第1章 第2部 第9話

 翌朝早朝朝六時、眠たそうな制服姿の鋭児と、いつも通り胸元が張り裂けそうになっている可哀想なTシャツ姿の焔が、二人そろって欠伸を連発しながら、Fクラス寮の正門前で待っていると、自分の荷物と鋭児の荷物を持った吹雪がやってくる。

 自分の荷物は、洒落たブランド物のバッグ、肩には昨日置き忘れていた鋭児のボストンバックと、妙な出で立ちである。焔の足下にも、スポーツバッグがあり、其れは焔の荷物である。

 「吹雪おせぇよ」

 と、焔が何の緊張感もない欠伸をしつつ、彼女の到着を待ち疲れた様子を見せる。

 「あのね。私の寮は真反対なんだからね!校内バスのことを考えたら、遠回りになるんだから!」

 あらゆるタイムラグを無視した焔の言動に、吹雪はご立腹の様子だが、そう言うときは都合良く聞こえないふりをする焔だった。やはり吹雪は焔に振り回されることの方が多いようだ。

 「はい!」

 と、鋭児の荷物を彼の胸に押しつける吹雪だった。

 「すんません」

 「いいわよ。全部焔が悪いんだから」

 そんな風に吹雪が怒っていても、焔は欠伸をしっぱなしで、全くもってマイペースである。

 其処へ、黒塗りのクラシックなバスがやってくる。外観は某高級外車を思わせる作りで、厳かな雰囲気があり、学生に対して品位を求めるような無言の圧力が感じられるような外装だ。

 彼らはバスに乗り込むが、ゴールデンウィーク中のこの時期の乗客は、彼らだけだった。

 間もなくバスが発車し、校内道路を順調に走り出す。

 今までよほど余裕がなかったのだろう。鋭児は、改めてこの学園が人里離れた場所に存在している事を知る。深い山間の風景の中に、コンクリート造りの校舎と、煉瓦造りの寮などが存在し、途切れたところに、広い芝が存在したりで、全体的に裕りのある空間となっている。いわば、高等学校などが一つの集落のように、点在しており、その中には、教員達の宿舎なども、点在している。

 やがて広い敷地内の、正門前ロータリーにまでやってくる。

 赤い煉瓦造りの高い塀が、外界と区切りを感じさせ、非常に頑丈さの感じる牢獄の扉のような鉄格子の門が、厳めしく聳え立っており、出入りの困難さを感じ挿せた。

 焔と吹雪は学生書、鋭児は外出許可証を見せ、正門の横にある勝手口から外へと出る。

 学園前の道路は、街の方角へ向かい曲がりつつも下っている。ただし、周囲の木々でこの位置からでは街の様子は窺い知れない。

 

 ここまで大凡三十分ほどの道のりだ。

 

 門前から地元まで、学園関連のバスがあり、それで更に一時間。鋭児の実家までは、特急と普通列車を乗り継いで二時間といったところだ。

 バスの中での焔はまた眠りこけ、遠慮無しに鋭児に凭れかかるのだ。

 焔はよく眠りよく食べる。まるで子供のようだが、そんな焔を見ていると、鋭児は思わず表情が緩んでしまう。

 

 朝食は、バスを降りた駅前のバーガーショップで摂ることにする。

 「だから、ついてるって」

 、ハンバーガーを大きな口でかぶりつく焔の口の周りについたケチャップを指で取り嘗める。そう言う場面を見た直後、吹雪もハンバーガーに食いつく。

 「ほら……吹雪さんも」

 良い意味か悪い意味か、吹雪の気持ちを知って知らずかといった感じの鋭児の行動だったが、吹雪はそれにご満悦の様子だった。

 そして吹雪の意図と性格を理解している焔は、鋭児に見えないように、シシシシと、歯の間から声を漏らしながら、肩で笑う。

 

 ゴールデンウィーク中日であるこの日、行楽地と逆方向の電車は、予想以上に空いており、好きな場所に座れてしまうほどの状態だった。そんな静けさが、しんみりとした気持ちにさせてしまう。久しぶりに流れる町並みの景色がなんだか新鮮に感じる反面、用事が済めばまた当分見る事もないのだろうと、鋭児は思った。

 そして、祖母の家が無くなってしまえば、立ち寄ることもほぼ皆無に近くなってしまうのだろうと、ぼんやりとした思考の中で、何と無しに悟る。

 二ヶ月ぶりの帰宅となる鋭児は、鉄道に乗ることも二ヶ月ぶりだったが、焔や吹雪にとっては珍しい体験でもある。学園生活を送っている分には、外に出る必要がないためだ。それに、帰る場所なども持ち合わせていないし、家族との思い出もない。休みを与えられても、外に出る理由がない。

 鋭児はまだ知らないが、彼女たちが言い渡される「仕事」なども、殆どが車での移動である。

 

 鋭児達は、彼の叔父と待ち合わせのため、彼の地元の駅前に、止まっていた。彼の実家へ行くのだから態々待ち合わせなどする必要などないのだが、鋭児の性格を知っている叔父は、家の中ではなく、道中で、鋭児と会話する事を考えたのだろう。

 「なぁ、とっとと行っちまおうぜぇ」

 焔は妙にソワソワとしている。別段駅周辺の人の流れが苦手だからという訳ではないようで、ゴールデンウィーク中日の日中、人の流れは繁華街ほとの多さはない。

 それに、流れの殆どは、マイカーで来場するショッピングモールに、取られてしまっている感じだ。

 「駄目よ。鋭児くんの叔父様が迎えてきて下さるのに、それを反故にしては……」

 同い年だというのに、こういう時は完全に吹雪が姉役になってしまう。いや、始終そうであるに違いないのだろうが……。

 

 「?」

 不意に鋭児が軽く周囲を見回した時だった。

 何気に立っている、革ジャンに革ズボン、リーゼント気味の頭髪の男が目に入る。

 身長は鋭児と同じくらいだが、筋肉質で、六十年代に出てくるようなアメリカの不良を思わせる風貌をしている。

 少し古めかしい服装に思えるその男は、ガッチリとした彫りの深いハンサム系だ。

 そんな彼の足下には、黒い円が張られているのだった。

 「あれ……」

 鋭児が吹雪をつついて、其れを確認させる。

 「闇術だわ」

 吹雪が其れを確認している間に、落ち着きのない焔に対しても、それに注目するよう促す鋭児だった。

 「あん?別段、ガッコーに居る連中だけが、力持ってるわけでもねぇし……」

 焔は、そのことにあまり関心を持たず、鋭児の叔父がどこから来るのか、興味津々である。

 「ったく……」

 吹雪と鋭児が焔の無関心ぶりにため息をつきながら、その円に何があるのか注目していた時だった。

 一人の白のワンピースを着た清楚な美人が、その円を通りがかった瞬間、躓くようにして倒れてしまう。

 が、しかし、タイミング良く、その男が女性を助けるのだ。

 「大丈夫ですか?」

 何とも爽やかスマイルであるが、どう考えてもタイミングから、何から何まで彼が仕掛けたということは、鋭児達にはバレバレである。

 吹雪は思わず、ずっこけてしまう。

 「ナ……ナンパ?」

 「…………」

 鋭児は、あまりにチープな使い方に、言葉を失ってしまうのだったが、男性と女性は、しばし見つめ合ったまま、離れることがない。

 直ぐに吹雪が、異常に気がつき、一歩前に出るが、直ぐに踏みとどまる。

 「二人とも先にいってて。技をナンパの道具に使うなんて許せない!」

 吹雪は、女性の肩を易々と抱いた彼の後を尾行し始めるために、コソコソと歩き始めるのだった。

 「焔さん……」

 「俺はいかねーぞ」

 焔は、ぷいと横を向いてしまうのだった。何が気に食わないのかは鋭児にも解らないが、熱い焔らしくない無関心さだ。といっても、子供じみた部分の多い焔のことだ、その関心事項がナンパ男の追跡よりも、黒野家探索にウェイトを置いているだけの話なのである。

 「ほっとけねーよ。これ、俺の携帯。叔父さんから連絡きたら、先いっててくれ!」

 鋭児は、吹雪の後を追うことにするのだった。そして、人混みの中、焔だけが一人置いて行かれてしまう状況となる。

 「バーカ。吹雪に心配なんて無用だっての」

 焔はブツブツとぼやきながら、一人大人しく待つことにするのだった。そんな焔の足下には、自分の荷物を含め、三人分の荷物が転がっているのであった。

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