっと家にいるとまた引きこもりに戻ってしまいそうだと思い、近所の公園まで散歩したりしていたんだと話してくれた。


「じゃあ、私、親が心配するからそろそろ帰りますね」


さくらが立ち上がり、綾菜が言う。


「待ってるからね。ジャングルジムで、待ってるから」


 さくらは小さく頷き、自宅へと帰って行った。 

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