第1章 第6部 第28話

 「御爺様。少し心配ですので、鋭児君のと頃へ行って参ります」

 蛇草はそういって、小急ぎに不知火老人の側を離れるのであった。

 「うむ」

 主催者でもある不知火老人は、闘士というものの過酷さを知っている。鋭児の戦い方は数試合を熟すものとしては、余りに無謀である。

 ただ、それだけに最後の一撃は、圧巻だったとも言える。

 恐らくそれは、今大会一の剛力を誇る磨熊の一撃でも、完全防御に回った岩見を弾き飛ばすことは難しいだろう。

 黒野鋭児という少年のポテンシャルを知るには十分なものであった。

 それに、思う事は他にある。

 それは、何故煌壮をトーナメントに出さなかったのか?という事に繋がる。

 「御爺様……」

 煌壮が、不知火老人の側にまで来ていた。

 煌壮も、岩見の戦い方を初めて見るわけでは無かった。だが、鋭児ほど壊れる寸前まで殴り続けられる場面などそうはないのだ。

 力量差を知り、岩見の特性を理解すれば、必要以上のダメージを受ける事を避けるべきなのである。そもそもそうならないように戦うのが普通なのだ。

 煌壮は鋭児がマウントを取られた瞬間の事を思い出す。そして、試合が終わった直後それを忌々しいとは思わないようになっていた。

 間違い無くあのシチュエーションは、岩見のことを理解した上で、自分にそれを見せつけるために送ってきた視線なのである。

 それを理解した今、煌壮の手は震えて止まらなかった。それが恐怖なのか興奮なのか彼女自身理解していない。

 ただ、岩見の一撃は自分の体を破壊するのには必要十分で、恐らく最初の一撃でガードした腕が壊されてしまうだろう。

 勿論そうなれば、試合続行不可能とされるが、鋭児の両腕は折れなかった。

 ポテンシャルという意味で、自分とは根本的に強烈な差がそこにあることを思い知るには十分な試合だったのだ。

 鋭児がそれを見せつけたかったのではない。まさに彼女の終の一撃が岩見にとっての絶好のチャンスであったということだ。技のチョイスはそのためだ。

煌壮のプライドは密かに打ち砕かれる結果となる。

「大河なら、華を持たせてくれるやもしれぬが……のう?」

 その一言を聞くだけで、煌壮はゾッとする。鋭児と戦い、その鋭児が岩見と戦いを見たがために、煌壮は先ほどのイメージが鮮明に焼き付け、脳裏から離れない。

 デビュー戦だと息巻いていたのが、如何に生ぬるい幻想だったかと思い知ることになる。

 

 不知火老人が、自分の横をポンポンと叩く。

 まるで孫を見るような優しい視線だ。そして、そこに座った煌壮の頭を、まさにそのようにして撫でる。

 「あの男は、鼬鼠家の嫡男に、血の海に沈められても、焔ちゃんに肋と腕を折られても、それでも立ち上がってくる、不死鳥のような男じゃ。真似できる戦い方ではないぞ」

 「知ってるよ。焔姉がすっげー嬉しそうに話してやがったからさ……鋭児が、鋭児が……って」

 煌壮はなんとも悔しそうな表情をする。

 彼女は、焔がそんな話をする度に、嬉しそうに話をするのだ。それが悔しくてたまらなかったのだ。

 煌壮は、何も言わずその場を立つ。

 

 そんな中だった。

 「焼様……」

 近寄った一人の黒服が、不知火老人になにやらを耳打ちする。

 「ぬ?なぬ?」

 珍妙な顔をする不知火老人であった。

 なにやら不測の事態が起こったといことは、煌壮にも解る。しかしそれが何なのかは理解できていいない。

 「黒野君はなんと?」

 「構わない……と」

 「ふむ……」

 不知火老人は顎髭を丁寧に撫でながら、少し考える。

 「良かろう……認めよう」

 「御爺様?」

 煌壮は不知火老人の顔をのぞき込むが、不知火老人は、珍妙でそれでいて渋い表情をする。

 「全く磨熊め……、ホホ。まぁ彼奴ならそうするじゃろうな。馬鹿めが」

 しかし次に何とも機嫌良く笑い始めるののだった。

 「今日はここまでじゃ!」

 

 不知火老人が立ち上がると、アナウンスが流れる。

 「お知らせします。磨熊選手の体調不良のため、試合一日順延します。お知らせします――」

 

 「え?は?」

 そのアナウンスに煌壮は、不知火老人とスピーカーから流れる音声の方角を交互に振り向きながら、状況を理解出来ずにいた。何より黒野鋭児の不戦勝では無いことに驚きが隠せない。

 つまりそれは鋭児がそれを望んでいないと言うことだ。

 

 「もう!バカバカ!鋭児君のバカ!なんて戦い方をするの!」

 心配でしかたがない蛇草の声が寝室で響き渡る。

 そんな蛇草は左右に千霧と鋭児をその肩にしっかりと寄せながら、二人の治療にあたっている。気を送り二人の回復力を促進させているのだ。

 ヒーラーとしての彼女の力量は一級品である。

 「済みません……」

 鋭児も蛇草に甘えるように彼女の肩にもたれかかる。

 ただ鋭児はボンヤリとしながら考える。

 「あれ……」

 それは鋭児の心の声だったのだが、その事に奇妙さを覚えたのだ。

 蛇草は鼬鼠家の人間であり、その属性は風にある。確かにそれぞれに回復を促進する術はあるが、蛇草のそれは風の力ではないのだ。

 治癒に優れているのは、地、水、聖である。火属性は活性化という意味では、確かにそれについでその能力はあるが、風には循環的な力はあっても、生命要素とは少し疎遠なのだ。

 「ああそうか……」

 鋭児は蛇草が如何に特殊であるかを知る。

 青みがかった彼女の髪色から察するに、彼女は地と風の両極を極めているのだろう。

 本来なら、その両極は相反関係にあるため、能力者としてはハンディキャップとなるのだが、晃平のように上手く使い分けている者もいる。

 しかし蛇草はそういったレベルではないようだ。

 

 「蛇草さん……」

 「なに!?」

 蛇草はハラハラしっぱなしである。思わず声が若干うわずり気味に、返事を返してしまう。

 「シャワー浴びてぇ」

 鋭児は、シャワーを浴びるから離してほしいという意味でいったのだが、蛇草は顔を真っ赤にして、耳まで真っ赤にしてしまい、一気に心拍数を上げてしまう。

 もう胸がキュンキュンと高鳴ってしまう。

 「わ……解ったわ!」

 思わず千霧を放り出してしまう。

 「う……」

 余りに酷い仕打ちに、千霧は涙目になってしまうのだった。

 「え……いや……え?」

 力の無い鋭児は、蛇草に連れられるままシャワールームにつれて行かれてしまうのであった。

 

 蛇足であるが、その後千霧も蛇草の世話になることになる。

 

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