第1章 第4部 第18話
千霧が、颯に駆け寄り、彼の様子をうかがうが、彼はすっかり気を失っている。
「まぁ、これくらいで死ぬタマじゃねぇよな」
間違い無く颯は、全力で防御したのだろう。それでも吹き飛んでしまうほどの技なのだ。
一見彼には、なにも良いところがなかったように見えるが、それは焔が強すぎるのであり、初見での間を彼女が上手く利用しただけに過ぎない。
焔が、沸き立つ歓声の中で、観客席にいるはずの鋭児に目を向けるが、何故か其処には彼の姿はなく、吹雪と視線が合うと、彼女はどうしようも無く、呆れて困った様子を見せて、首を左右に振るのだった。
「んニャロウ……」
自分の勝利を祝わない鋭児に対して腹を立てるが、それはそれだけ自分に刺激を受けたからであると言うことを知る。
ただ、これだけ張り切ったというのに、鋭児の態度は癪だ。
「後は勝手に宜しくな!」
焔は、勝利の宣言もそこそこに、千霧に断ると同時に、直ぐに闘技場から抜け出し、選手控え室から抜け、直ぐに鋭児の後を追いかける。
鋭児が向かう方向などは、大体自分達の自室へと向かう通路くらいなものだ。それはそんなに複雑な行程ではない。
そして、直ぐに鋭児の背中を見つける。
すると、焔は有無を言わせず、鋭児の背中に抱きつき、後ろから両手両足で、彼を捕まえる。
「おいテメェなに拗ねてんだよ!」
「拗ねてねぇよ!」
「みたかよ!俺の新技!」
「ああ、見たよ、超イケてたよ!」
「だったら、褒めろよ!テメェの女が良い仕事したんだぜ!」
「ルセェよ!」
「だから、なに拗ねてんだよ!」
「拗ねてねぇよ!いいから、放せよ!」
「バーカ!だったら、力ずくで引きはがせよ!」
焔が挑発をするものだから、鋭児は焔の腕に手を掛け、本当に力尽くで彼女を引きはがそうとしたのだが、焔の体温が尋常じゃなく熱くなっていることに気がつく。
勿論自分に張り付いている体からもそのその熱が伝わるし、心拍数の高鳴りも理解する。
それは明らかに疲労から来るものだが、体温の上昇は、運動量のそれを遙かに上回っている。だとしたら、その理由はただ一つである。そして、それだけの負担が彼女の体に掛かっているということだ。
颯を一蹴した焔だが、そこには一切の手抜きは無かった。
「んな、強かったのかよ……あの颯って奴は……」
「あ?」
そう言った焔は、多少息が上がっている。やはり相当の負担があるようだ。密着している彼女の体温と汗の香りが、それをより鮮明にさせるのだった。
「俺よりも……かよ」
「まぁ、テメェの方が厄介だな」
少々落ち着いた鋭児に、ギュッとしがみつく焔だった。それは解っていた。鋭児がそう言う視点でヤキモチを妬いたことは、理解していたのだ。だから愛情一杯に鋭児を抱きしめたのである。
「うそつけよ……」
「んだよ。嘘ってなんだよ。新技っつったろ?」
「あんな練られたモンが、新技なわけネェだろ……」
鋭児がヤキモチを妬いた理由は、そこにもある。ただ、その理由は焔に分かるわけもなかった。そして確かに、人目に見せるのは初めてではあるが、構想は随分前から出来ていた。
新技というのなら、その前に見せた技の方が新しい。
「だから、ナニ拗ねてんだよ!」
「なんで……」
「?」
「なんで俺とガチの時アレ出さなかったんだよ。ぜってぇ一撃で沈んでんだろ……アレ……」
そう、鋭児は焔が双龍牙を放ったことを理解している。そして、螺旋双龍牙を放てたことも理解した。だが、焔はそうしなかったのだ。
加えて、今ならそこそこ焔と良い勝負が出来ると思っていたし、新しい鳳輪脚を用いれば、焔を驚かせる事が出来ると思っていたのに、焔は更に双龍牙に磨きを掛けていた。
何より、螺旋双龍牙に繋げるまでの行程が、可成り緻密だったこともその理由である。
鋭児のように、粘り勝ちではなく、正しく間を計っての勝利なのだ。そこには、不確定要素を感じない。見事な戦いだった。
「バーカ。テメェだったら、あんな隙作らねぇし、それによ……」
そこで焔は一段と強く鋭児に抱きつく。
「大事なテメェを、壊せるワケねぇじゃねぇか」
焔は本当に大事そうに鋭児を抱きしめて頬を重ねてくる。そんな焔の何とも愛情深く切なくかすれた声色に、ドキリとしないわけが無かった。
何より遠慮無く押しつけられた、焔の胸の感触が、全く別の角度から鋭児を攻めてくる。汗で隠った体温が自分の背中にピタリと張り付いているのである。
焔は、あのとき何とも言えない危機感を感じていたのだ。それはまるで砂粒一粒で粉々に砕けてしまうほどのものだった。
あまりにも張り詰めた鋭児に強烈な気迫と意地だけが、漸くそれを保っていたのだ。
勿論それは的中しており、もし仮に、あのときに螺旋双龍牙を放っていれば、間に入った吹雪もただでは済まないし、空中で無防備日程他鋭児は、間違い無く吹き飛んでいたに違いない。
そして勿論だが、今、鋭児はここにいる。
だから、ここで憎まれようが嫌われようが、焔にはどうでも良かった。自分がこうして抱きしめたいのだから、そうしたいだけなのだ。
「お前おっぱい好きだもんな……」
焔は呼吸を整えながら、意地悪な一言を口にする。
「う……ウルセェよ!」
「螺旋双龍牙疲れんだよ……もう動けねぇ……」
そう言っている割には、しっかりと鋭児に抱きつく焔であった。そして、その意味を十分理解している鋭児であった。
二人は、そのまま焔の部屋に向かうことになる。
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