第2章 第1部 第5話
「俺。焔サンの所に帰るけど、お前どうする?」
「行く……」
春休みの焔は、不知火家には帰らなかった。焔は特に寝ている必要もなかったが、極力鋭児の側に居ることが望ましかった。
仮に何か発作が起こった場合、彼なら対処出来る可能性が高いからだ。
ただ、何故鋭児だからそうであるのかというのは、誰にも全く説明が出来なかった。
そして、あの日以来、発作など起こっていない。
二人はバスに乗る。
余り待つ必要は無かった。
「焔サンも少しずつ、技を使っていくってよ。身体を慣らして、それから双龍牙当たりで負荷掛けて、大丈夫そうなら。難度上げて……みたいな」
「ふぅん……」
とりあえず、焔のリハビリは、当面続くだろう。煌壮としては、以前の焔が帰ってくれば良いとは思うが、鋭児との会話に対して、一喜一憂をする気にはなれなかった。
彼女は鋭児を倒す為に、この学園に乗り込んできたのだ。
それが肩を並べて焔に会いに行くなど、何とも滑稽な話だ。
それ以上の会話は特にはなかった。
鋭児も無理に煌壮と会話をしようとは思わなかった。ただ彼女を含め、不知火家に所属する闘士仲間も焔の心配はしているだろうから、煌壮を連れて行くことで、自ずと伝わるのだろうとは思った。
不知火老人が特に焔の所へ顔を出さなかったのは、矢張り昨日の主役は入学する煌壮で有り、焔に会いに行くことが、主ではないと、それだけのことである。
それに、焔と不知火老人は、電話でのやりとりもしているし、コミュニケーションが取れていないわけではない。
やがて、バスが停車する。
それは大学前であり、焔達の家に到着するまで、まだ少々歩かなければばならないのだ。
「どっか、寮とか住んでんの?」
それは煌壮が気になっているところでもあった。
「あぁ。いや焔サンとかは、六皇経験した人は、個別に居を構えてるよ」
「お前は?」
「俺は、一応寮の最上階全部が、俺の部屋になってるんだけど、こっちにいないと五月蠅くてさ、焔サンが……」
「ふぅん……」
まぁ鋭児にゾッコン惚れ込んでいる焔だ。自分が個別に邸宅を持っているというのなら、当然鋭児が寮に住むなどと言えば、暑苦しく説教をし出すに違いないと、それは煌壮も理解するところである。
ただ文句は言わなかった。
煌壮も、鋭児と焔の試合は目の前で見ているし、属性戦での二人の奥義のぶつかり合いを見ている。それは映像だけではあったのだが――――。
焔は何をおいても勝負に対して手を抜くような性分ではない。
ましてや命を賭して戦い抜いた焔のそれが、茶番などとは思わない。
鋭児はそれを受け、跳ね返し、一撃を見舞った。ほぼ僅差なのだろうが、鋭児の技の方が焔を上回った事になる。
その事実を否定することは、焔を否定することにもなる。
だから、鋭児の勝利は否定しなかったのだ。
「ほらそこ……」
鋭児が指指すと、吹雪が焔の家の前で待っている。
そして鋭児を見つけると、涼やかに、そして和やかに手を振ってくれるのだ。
それを見た鋭児も、静かな笑顔で、吹雪に応え、同じように手を振るのである。
「アレが雹堂って人か……」
煌壮は吹雪を見るのは初めてだった。
映像を介してなら有るが、実物を見るのは、今日が初めてなのである。
それにしても美人だと、煌壮は少し焼きもちを焼く。天は二物を与えるものだともおもった。
「鋭児君?」
もう別の女子を見つけてきたのか?と、吹雪は少々ご立腹だが、そう言うヤキモチを妬いて起こる吹雪もまた可愛いと鋭児は思っている。
「ああ、違います、コイツは……」
「煌壮輝です。焔サンの闘士仲間です」
「煌壮さんね。煌壮……さん。鋭児君の寝込みを襲おうとした、煌壮さん?」
そう言ってニコニコしているが、吹雪の周囲の空気が、徐々に冷え始めているのが、鋭児にも煌壮にも解る。
鋭児に怪我をさせようとしたことが、何より許せない。ニコニコ愛想笑いはしているが、内心穏やかではないのだ。
「まぁまぁ吹雪さん。そんな言うほど悪い奴じゃねぇから」
「へぇ。鋭児クンは、年下女子には甘いんだ?」
つんと、拗ねて背中を向けて拗ねてしまう吹雪は本当にどうしようも無いが、鋭児は苦笑いをして、なぜか煌壮に助けを求めてしまうのである。
「デレてんじゃねーよ」
と、煌壮は鋭児を突き放すのである。
「吹雪ー!鋭児は?」
「なんか、新一年女子を早速軟派してきたみたい!」
これは完全に八つ当たりであるが、それだけ吹雪は、鋭児の事を心配しているのである。
「ああ!?軟派?」
焔の声が奥から近づいてくる。
「ってなんだよ。煌壮じゃねぇか」
「てか、ちゃんと吹雪さんに伝えておいてくださいよ」
焔は知っているのに、吹雪は知らないと言うことは、これは完全に鋭児と煌壮が一悶着を起こすことを、焔は楽しみにしていたのだと鋭児は今さら悟る。
「先輩は?」
「買い出し。晩ご飯の」
夕食は基本アリス殆どであとは吹雪が作る。朝食と弁当は吹雪が作る。
アリスは割と手間の掛かる料理を作るので、そちらは吹雪にお任せということになる。今日は、入学式程度であるため、手持ちの弁当は特にない。
吹雪の本番は、翌日からということになる。
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