第1章 第6部 第16話
「滝行……ですか?」
ひとしきり落ち着いた頃、鋭児はアリスの例の提案を思い出し、千霧にそれを尋ねる。
「修行場にありますね」
今はどちらかというと、開発的なトレーニングが主流で、昔ながらの精神行などは控えめな方であり、千霧も少々思い出しながらというところだったのだが、確かに精神統一という面では、有りなのだろうと思う。
「お求めですか?」
「まぁ二人でそういうのも……いいかなって。ちょっと色々ハッパかけられちゃってて……」
鋭児は、アリスに擽られたスケベ心も込みで、顔を赤くしつつ、それを伝えると、千霧も満更ではなさそうである。彼女としては、二人の時間がまずほしいところなのだ。
鋭児と共通の時間である。
鋭児は、アリスとの経緯でコーヒーを飲むときに、どうやらそう言う呪いを掛けられたらしいということを、千霧に説明すると、彼女は数度真剣に頷く。
「そうなのですね……」
確かに根っからの能力者である自分達には、解らない悩みなのだろうと千霧は思った。
「では、日中は二人で滝行ですね」
「なんか……すみません」
「いえ。鋭児さんにはまだまだ必要なものが沢山あるということです。そしてそれは、この先必要な事です。東雲家にとっても、私にとっても」
そういうと、千霧は再び鋭児の胸に頬ずりをする。
東雲家到着ご、鋭児と千霧で一日山籠もりをしてしまうのだと言うことで、大層ヤキモチを妬いたのは蛇草だったが、その横で霞がクスクスと可笑しげに笑っていたのが、なんとも印象的だった。それでも邪魔をしないのが、蛇草のらしいところである。
霞は蛇草の仕草の全てが愛おしいのろう。
それに関しては、新は面白くなさそうだが、更は対照的で、そういう兄をよしとしている。
ただ新が鋭児に対して、それを良しとしたのは、彼女らも当然鋭児の戦闘情報を入手しており、それだけの実力者が身内におり、蛇草の右腕である千霧が懇意であると言うことは、そこに強い血を残せることであり、当然それはよほどのことがない限り、東雲家御庭番次席として、鼬鼠家を支える存在となり得るのだ。
「あとは、翔さんですね」
と、若干冷たい言い回しだった。彼に格好が付かなければ、この先どうしようも無いのだ。
あと、鋭児の土産としては、吹雪が撮影した。鼬鼠の散髪後の姿であり、これには流石の蛇草も目を丸くして驚いた。そして大爆笑である。
蛇草が笑う。それは、霞にとっても大事な事で、その光景に満足していた。
ただ、そこでも矢張り、新だけは、緊迫感のなさに首を横に振るのであった。
ただ言えることは一つある。鋭児と千霧の様子を見に態々出てくるのだから、これでなかなか野次馬根性は抑えられない性分なのだと。
「彼は、我が家に必要な存在でもあるようだね」
「鋭児君そのものは、割と朴訥とした面の多い子なんですけどね」
「デートなどと言わずに、はやく『実績を』持ってきてほしいですね。色々と」
実績とは色々あるが、一つは間違い無く鋭児が炎皇となることである。もう一つは大人の事情である。
「いやねぇ姉さん。黒野君はまだ高校生ですし、幾ら千霧さんが五つ年上でも、そこはもう少し楽しませてあげないと……」
真面目な新と違い更は、大人の事情の方を思い切り妄想し始める。それに対して、余りに下品な想像であると、新は咳払いを一つ入れる。
本当は、ここで蛇草に一言チクリといいたい更だったのだが、それを言うと新が本気で目くじらを立ててしまうので、それはまた蛇草と二人の時に取っておくことにした。
要するに、霞との既成事実の話である。
鋭児と千霧は、二人で静かな修行場へと向かう。
普段は運転をしない千霧だが、邸内では自らハンドルを握るらしい。
それはプライベートだからという面が大きく、このあたりは大人なのだと、思わせる一面でもある。
「オレも免許とか取るかな……」
鋭児は千霧の横に座る身となり、少々気恥ずかしく思った。
「そうですね。学園内で過ごされていると、あまり交通に不便を感じませんでしょうし、そもそもそういう機会に恵まれませんしね」
それは、下の仕事であり自分達の仕事ではないということだ。千霧が運電技術を身につける理由については、色々あるのだが、主に蛇草と友に行動をするときというの、主たる理由になる。
まさかそれ以外の理由で、ハンドルを握る事になるとは本人も思わなかったが、これはこれで彼女にとって、嬉しい誤算なのである。
だがしかし、鋭児の運転する車で二人ででかけるのも、それはそれで悪くないと思うのだった。
その後の二人の行動は予定通りだった。
日中に、鋭児の望んだ滝行をし、夜は二人のプライベートな時間をじっくりと過ごすことになる。それは千霧にとって忘れられない夜となる。
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