第2章 第3部 第6話

 黒羽は素早く起き上がり、構えを見せるが、先ほどまで彼が張っていた防壁はない。

 そして、そんな黒羽の懐から、壊れた二体の人形が落ちる。

 一体は、首が折れており、一体は頭が割れている。

 「あーあ……。これ作るのめんどくせぇのに……」

 それは間違い無く、二人の身代わりとなったのだ。

 

 「どのみち、詰みだぜ。抑もの戦力差としてよ」

 焔が再び鋭児の横に並ぶ。

 「そのようだ!」

 黒羽はそう言って、右手で六芒星を描き、地面にそれを叩き伏せる。

 すると、鋭児と焔、そして黒羽の間に薄暗い障壁が現れる。

 それから黒羽は懐の人形四体を取り出し、軽く上に放り上げる・

 「転!!」

 すると、人形達は黒い紐で縛られ、同時に拘束されていたゲン達は解放され、あっという間に四散してしまうのだった。

 

 どうやら、アリスの掛けていた術を人形達に移したようだ。

 そして、黒羽とノブも、そこから跳躍して去ってしまうのである。

 ただ、鋭児達は結界に閉じ込められ、その場から動けなくなってしまったようだ。恐らく黒羽は色々な事態を想定して此所にやってきたのだろう。

 「ダメよ。それほど長くはないでしょうけど、今結界から出ることは出来ないわ」

 肩を押さえたアリスが、強引に出ようとする鋭児と焔を制止する。

 そこで、二人も今まず成すべき事に気が付くのだ。

 その間美箏は放心状態となっている。

 

 鋭児達がアリスと美箏に近寄ると同時に、吹雪と千霧もアリスの側に寄る。

 鋭児がゾッとしたのは、アリスの肩が一回転ねじれていることだ。肩と肘の関節はが外れ、関節の可動範囲を完全に離れている。よくこんな状態で、叫び声一つ上げずに正気を保っているものだと鋭児は思う。

 

 現に近寄ったアリスは、びっしょりと脂汗を掻いており、顔面も蒼白である。

 元々色白なアリスであるが、完全に血の気が引いてしまっている。ノブに何かを仕掛けるような素振りを見せてはいたが、こんな状態ではまともに技の発動も出来なかったのだろうと鋭児は察する。

 

 吹雪がハンカチを出し、それをアリスの口に噛ませる。そして千霧と焔でアリスが暴れないように、手足をガッチリと押さえる。

 鋭児はよじれた腕を元に戻すが、その時にアリスが苦悶の表情を浮かべて、幾度も首を左右に振る仕草が、なんとも痛々しい。

 普段眉間に皺を寄せることのない彼女名だけに、尚のことである。

 美箏は、ただ呆然と立ち尽くして、その酷い有様に、膝を震わせる。気を抜いてしまえば自分の方が倒れてしまいそうである。

 「無理すんなって。アンタは座って待ってればいい」

 美箏のサポートをしてくれたのは、意外にに煌壮だった。

 闘士というものを生業としている彼女は、興奮した選手同士のぶつかり合いで、腕の一本や二本を折られてしまう状況など、幾度も見てきている。

 当然、興奮と同時に卒倒する観客の事も知っているというわけだ。

 

 どうにか社殿の階段に腰を下ろし、アリスの様子を、美箏は見届け続ける。

 自分自身に何が起こっているのか、殆ど理解出来ていない。感覚的に自分がその中心にいるのだということだけを、ボンヤリと理解している。

 

 「くぅう!」

 そんな苦痛の声が二度ほどアリスが声を上げる。

 正確にはその間にも幾度も小さく声を上げているが、彼女はなるべく苦痛の声を上げないようにしている。

 

 「填まった……けど」

 無理矢理捻り外された彼女の関節の状態は思わしくない。

 「鋭児……焔の心臓を治したときみたいに……念じて、私の……」

 アリスは、荒れる呼吸の合間に漸く言葉を発する。

 

 鋭児は一瞬戸惑う。どういう感覚かなど解ってはいない。ただ、焔が生き返って欲しいというその一心で行い、今でもその気持ちで、焔のリハビリを行っているだけに過ぎないのだ。

 それでも鋭児はアリスの肩に両手で触れ、当に諦めかけたあの時のように、それでも乾坤一擲の気持ちを思いだし、自分の気を注ぐのである。

 

 すると、アリスの身体からふと力が抜けるのが解る。

 こんな事で良いのかと、拍子抜けはしたが、鋭児は立ち上がろうとした瞬間、ふらつき尻餅をついてしまう。

 「吹雪……冷やしてくれる?」

 「解りました」

 鋭児に治療を受けたアリスは、疲れ切った表情ながらも、漸く表情を和らげ、吹雪にアイシングを受ける。

 復旧こそしたが、完全ではない。痛みも取れたわけではない。

 要するに再起不能状態から脱したというだけのことである。

 「暫く、フライパンは握れそうに無いわね」

 アリスはそんな冗談を言う。痛みで疲れ切っているというのに、彼女なりのユーモアは忘れてはいない。大した精神力だと、一同は思う。

 

 焔は、腰砕けになった鋭児に肩を貸す。

 恐らくそれは、気を使った治療とは一線を画す何かがあるのだろうと、焔は思う。

 それでも一難は去った。そんな状況に焔は、ホッと一息をつくのである。

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