第2章 第12部 第4話

 「気にいるだけ、嬲っていい!その覚悟は出来ている!」

 

 炎弥のその言葉に、舞台上の吹雪は、黒羽の方を見る。

 しかし、そこには何も答えることも出来ず、放心状態のまま、泣き崩れている男の姿があるだけだった。

 

 「氷皇殿……」

 

 いくら、籠の鳥である卑弥呼でも、炎弥が何を覚悟し、これから彼がどうなるかということは、予想が付いた。


 それだけの目が彼に向けられているのだ。

 

 そして炎弥は、岳獅と火縄の側にまで来ると、二人の両肩に手を掛け、その前に出る。

 

 「今だ!討て!全員討て!!」

 

 香耶乃は声を震わせながら、六家及び学生に指示を出す。


 「およしなさい!成りませぬ!」


 しかし、それに反したのは桜子である。今そんなことをすれば、膨れ上がった彼等の憎悪が再び自分達の方へと向く。


 それはもう、押さえようのない暴徒となることだろう。

 

 「当主様に、従います」

 

 聖はそれに対してきっぱりとそういう。そう、天聖家の当主は香耶乃ではなく桜子なのだ。

 

 「何を!」


 「母者、弁えて頂けますか」

 

 本当に珍しく、桜子が母である香耶乃に対して、強い眼差しを向けるのであった。

 

 「っく!」

 

 卑弥呼を現人神として奉ると同時に、天聖家の仕来りもまた、彼女にとって守るべき理なのだ。桜子がその立場をハッキリと示した以上、彼女は口を閉ざすしかない。

 

 ただ、このまま目の前の青年がなぶり殺しにされる姿を見るのも忍びない・

 

 「大丈夫大地が側にいますから」

 

 桜子の心を読み取ったように、聖は言う。

 

 そして炎弥に対して、近くに投げるものがあれば、それを掴み投げる者もいれば、殺傷能力の低い気弾を飛ばし始める者達が出始める。


 そして、その射線が遮られている者達は、一斉に彼をやじり始めるのだ。

 

 「どう始末を付けてくるんだ!」


 「若造がいい気になりやがって!」


 「菱家を信じたオレ達が馬鹿だったよ!」

 

 などと、次々に心のない野次が飛び始める。


 それでも炎弥はそれを全て受け入れるため、ただそこに棒立ちになり、受ける覚悟でいた。


 だが、それを黙って見ていられない者達がいる。


 まずは岳獅である。


 「御舘様、説明は後でして頂きます」


 「やれやれ……大将はなんていうか……甘ちゃんだな……」


 そして、火縄も諦めきった様子で、両手で自分の頭を庇いながら、炎弥の壁となる。


 炎弥はただ、コクリと頷くに止まる。

 

 「彼がアンタ達の大将なんだな?」


 「ああ……」

 

 そう言って、大地は岳獅にそれを確認した後に、同じように壁となる。

 

 「君は……」

 

 まさか六皇である彼が、敵側の自分達を庇うなどと思いも寄らなかった岳獅は、驚きを隠せず、同時に心が少し震えた。

 

 「雛菊。儀は終わりました。後は貴女の振る舞いたいように振る舞いなさい。私と香耶乃では決して開かれる事の無い道を……」

 

 先代は、すっかり憔悴仕切ってしまっている黒羽にそっと手を添えて支え、導くように彼を奥の神殿へと連れて行く。


 その時に美箏に視線を合わせ、彼女に介助を願う。

 

 「え?」

 

 卑弥呼というものを理解している訳ではなかったが、彼女の位がこの世界でも頂点であるという予習くらいはしている。昨日今日学園に入ったばかりの自分にその役目が来るとは思いも寄らなかった美箏は、吹雪に助けを求める。


 すると、吹雪はコクリと頷き、それに従うよう美箏に促す。

 

 美箏は必死なだけだったし、況してや相手があの黒羽である。


 よもや自分を窮地に貶めたこの相手を助けるために、動く事になろうとは思いも寄らなかった。


 そして、先代のその行動に気が狂わんばかりに震えているのは香耶乃である。

 まさか、敵将の一人を助けるために、卑弥呼が動くなど、信じがたくあり得ぬ事態である。


 若き卑弥呼であるならば、諫めることも出来ようが、役目を果たし終えた彼女に、今更どんな言葉をかけることが出来ようか。

 

 寧ろそれは反意であり、定めに殉じたものとは言えない。

 

 「先生……私はどうすればよいのでしょう……」

 

 卑弥呼は悩む。責め立てられる炎弥を助ける術を思い着かないでいる。過去はいざ知らず、自分達には、何の遺恨もない。


 あるとすれば、確かに彼等が言う呪いが解かれることなのだろう。


 だが、その前に彼等の心を諫めなければならない。

 

 「どうか……八百万の神様……」

 

 卑弥呼は、額ずき祈る。自分にこの状況を打破する勇気と手立てを授けてほしいと、唯願う。

 

 そんな時だった。

 

 「……えっと……」

 

 神楽を連れた鋭児が姿を現す。漸く辿り着いたとおもったら、その標的は炎弥になっている。しかも岳獅達と大地が彼を守るように立っている。

 

 「赤銅さん……これは?」

 

 そんな中逞真を見つける。

 

 「炎皇……遅かったな。何をしていた?」

 

 その言葉には少々棘がある。

 

 「その……彼女にちょっと捕まっちゃってて……」


 鋭児は神楽の方を見る。


 すると神楽は、気まずそうに逞真から視線を外し、鋭児の後ろに隠れる。


 「そちらのお嬢さんは?」


 「毘沙門家の米沢神楽さん」


 「武家!?炎皇お前、何をしてるんだ!?」


 「いや……ちょっと訳ありで……別に裏切ったとかなないですから……」

 

 「当たり前だ!あってたまるか!」

 

 二人の関係性が解らない逞真は、驚きを隠せず、鋭児のその言葉が真実だと願うばかりだ。

 

 「実はよく解らんのだ……あのボウズが書状を出したと思えば、今度は味方からやじられる有様でな。どうなってるんだ。舞台の上で仲間割れをして、危うく卑弥呼様が殺されたんだ……と、まぁそんな経緯を今長々と話している場合ではないな。どのみち、貴奴等をどうにかせねばならんが……」

 

 簡単なのは、炎弥を責め立てている連中を殴り飛ばせばいいだけのことなのだが、それは桜子が禁じている。

 

 「ちょっと行ってきます。待ってて下さい……」

 

 何を待つというのか?と逞真は思うが、鋭児の背中には迷いがなかった。


 そして、小石が投げられ、気弾が打ち続けられる中、鋭児は炎弥のところにまでやってくる。

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