第1章 第7部 第34話
水弾の呪符では、吹雪を倒す事が出来ない。
静音は次の一手を考える。大抵は水弾の攻撃に翻弄されるのであるが、吹雪にはそれを一瞬にして凍らせる力がある。
氷結の術であるなら、静音も使えるが、吹雪のように広範囲を一瞬に凍てつかせる事が出来るわけではないし、氷弾は柔軟性がなく変幻自在の攻撃は出来ない。
余り距離が離れすぎると、呪符の回収が困難になり、ストックを激しく消費することになる。
身構えたまま膠着しているが、待っているのは吹雪であり、静音ではない。
一度静音から距離を置いていた吹雪だが、ゆっくりと静音に向かって歩き始める。
そして、手刀で構えていた手を緩め、今度は掌底で、静音に向かい攻撃する。当然それは静音の護符が阻止するのだが、吹雪はそれを暫く繰り返すのだ。
いや、そんな単純な話ではないことは、静音にも理解出来た。
それを察知した彼女は、新たな呪符を更に数枚取り出し、念じ、そこに気を送り込む。
その間に吹雪は、静音に攻撃を仕掛け続ける。
そして、次々に護符が破れ始めるのである。
誰もが何故だと思う。護符は気に包まれており、吹雪はそれに直接触れているわけではない。
鋭い手刀でそれを引き裂くのではなく、彼女は掌底で静音を攻撃し、護符がそれを守っているだけだ。
だが事実は違う。
吹雪が攻撃していたのは、静音を守る護符そのものだったのだ。
護符は静音を自動的に守る。よって、吹雪が静音を攻撃しようとすることは、自ずと護符を攻撃することになる。
ただ掌底では、その防御に阻まれるだけだと誰もが思っていたのだが、それが大きな間違いであった。
「超振動……」
静音は焦りを隠せない。
吹雪は掌を介した水の力で、それを激しく振動させ、掌打と同時にそれを護符を包んでいる気に、叩き込んでいたのである。
密度の高い気の内側で、それが護符に伝わり、破壊したのである。
幾度も掌打を繰り返していたのはそのためだ。しかしそれは生半可な力ではない。微振動だけでもないし、強振だけでもない。
インパクトの瞬間にそれらを全て、護符に叩き込んでいるのだ。
しかし、静音もそれは直ぐに理解し、護符が破壊されるまえに、新たな護符を生成している。
「な、なぁあれなら、水刃でやっちまった方が早くないか?」
観客の誰かがそう言う。
勿論その選択肢はあるのだが、それでは静音を殺しかねない。
しかも、それは吹雪だからこそ出来る選択しであり、一般の生徒であるなら、まず静音を覆っている気を貫通させる事すら難しいだろう。
静音にも手が無いわけではない、自分を守っている護符を下げ、気での防御に切り替えることだ。そして、吹雪の掌打の力を、その中に拡散させれば良いのだ。
しかし、そうなれば今度は吹雪の手刀が飛んでくるだろう。
自分よりも圧倒的に質量の高い、エネルギーをもった吹雪の手刀である。静音の持っている防御では、それを防ぎきる事は出来ない。
しかも彼女の防御壁は、動かないことを前提としている。
動的な防御となれば、足下の円が崩れてしまい、意味を成さなくなる。これは、今後の課題と言うよりも、抑もの問題なのだ。
そしてその足下にある円こそが、彼女の放つ呪符の力を増幅させる根源なのだ。
攻守一体の構えではあるが、そればかりは今の静音ではどうしようもない。
そして、その修行を見ている吹雪には、すでに解っていることでもある。
何より相手が悪い。吹雪は言わば静音の上位互換とも言える存在である。途端に手詰まりに感じる。
その時吹雪は、静音に掌を向ける。
それは、先ほどのように掌底を繰り出すための構えではなく、なんとなく目の前の空気に触れるように静かに出された手である。
「絶対領域!」
吹雪が技名を発する。それは彼女の気合いでもある。
その言葉と同時に、吹雪の瞳が一瞬だけ銀色に輝く。すると忽ち舞台は凍り付き、静音の足下の円まで凍り付いてしまうのである。
そうなると、静音の張っていた護符の威力も完全に弱まってしまう。
静音は、かろうじて足下を固められないようにするため、数歩退き躱し、凍り付いた舞台の上に、足を降ろす。
そして、吹雪はゆっくりと静音に向かって歩き始める。静音は懸命に、再度六芒星を刻み、円を描こうとするが、彼女の書いた円は、悉く凍り付いてしまう。
凍っている舞台は、全て彼女のテリトリーというわけだ。
静音はバッグの中から吸うまい呪符を取り出し、手早く吹雪に投げつける。
しかし、それは吹雪が簡単に片手で薙ぎ払ってしまう。
正しくいうと、彼女が薙ぎ払う動作をするだけで、呪符も凍り付きボロボロに砕けてしまうのである。
水属性の両者であるが故に、吹雪の闘気で、凍てつかされ無効化されてしまうのである。
行っていることは、静音と変わらない。凍り付いている足下には吹雪の円が広がっているだけのことである。
足下の対策を怠った。それが静音の敗因である。
そして、それは静音自身が考えるべき事であり、吹雪と二人で考えるべきことではないのだ。
ただ、吹雪の絶対領域を見るのは初めてのことで、まさかこれほど強力な円を張れるなどと、思いも寄らなかったことだ。
それは、吹雪の底知れなさを、垣間見る事の出来た一幕でもある。
「これが、焔や鋭児君なら、解かされちゃうかも」
そう言って、ニコリと微笑んだ吹雪は、静音の護符を払い退け、彼女に手刀を向ける。
すると、静音は両手を挙げ、降参するのである。
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