野バラが王宮にきた理由 10
エメラルド色の髪を緩く編みこんで、生花の髪飾りを差し込む。薄紅色のエンパイアドレスはまるで自身がバラのようないでたちで、スアラは大いに満足したとでも言うように全身を見回して頷いた。
「これほど印象に残る方は貴族でもなかなかいらっしゃいません。公爵家の方々も驚かれるのではないかと」
「まあ、ではこれで鼻を明かせるというものね」
「好戦的ですねぇ。でも、それくらいの意気込みはやはり必要かもしれません」
スアラはうんざりとした様子でそうぼやいた。普通は野バラのような者と公爵家の身分もプライドも高い連中とが一緒に食事などするはずもないのだ。イルミネは研究者というかわった仕事をしているせいかこちらに嫌悪感はないようだったが、普通の貴族は違うだろう。おそらく野バラという「珍獣」を眺めながら食事をし、獣が食事をするところをあざ笑いたいとでも考えているのか。
「まあ問題ないわ」
なるようにしかならなず、ひとところにこだわることはやめるように幼いころから言い聞かされてきた。両親は自由に旅をしているし、村の人々も「近くに住んでる人」という認識で、ずっと一緒に暮らす仲間という意識がなかった。
「人間に期待はしないもの。でも、お料理には期待したいところよね」
夕刻になり迎えにやってきた侍女に案内され、晩餐の会場に到着する。そこにはすでにイルミネの家族、公爵家の面々が揃って座っており、野バラが入るといっせいにこちらに目を向けた。スアラから聞いた家族構成を思い出しながらさっと観察する。一番上座に中年の男性が当主のジェイド、イルミネの兄であるエルネストと妹のデジレ、そして公爵夫人のアデライド。
最初野バラを見たとき、彼らはその鮮烈な色味と美貌にはっとしたように息を飲んだ。しかしすぐに嫌悪をあらわにするもの、表情がまったく動かないもの、表面上にこやかにしているものなど様々だが、周囲で待機している使用人を含め誰もが蔑んだ目をしていることに変わりはなかった。
(飯が不味くなる、ってやつねぇ)
野バラはなぜか最後に到着したことも、不愉快な視線も何も気づいていないかのような表情でほほ笑み、彼らに挨拶をした。
「お初にお目にかかります、野バラと申します。本日はわたくしのような者のためにありがとうございます」
一応習ったように腰を落とすが、まあ付け焼刃だから長年をかけて礼を身に着けた人々には不格好にうつったのだろう、冷淡に鼻で笑われた。
「これはこれは、ようこそいらっしゃった野バラ殿。さあ椅子にかけなさい」
「ありがとうございます」
当主のジェイドから声をかけられ、野バラは椅子に腰かけた。
「この度はうちの息子が迷惑をかけたようで、大変すまなかったね(公爵家の人間に話しかけられたからと言って調子に乗るなよ)」
「いえ、わたくしのような者にも気さくに話しかけてくださって(お前の息子が気軽に話しかけてきたせいで迷惑こうむってるんですけど?)」
ジェイドとニコニコ言葉の応酬をしていると、アデライドが加わってきた。
「あちらでの生活はどうでした?イルミネとは随分仲が良さそうだとうかがいました(うちの可愛い息子とまさかただならぬ関係ではないでしょうね?)」
「心地よい生活を送らせていただきましたわ。イルミネ様は研究者として大層真面目でいらっしゃって、わたくしの話を聞いてからは研究室にこもり続けておられました。(お前の息子ただの研究バカなんだけど?こっちは食っちゃねさせてもらったわ)」
表面上の言葉に毒を仕込むという作法だけはなぜかサブリナから褒められるほど身に付いた野バラはすらすらとまるでまっとうな言葉を吐き出していた。ぼろをださない野バラにアデライドが口元を引く付かせていると、食事が運ばれてきた。
目の前に置かれた皿の上には、可愛らしく薄切りにされた、肉が品よく乗っていた。
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