野バラが王宮にきた理由 4

庭園がよく見える東屋に、紅茶、スコーン、クッキー、サンドイッチ、そして野バラが摘んだ花が皿の上で芸術のように盛り付けられて置かれた。


「はぁ~綺麗」


野バラが見惚れて呟くと、イルミネは自慢げに微笑んだ。


「喰花族に出会えた時のために色々と研究してずっと考えていたんだ」


どうやら野バラが思っている以上にこの男の喰花族に対する研究は気合が入っているようだ。


「スコーンもクッキーも動物性のものは使ってないから、君でも食べられると思うよ」


そう言われ、野バラは期待で昂る胸を押さえるように息をついてからクッキーを指先でつまみ、端のほうを少しだけかじった。


「……!おいしい!」


あとは一口でぱくりと食べきり、今度は自分で摘んだバラを口に入れてしゃくっとかみしめる。


「んん~!香りと甘味が口の中に広がる。なんて素敵な花なの、野草にはとても出せない味だわ」


芳醇で香り高いバラに心を囚われている野バラはただただ美味しくて満足しているが、周囲は息を飲んでその様子を見守っていた。「本当に花を食べた」「あんなに美味しそうにされると食べたくなるな」とささやき合っている。


「それで、改めてなんだが君のことを聞いてもいいだろうか?」

「嫌よ」

「は?」

「お花は素晴らしいし、お菓子もお茶もありがたいとは思うけどあなたにされたことを許すかどうかは別だもの」


「テーブルに押さえつけてくれたし?」と棘を含めて言ってやるとイルミネは気まずそうな顔をする。野バラは昂った気持ちが落ち着いてはいたが今後の人生を台無しにされたことはきっちりと覚えていた。野バラの住まいにいる村人たちが移住するはめになったことも。


「そもそもあなた、まず謝ろうと思わないの?」

「あやま、る」

「わたしはあなたにとって珍しい種族なのかもしれないけど、わたしは植物のみを食べるってだけで意思のある普通の人間と同じなのよ。珍しい動物みつけたくらいにしか思ってないんじゃない?」

「そんなことは……」

「そうでなきゃ町でただ歩いていた女を急に捕まえて自分の家に引きずり込むなんてこと、するはずがないわ。いいとこのおぼっちゃんみたいだけど、平民には何してもいいと思ってるタイプの貴族なの?」

「おいお前、それ以上の侮辱は!」

「いや、その通りだな」


護衛の一人、恐らく一番偉そうな男がいら立って声を上げるが、イルミネはそれを押さえた。野バラは取り押さえられた恨みのこもった目を彼に向ける。


「そもそもさっきからつっかかってくるけどあんた誰よ」

「あ、あんただと⁉」

「無力な女と取り押さえるような奴あんたで充分でしょ」


野バラはふんと気も強く鼻を鳴らした。


「この方の護衛隊長を務めているドラン・アルランティスだ!お前、無力と言うが飲み物をこの方にかけたのを忘れたわけではないだろうな⁉いいか、本来はお前のようなやつと話す身分の方ではないのだからな!」

「やめるんだドラン」


野バラに詰め寄るドランを下がらせて、イルミネは「すまなかった」と頭をさげた。


「わ、若!なにもこんなやつに頭をさげなくても!」

「いや、彼女の言ったことは間違いないんだ。研究していた生き物がいた、と俺は確かに感じていて、君を無理にでも捕まえたいと思ってしまった。君はただ買い物をしていただけなのにな、本当にすまない」

「あら、謝るってこと知ってるんだ。謝ったことなんかない人種かなって」

「俺の身分は一応高いが、研究者として働いているからな。どやされることだってあるし頭をさげることもあるよ」


苦笑しながら言うイルミネに野バラはやっと気持ちを緩めた。


「まあ見つかってしまったらもう仕方ないと思っているわ。村でも言われていたの、見つかったらもはやなるようにしかならないってね」

「君たちの村には、その、言い伝えのようなものが?」

「言い伝えというか、見つかった時の心得というものがあったの。子供のころからそれを暗唱できるまで読みこむのよ」

「ははあ、それは俺も読んでみたいんだが。案内をしてもらうことはやはり難しいだろうか?」

「難しいというか……」


野バラは言ってもいいものか迷いながら言葉を彷徨わせた。


「まあ数日後ならいいかな?多分その時には体制が整ってると思うから」


では数日後に、ということで野バラはこの屋敷でお世話になることにしたのだった。

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