第2章 第2部 第10話
毎日自分が口にせずとも、アリスはそれを実行出来てしまうのだ。
それは単純に喜べることではない。何故なら当人が何を望むかよりも、アリスはその回答を出してしまっているのだ。そんなことが毎日続けば、自ずと偶発ではなく故意だと理解した相手は、それが怖くなってしまう。
浅はかな人間ならば実に都合の良いことだと考えるだろうが、大地はそうではない。
ただ、大地はアリスが怖くなったのではない。このままでは自分達の関係が駄目になってしまうと思ったのだ。そして、アリスもその未来にゾッとしたのだ。
コミュニケーションを取ろうとするから、人間関係は意味があるのだ。
中学生のアリスは、その手加減がまるで出来なかったのだ。そして、その先を見通してしまった。見てはいけない先を覗き込んでしまったのである。
「そんな……んなの……馬鹿げてる……」
そう思いながらも、鋭児はアリスを抱きしめずにはいられなかった。
彼女の優れた能力は、彼女の幸せを壊してしまっているのである。それでもこうして、鋭児のために少し、焔のために少しと、力をコントロールしつつ、導くようにして使い続けているのだ。
「ほら……やっぱり鋭児は優しい」
アリスも鋭児の抱擁を受け入れて、彼の背中に手を回し、それを受け入れるのである。
「今の先輩は、もう子共じゃねぇんだし……」
「でも私は大地を傷つけてしまったわ。彼も私を傷つけたと思っている。でも別に嫌いになったわけじゃないのよ?」
「けど!」
ただ、アリスがこうして大地と親交を深めているのは、互いの絆がまだそこにあるということを知っているからだ。
「俺といれば、先輩は大丈夫なのか?」
「フフ。少なくとも大地を不幸にはしないし、貴方には私だけじゃないから」
鋭児には焔も吹雪もいる。そんな中で、自分も幸せを少し分けて貰おうというのだ。
「それに、美箏の事も面倒見てあげなきゃならないし」
鋭児はアリスが何故そこまで美箏に拘るのか?と思ったが、それは聞かずにいた。今はアリスを一人にしたくはなかったのだ。
「さぁ。今日は吹雪が一番貴方に会いたがっていたのよ?ふふ。こう言うお節介が、災いしちゃうのよね」
そう言って、アリスは鋭児との距離を取った。
「私はもう少し、大人同士の付き合いを楽しんでくるわ」
「先輩……」
そう言ってアリスは、鋭児の後ろに回り込み、彼を吹雪のコテージの方へと軽く一押しする。
そして、彼女は焔のコテージへと戻って行くのである。
鋭児の自宅へと向かう当日。
起床時間は早い。まだ薄ら日が昇り始め、こんも肌寒い時間だ。朝霧でもやが掛かり、なお一層薄暗く、湿り気のる空気が、それをより主張していた。
「ふぁぁ……」
より眠さを強調するように、煌壮が欠伸をする。
そして横には鋭児がいるのだった。焔の忠告である。煌壮はお子様なので、早起きは苦手だと。だから鋭児は六皇の部屋にて、彼女と朝を迎えることにする。
煌壮は良い身分である。
朝になれば、執事のように鋭児が起こしてくれるのだ。そして軽めの朝食付きである。これではどちらが皇であるのか解らない始末だ。
予定のバスが寮前に姿を現す。
二人が近づくと、最後部の座席に、焔と吹雪、それからアリスが座っており、窓際の焔が手を振るのである。
彼女は予めそれを意識しており、その場所に座っていたようだ。
「なんで、出迎えの車とかねぇんだよ……」
乗り込むなり、早々に愚痴をこぼす煌壮だった。それから彼女は最後部の座席一つ前に座る。そして椅子の背に凭れると、そのまま体を馴染ませるようにして、目を閉じる。
「バーカ。プライベートだっつーの」
最後部座席の焔が椅子の背をドンと軽めに叩く。僅かな振動が、煌壮の睡眠に水を差すが、ほんの一瞬のことだ。煌壮は再び目を閉じて眠りにつく。
吹雪は焔の横に詰めており、中央に座っていたアリスが、鋭児に席を譲る。
鋭児が中央の席に座ると、吹雪は嬉しそうに鋭児の腕に絡むのだった。
千霧はいない。千霧は現地で合流するとのことだ。彼女は自分の車を持っており、それでやてくるらしい。
「なぁ鋭児……」
焔は、じっとりとした横目で鋭児を見る。
「なに?」
「煌壮のあれ、どう見てもお前の服だよな?」
「取られたんだよ」
鋭児は溜息をつく。
「ふぅん」
どことなく、不満気な焔の返事である。
どうやら煌壮は、先日の服が余程気に入ったらしい。
「ったく、どんだけ遠いんだよ!」
彼等が到着する頃には、朝の十時頃になっていた。煌壮はご立腹だが、本来彼女には無縁の問題である。愚痴を言う資格も、ついてくる必要がそもそもない。
縁といえば、本来鋭児だけでよいのだが、焔はそもそも文恵と会うのと楽しみにしているし、そうなれば吹雪も置いてはいけないし、何より彼女との大事な時間を築きたい。
アリスの目的は鋭児と言うこともあるが、今回の目的は美箏だ。
焔が言っているように、黒野家の訪問は鋭児に好意を寄せている彼女たちにとって、大事な時間なのである。
「んだよ。お前文句いうなら、学園帰れよ」
焔は煌壮を少し邪険に扱う。それは自分で付いてきたがったはずの彼女が余りに文句が多いからと言う単純な理由なのだが、煌壮が焔にモンクを言い返さないところを見ると、それは何と無しに行われている二人のやり取りなのだろう。
「鋭児クン!あそこ!」
吹雪が指を指したのは例のハンバーガーショップである。
ありきたりな店ではあるが、矢張り黒野家訪問前には、そこで一端休憩を挟むことが通過儀礼となっているように、吹雪は早速鋭児の腕を取って、そこへ向かうのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます