第1章 第6部 第12話

 次に戻って来る頃には、鋭児の膝上の吹雪は、顔を真っ赤にしながら、今にも果てそうなほどに息を乱している。鋭児はアリスの言いつけを確り守っていたようだが、言っている鋭児も顔が真っ赤である。

 「フフ。もう良いわよ。今度はスパイス抜きのコーヒーだから、安心して」

 「も……もう……ダメ……鋭児クン……もう!」

 吹雪は今にもどうにかなってしまいそうな声をだしながら鋭児の腕の中で震えてしまっている。

 

 もとい―――――。

 

 どうにかなってしまった吹雪は、ソファに横たわりぐったりしてしまっている。彼女はもうコヒーどころではなく、会話はアリスと鋭児の二人で進められることになる。

 「炎の属性は、先手必勝だし、攻撃重視だから、攻め手に逸るのも解らなくはないけど、基本的に攻略法なんて都合の良いモノはないの。丁寧に攻防のバランスを取りながら、力量差を見極めるしかないわね」

 要はその実感が無いままに、防いでいるケースもあるが、警戒を怠れば、一瞬で相手にコントロールを奪われかねないというのが、今の実証である。

 相手の実力を測りながらというは、解らなくもない。それに置いては、何に対しても同じだし、強さに対しての直感は、本来少し拳を交えれば理解出来そうなことなのだが、矢張りまだまだ、気を使ったその戦闘に於いて、相手の実力を測るという事に対して、鋭児は経験不足なのである。

 鋭児も床に円を仕掛けたりしているが、彼自身の副属性では、人間に対して有効な手段になり得るほどの力は無く、補助的な作用でしかない。そう言うケースがあるというのは、何となく理解出来る。

 「ふふ、そんなに深く考えても仕方が無いし、貴方そう言うタイプでもないでしょ?」

 一生懸命消化しようとしている鋭児を見て、アリスは彼が彼なりにこれから自分でこの世界でどうしていこうか懸命に思案しているのだと思うと、少し微笑んで見守りたくなってしまった。

 「鋭児?」

 「なんですか?」

 「アリス先輩って言ってみて?」

 「え?あ……お姉ちゃん……ん?あれ?あ、お姉……あれ!?」

 「ふふ。宿題よ。自分の気を循環させて、浄化するの。湧き水で洗い流すイメージね」

 気を体に循環させるイメージと言われると解らないが、気が血液のように体に体の中心から、循環して基点に戻るイメージで、言われてしまえば、可成り初歩的な事のような気がする。

 「貴方今まで、当たり前のようにガンガン力を使ってるから、みんなそれが出来てるように思ってるようだけど、貴方のは、溢れる水を汲み上げてるようなもの。焔や吹雪が天才だからといっても、相手のことまで完全に見抜けるほど完成された人間じゃないのよ?」

 「ああ……はい」

 しかし、学校の教員でもそういう事を教えてはくれなかったと、鋭児は思ってしまうが、逆にそういうことを教えなくても、鋭児が余りに力を使えるものだから、その必要もなかたっという部分もあるし、そもそも相手の気の流れなど、本来早々読み取ることができるものではないのである。

 あくまでも溢れ出す力量に対しての判断で、内面的な部分は、また別なのだ。

 「鋭児?」

 「はい?」

 「私のことちゃんと呼びたければ、今日はその宿題を持って借りなさい」

 「はい」

 つまり、それは一分や二分でどうこうなるレベルの話ではないのである。しかし、何故アリスがそこまで鋭児の気の流れまで把握出来るのか?というのは、鋭児にも謎だ。彼女の目には何が見えているのだろうと鋭児は思うが、今はそこまで図々しく聞く気にはなれなかった。

 ただ解ったことがある。

 気を張り巡らせて、相手の侵入を防ぐのと同時に、絶えず循環させて置けば、同時に浄化も出来るということである。つまり静音を受けた時の、徐々に蓄積させられることもない。

 「あれ?」

 「フフ、さっきも言ったでしょ?」

 つまり、吹雪や焔は無意識のうちにそれを熟しており、どうやって寝ている打ちに呼吸をしているのかを聞くようなものだと、アリスは言いたいのだ。そして、焔や吹雪も完成された人間ではないということ。

 「この世界は、意外に古典的なんだって思うと、少し腑に落ちるわ。意外に古い風習に縛られていたりね」

 アリスは本当に色々教えてくれる。この人の面倒見の良さが窺える所でもある。

 「そうだ古典的で思い出したけど、貴方この週末。千霧さんのところに行くんでしょ?」

 なぜその予定を知っているのか?というのは、若干怖くはないが、どうやらこの人はそういうことが見える人間らしいということを鋭児は理解する。

 赤の他人からすると、それは不気味極まりないかもしれないが、鋭児は不思議とそれを受け入れてしまっている。元々この世界が、現実離れしているのだから、受け入れざるを得ないということもあるのだが、多分そう言う理屈ではないのだと自分でも思った。

 「彼女と滝行デートなんてのも良いかもしれないわよ?心頭滅却すれば火もまた涼し……というところかしら?」

 「はは、一日で効果あるんですか?」

 「フフ。何事もイメージは大事よ。それに美女の行衣姿もでしょ?」

 「は……はぁ」

 確かに千霧の清楚さには、よく似合うのだろうし、物静かな彼女だと余計にしっくりきてしまう。

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