第2章 第5部 第9話

 「まぁ伯父さんが、そういう仕事してて、怪我含めて俺もよく出入りしてたからさ、教えて貰ったんだよ。でまぁ……もし社会人失格なら、そうやって手に職着けるのもありかなって……、バイトしながら、学校行って、店は……店は、伯父さんのを手伝って……」

 

 鋭児は、自分が熟れている事に対する説明をしてみるが、秋仁のそれが、特に思いつきや、食い扶持としてだけの話では無かったと言うことを今更ながらに知る。

 譬え能力に目覚めなかったとしても、気の力そのものが、全く表面に出ないわけではない。


 つまり、知らず知らずのウチにそれを放出している事もある。

 

 「ふむ……」


 それは珍しく鋭児らしくない、得心の仕方だった。


 「鋭児兄?」


 話の途中で自己完結してしまっている鋭児に、煌壮は疑問しかなかったが、何故か?という理由は解る。


 「なぁキラ」

 「ん?」

 「衛士つっても、そんな日常茶飯事ドンパチやってるわけでもないだろ?」

 「ん~。そういうのは、鼬鼠先輩に聞くのがベストじゃね?けど、まぁ現代社会だし、最近は燻ってるヤツあぶり出したり、こそこそ動き回ってるヤツ、そうこの前の黒羽みたいなヤツ。ああいうの散らしたりしてるかな」


 「散らす?」

 

 「うん。アイツ等武家っていったろ?で、やっぱ潰すのはまずいんだよ……んー。そういうのは、それこそ蛇草さんとか、そうだなウチの爺様に聞くのが一番だろうな、鋭児兄の場合」


 「ふーん。霞様に聞いてみてもいいんだろうけど、今新さんのことで、てんやわんやだしな」


 鋭児は、上の空で契約書の事を思い出す。

 

 

 ――基本的には、東雲家の邸内自室で待機、指定範囲内での自由行動が許されており、有事の際には、すぐに対応出来るようにしておかなければならない――。

 

 ……とのような事柄が書かれていたた気がする。


 「で、潰すってのは?」


 鋭児が基本的な事を煌壮に尋ねる。


 「まぁ力で潰すっていやぁそうだろうけど……」


 あまりよい話ではないが、煌壮もそれ以上は知ってはいないようだ。


 「まずいってのは?」

 「じゃぁ鋭児兄もこの学校いきなり潰れたらどうなると思う?」

 「まぁ……」


 家のある人間はどうにかなるだろう。今の自分ならそれこそ、叔父に頭を下げ、それこそ手伝いをしながらということを考えるが、加えて東雲家というのもある。

 だが、それの出来ない人間もいるはずである。

 この学園には、行き場のない人間もいるのである。

 

 「ホテルラヴァーズの人たちみたいなケースもあるし……」

 

 つまり、そういった受け入れ先がある人たちはまだ良いというわけだ。問題は落ちるところまで落ちた人間の事だ。

 仮にこの学園の規模でそうなってしまった場合、それはゾッとする話だ。


 「やべぇな」

 「だろ?オレもたまにさ、思っちゃうんだよ。オレも親無しじゃん?まぁ旺盛様は、そんな度量の人じゃないから、どうにかしようとするんだろうけど、でもどうにもならない事は、どうにもならないじゃん?」


 「だな……」


 それに関してはなんとも実感のある話だ。何より家が無くなろうとしていた時、結局助けてくれたのは、蛇草であり、焔達でさえ自分たちが大人であればと、悔やんでいた状況だ。


 結局学生である自分たちは、いくら皇だの次世代だのと言われたところで、この仕組みが無くなってしまえば、自分たちはやはりただの子共であり、自分たちを知らない社会から見れば、学生の身分すらない、それ以下の存在になり兼ねないのだ。

 鋭児は指折り数える。


 「えっと……」

 「なにやってんの?」

 「あ、いや……、アリス先輩、千霧さん、焔サン、吹雪サン……それから……キラ……だろ?」

 「だから、なんだよってそれ」

 「最悪オレが守らなきゃならない、家族?」


 そう言われた瞬間、煌壮は驚いてぽかんと口を開いて、俄に放心状態になった後に、目がキラキラと輝いて、途端に笑顔になる。


 「もう!バカ兄!バーカバーカ!」


 そう言いつつ、煌壮は遠慮無く飛びついて、鋭児を押し倒して、その旨に頬ずりをするのである。


 「てか、オレ服きてないって!」

 「そんなの良いからさ!へへへ!」


 煌壮は、そのまま甘えるのを、しばらくやめなかった。

 

 そして、翌日。

 

 煌壮はそれを知ることになる。

 

 「えー?トロ子のオヤジさん。鼬鼠先輩ぶん殴ったの!?」


 それはやり過ぎであろうと、流石の煌壮も思うのである。

 ただし煌壮の解釈には大きな間違いがあり、言葉そのものを濁した灱炉環も、恐らくそういう反応をするのだろうと、苦笑いをした。


 「いくら現地の責任の一端があるっていっても、人の命掛かってんたんだし、鼬鼠先輩的には、緊急事態じゃん?オレの見立てでは、トロパパは、そんな度量の狭い人には、見えなかったけどなぁ。まぁピリついてたから、若干荒れるとは思ってたけど……」


 「トロパパ……」


 気軽に人の名前などを省略してしまうところが、なんとも煌壮らしいと、灱炉環は思いながらも、まさか自分の父親がその対象になるとは思いも寄らず、苦笑してしまう。

 

 二人は、教室にまでやってくると、移動したのは窓際にある煌壮の席であり、煌壮は灱炉環に座らせると、自分は机の上に腰を掛ける。


 「あのとき、更さんに連れ出されたけど、だったらオレもちゃんと頭一つ下げるほうがよかったかなー。まぁ鼬鼠戦パイが鋭児兄にそれを言ってないってことは、呑み込んじゃいるし。でも鼬鼠さん殴られて、鋭児兄黙ってられるかな。いや、あの人なら自分も殴れっていいかねないな……」


 「いやいや。良いのですよ。キラちゃんと炎皇さまは、そんなことしなくても。これは、氷皇様と灱炉環の問題ですし……」


 と、灱炉環がそこまで言うと、モジモジとし始めるのである。

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