第2章 第5部 第18話
鋭児は、煌壮との稽古を一通りやり終え、七時前に帰宅する。
焔はいないが、案の定焔の家には、吹雪もアリスもおり、大地達も顔を出しているようだ。それが証拠に、彼と藤が乗っているワンボックスも、庭先に停まっているいる。
そこへ、鋭児と、彼の腕の内側に、そっと手を掛けた煌壮が戻ってくるのだ。
鋭児は制服のままだが、煌壮は鋭児から強奪した例の服装に着替えている。
「お帰り」
まず、吹雪が出迎えてくれる。
吹雪が出迎えてくれるタイミングは、大体アリスが食事の準備をしてくれている最中である。
「邪魔してるぞ」
戻った鋭児に対して、大地は律儀に挨拶をしてくれる。
そして、その挨拶ぶりは、すっかり鋭児が家主のような扱いである。このコテージは、焔のものであって、いうなれば鋭児は居候という立場である。
だから、そんな挨拶をされてしまうと、若干気持ちは複雑である。
「やんちゃ姫も元気そうだな」
そして、大地は煌壮に対しての挨拶も忘れない。
「うっす。おかげさまです」
煌壮は、ぺこりと頭を下げながらも、鋭児からは離れようとしない。
「シャワー浴びてきたら?」
「キラ、おまえ先にいってこい」
鋭児は自分よりも、煌壮の方を優先させる。
「はーい」
そうすると、素直な返事をした煌壮は鋭児と絡めていた腕から離れ、とことこと駆け足で、シャワールームの方へとと歩いて行くのである。
「済みません。バスの時間ギリギリになっちゃってて」
「ふふ。指導に熱が入ってたのね」
「吹雪さんは、早かったんですね」
「うん。今日は軽めに切り上げてきたの」
吹雪はキッチンの方に視線を送る。だとすると、こうなることを予想していたアリスの指示である。というより、この場合はお節介というべきだろう。
「随分懐かれてるようだな」
二人の距離感を見て、大地がクスクスと笑う。
「はは。そうですね。妹みたいで可愛いです」
鋭児は照れ笑いをするのであるが、すかさず吹雪の肘鉄が、鋭児の横腹に入る。それは痛くも何とも無いのだが、今日二人で行われるはずだった予定は、吹雪も知っている。要するにそれに対する、報告というわけだ。
煌壮の様子を見ると、それほどしっとりとしていないことから、急展開という訳ではなさそうだが、それはそれで気になるのである。
「あれなら、鋭児君も私か、アリス先輩の家で、さっぱりしてきたら?」
「そう……ですね。そうします」
つまり鋭児は、どちらの部屋にもよく出入りしていると言うことになる。
その話を聞いた藤が、咳払いをして大地をチラリと見る。
「な……なんだよ。いいだろ?黒野は信用出来る」
それが大地の答えである。小声であるため背中を向けた鋭児には聞こえはしなかったが。吹雪には聞こえており、彼女はクスリと笑うのである。
大地は、なんだかんだとアリスの事を心配しており、後輩に出し抜かれてしまっている大地の奥手ぶりに、藤が世話を焼いたというところだ。
「鋭児!十五分で戻ってきて!」
「はいはい!十五分ね」
キッチンからよく通るアリスの声が聞こえる。要するに、それくらいに食事ができあがるということである。
それがなんとなくの日常のようになりつつある。
少しした問題もあるが、それぞれの日々が順調に回っている。
この日、大地は、宴の帰り際にアリスと少し会話をしていた。鋭児や吹雪はそれを覗き見はしないし、藤も車で待機をしており、二人だけの時間のようだが、どうにも興味本位で気になる煌壮だけは、こっそりと二人の様子を玄関の隙間から、隠れ見ている。
そんな煌壮の行動に気がつかないアリスではないだろうから、大凡隠すつもりもないといった所だ。
アリスが人よりも特殊な力を持っていることは、誰もが知っていることであり、それが故に、二人の結末には、あまり良いことがないと判断した彼女ではあるが、大地のことは決して嫌いではないのだ。寧ろ互いに気が合うからこそ、それを避けている節がある。
ただ、こうして友人付き合いをしている分には、何の障害もないと言う所で、それはアリスが選んだ回避策だとも言える。
「うーん……。大人って複雑だよな。鋭児兄みたいに、ホイホイ網に掛ける人もいれば、ああやって解っているのにどうしようもないとかさぁ」
若干言葉に引っかかりを覚えた鋭児は苦笑いをするが、そんな鋭児の腕には吹雪が確りと絡んでいる。
「なんとかなんね?アリスちゃんと大地さん……」
「うーん……」
そう言われてしまっても、鋭児は複雑である。アリスは自分との生活を選んでいるのだし、そしてそれを受け入れているのは、何も鋭児だけの話ではない。
それに、いくら大地とアリスの関係がもどかしいとは言えど、だからといってアリスの力に助けられている鋭児としては、単純に彼女を大地の所へと、走らせるわけにもいかない。
恐らく鋭児がそういえば、アリスは二つ返事で鋭児二から離れるのかもしれないが、それではやはりアリスの行き場が無くなってしまい、大地と寄り添っても、幸せにはなれないような気がしたのだ。
「オレさ、確かにアリスちゃんはみんなとわいわいやってて、それはそれで幸せなんだろうけど、百二十パーセント、満点だ!ってイメージにはならねーんだよな。そりゃオレたちで、アリスちゃんをハグしたら、きっと幸せは幸せなんだろうけど、なんかこう……むずむずすんだよ。解る?」
煌壮は、ウロウロしながら、懸命に力説している。それは確かにそうだが、誰もが絶対的な幸福を入手することなど難しいものだと、鋭児も吹雪も思っている。そして勿論この状況の責任者とも言える焔もそうなのだ。
だが、今は答えが出ない。
「フフ。そんなに心配してくれなくていいのよ?」
そう言って、アリスが戻って来る。
「あ……ゴメン」
煌壮は自分が出しゃばったことに気がつき、少ししょんぼりとして謝る。しかし、アリスには、そんな煌壮のまっすぐな心根が嬉しく、決して彼女を責める事はしない。
そもそも、なぜそれほど的確に物事を知ることが出来るのかというと、鋭児にくっついている小さなアリスの分身が、ひょっこりと顔をだして、彼等の会話を確りと聞いているからだ。
「そうか、アリスちゃんがいるのを忘れてた……」
それは、鋭児の肩の上に乗っているアリスの分身をさしているが、どうにも紛らわしいと、鋭児は思うのである。
「先輩?」
鋭児が前を通り過ぎようとするアリスを呼び止める。
「何?」
「いや……、お休みなさい」
鋭児はやはり言葉に出来なかった。それでもこの日は、それで切り上げることにして、吹雪のコテージに引き上げることにする。
「じゃぁ今日は可愛い鋭児の妹分とお休みしようかしら?」
「へへへ」
そう言われると、煌壮はアリスに抱きつくのである。
「やっぱり、アリスちゃんの気は、鋭児兄とよく似てるから、落ち着くな」
「ふふ。煌壮さんはすっかりお兄ちゃん子ね」
そう言いつつアリスは、煌壮を半ば抱き枕のようにして、胸の中に収めて眠るのだった。
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