第2章 第2部 第16話
「ね?解れば何も怖くない事もあるの」
アリスはそう言いつつ、縫いぐるみを操って、身振り手振り美箏にそれを訴えてみせる。コミカルに動く熊の縫いぐるみは本当に可愛らしい。
現実的なタネがあると、誰かが信じれば、それは不可解なものではなく、単なる遊戯になる。
「でも……」
「そうね。これからというのも、落ち着かない話だし。明日神社にお守りでも買いに行きましょうか」
これは理屈だ。
厄払いをした、その証拠にお守りを貰った。
ただ、美箏は無意識にペン回しをしない必要がある。
「家で、遊ぶのもなんだかだし、この続きはお守りを買った神社の片隅で……どう?」
アリスは、熊の縫いぐるみで遊ぶのを止めない。そういう可愛らしさがアリスにはある。四つ年上のアリスだというのに、そういうメルヘンチックな部分に関しては、自分より子供じみていると、美箏は思う。
そしてそう思われることも、アリスは存外嫌いではない。
縫いぐるみは、救うように受ける美箏の両手の上に乗ると、こりと転がって、動かなくなる。
それから触らぬままに、縫いぐるみの手を動かそうと念じると、少しだけ手を振る縫いぐるみが其処にいる。
「あ……」
「美箏はやっぱり、筋が良いわね。大丈夫。私も鋭児もついているもの」
その一言が本当に包み込むような優しさで満ちている。何故この人はこれほど自分に親身になってくれるのだろうと疑心暗鬼になってしまうほどに、アリスの表情は優しく落ち着いている。
「二人であまり仲良くしていると、叔父様も叔母様も、怪しむでしょうし、そろそろ下に居りましょう」
「怪し……む?」
「二人で女の園にふけってるんじゃないか……ってね」
アリスは背中越しにウィンクをしながら、美箏の部屋を先に出る。
そんなことは万に一つもあり得ないだろうが、確かにそんな疑いを掛けられても困る。
「お?何してんだよ。先輩、美箏。ひょっとして二人出意気投合して~……」
そう誤解のタネを振りまくのが得意な人物がここに一人いるの忘れていた。一人娘に対して良からぬ発言をする焔に対して、文恵は一つ咳払いを入れる。
彼女がこういう冗談を、余り得意としていないことを焔は思い出し、申し訳なさそうな笑いを浮かべて、後頭部を撫でながら、文恵に軽く頭を下げる焔がいた。
それでも、文恵はそれ以上焔に何かを言うことはない。まるでい悪戯小僧のような焔のその笑顔を見てしまうと、もう何も言えなくなってしまうのだ。
美箏とて、家族と不仲ではないし、何なら良好な家族関係である。しかし、そんな屈託のない笑みを見てしまうと、自分より余程親子らしいのではないか?と、美箏は思わず思ってしまうのだ。
そんな僅かな嫉妬が焔に向けられた瞬間、冷や汗を掻いた焔の視線が、一瞬にして美箏に向けられる。
そして美箏は、そんな自分にはっとして気が付くのだ。
そして、そんな美箏の肩には、アリスの手が添えられている。この状況が何を意味しているのか、焔も十分に理解しており、不安そうに見つめる美箏に対して、焔は冷や汗を流しながらも、いつも通りの笑顔を美箏に向けるのである。
今自分は守られている。美箏はそれを実感するのだ。彼女たちはそれを知りながらも自分を恐れない。
美箏も驚いた表情を和らげ、焔に対して、コクリと頷くと、焔はもう一つ笑顔を強調してみせる。
「えっと、貴女たちを迎えるのに少し時間を使いすぎてしまいましたね」
文恵は少しだけ思案した表情を見せるのである。
「お買い物は、私も一緒によろしいですか?」
それはアリスが申し出るのである。
「助かります」
何せ焔がいるのだ、自分達三人分だけの食材とはいかない。単純に男性並みに食べる焔と、アリスが増えただけで三人分の食材が増えると考えても間違いは無いだけに、買い物に手を焼くところだった。
本来なら、美箏を連れて行く所だが、秋仁が自分に対して、誠実であることは知りつつも、矢張りうら若き女性と男性一人という構図は、褒められたものではない。
それに、最近の美箏の様子が少し気になっていたこともある。
余り快活ではない美箏だが、それでも部屋に籠もることが多かっただけに、その情緒を考えると、少しそっとしておきたかったのだ。
「んじゃ、俺も美箏とイチャイチャしてよっかな~」
と、悪びれずに、またそんなことを言うと――。
「焔さん!?」
文恵の、困ったようで、怒ったようでそれでいてどうしようもないと言いたげな、表情が焔に向けられるのである。
それを見て、焔はまたいつも通り白い歯を全開にして、文恵に微笑み掛けるのだ。
彼女たちの様子を見て、秋仁もふっと気を緩めた溜息をつくのだった。
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