第五十二話 修羅①
「A”a”a”a”a”a”a” 」
外気はさして冷たくはない。寧ろ、暑いといえるはずなのに、ヤツはムワァ、と湿度の高い白い息を吐いた。粘ついた視線、というやつを感じた。その挙動一つ一つが生理的嫌悪を感じさせる。
濁点の付きそうな唸り声を出す狼。その姿は、腕は少し足りないが阿修羅そのもの。
昆虫なら分かるが、哺乳類で腕の数が二本以上の生物なんて知らない。その異様な姿に俺は口を閉じることも、動くことも忘れていた。
生物の枠から外れてしまった豪災であったなにか。
よく見れば目も二つから四つに増えていて、かなりグロテスクな顔面に変形していた。
もう狼であったころの顔の面影なんか無い。
目の前にいるのは正真正銘のモンスターであった。
「っ............」
流石の俺でもあの姿は耐えられねぇ。禍々しさとグロさがあいまって恐怖心を刈られる。
......ゆっくりと、そいつは俺の方を向く。だが俺にははっきりと笑って─
「がはぁ!?」
なっ、あっ
激しく打ち付けられ、後頭部に強烈な衝撃を受けた。
「うぁ......」
視界が暗くなったり明るくなったりしている。とてつもない威力だ。くっ、だが、頭から何から、生暖かい液体を感じないだけマシだ。多重ブーストがなければとっくのとうに死んでいただろう。
だから、壁に打ち付けられて軽い脳震盪を起こしただけで済んだ.....っ、力が、入らねぇ。
まずい、このままだと
「です、よねぇ」
焦点があったりぼやけたりする中、無駄にガタイのいい黒い狼がこちらに向かって猛スピードで近付いてくるのが見えた。そして徐々に肩を俺に向けるような体勢に変わっていく。
しょ、ショルダータックルッ!
「ぬぁぁぁ!」
壁に若干めり込んでいた体を無理やり剥がして地面を転がりその場から離れた。
ドゴォォ
僅差で壁を破壊する音が響く。身体中痛むがそんなことなど無視してすぐさま立ち上がりギリギリまで距離を取る。
視線の先にそいつはいない。
え、いない?
「どこだ!」
「上にいるよ!」
なっ!?誰か知らんがありがあぁぁぁぁぁぁ!
質量の塊が地面に落ち、亀裂が生じる。一度だけ地震を経験した事があるが、それ以上だ。
「∼〘『Flamma』 sicut stella sicut meteorite〙~」
いくつもの生物の声が重なった不気味な詠唱が、はっきりと耳に届いた。反射的に上を、空を―
「はぁ!?」
見た時には、幾千もの光が空を多い尽くしていた.......いや、あれは!
「炎の玉!?」
よく見るとその光にしっぽのような揺らめくなにかを見つけた。炎の軌跡だ。あのユラユラしてる部分である。
範囲は分からん!とにかく広い!
「全員逃げろぉ!」
そう叫ぶしかなかった。
「「「「「わぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」
俺の叫びを皮切りに周りの狼達が一斉に動き出した。皆が皆自分が助かろうと必死になっており、叫び声が聞こえたり、転んで立てない奴がいたりした。
しかし、上空から迫る炎の玉は無情にも勢いを増していく。あのモンスターも動こうとしない。ニヤニヤとした気色悪い顔面から愉悦の色が見えた。ってか、俺も悠長してらんねぇ!
「ぐっ、逃げ─」
体を動かそうとして、この場から出ようとした。
「えっ?はっ!?」
だが、出ようとした瞬間、何らかの壁に阻まれたかの様に身体が逆方向にぶっ飛ぶ。飛ばされた時の痛みはないが、地面に落ちたときの衝撃は痛かった。
バッと振り向くと、俺の事をジッと見つめるモンスターが見えた。だが、今すぐ攻撃する気配はない。
「もしかして、もしかしなくても.......出れない?」
俺の声が聞こえたのか知らないが、答えるように邪悪な笑みをうかべるモンスター。まじかよ.........
最初こそ豆粒ぐらいにしか見えなかったものが、今や炎の揺らめきが視認できるほどに近づいている。
「「「うわぁぁぁ!?」」」
複数人の声が上がった。アレが遂に着弾したんだろう。身体に着弾していなければいいが、他人の安否を確認できる余裕はない!
「全速力ぅ!」
いくら強化してるとはいえ地がヘロッヘロだから既に太ももが痛い。鉛のように重い足と腕を今すぐに切り離して楽になりたい........ここで言う楽になるは死ぬことかはっはっは、なら。
「意地でも避けきってやるよ!」
そして、遂にこの場にも玉が着弾する。メラメラと燃え上がるそれは本当に熱そうで..........
「燃えてる!?」
嘘だろっ、ここ燃えるようなものが一切ないんだぞっ!これが魔法パワーってやつか?!
「尚更当たれねぇぇ!」
被弾覚悟なんざ捨てちまえ。多分被弾したらオシャカだ。水が近場にあるならいざしらず、いや、それでも当たりたくはねぇし。にしても、
「一体いつまで降り続けるんですかねぇ!?」
真っ赤な雨は大地を焦がしながら今尚降っている。数の暴力でも精度がよろしくないから何とか避けきってはいるが正直もう当たってもおかしくない。集中力が完全に切れてる。
「Grrrrrrrrrrr 」
また唸り始めるモンスター。もうやめてよ、僕のライフはもうゼロよ!?
「~〘『Ventus』 sicut ferrum sicut turbo〙~」
嫌な風切り音。視界端に見える着弾した炎の突然の揺らめき。
半ば強引に倒れ身体全身に衝撃を受けるのと、頭上から音が聞こえるのは同時だった。そして、その流れは勢いを増していき、音だけでなく肌で感じれるほどに吹き荒れていた。
「今度は風かよぉぉぉ!」
とても引き出しが多いことで。でも多すぎて俺が死んじまう!あの音は風切り音だった。ヒュンヒュンいっちゃってるから、とんでもない切れ味なんだろうね。
ほら、見てご覧?闘技場の壁がまるで電ノコをミスった木の板みたいになっちゃってるから。
「更に厄介。」
あっつい。そう、極めつけはそれなのだ。この風、地面で燃え続けてた火を掻っ攫って取り込んだんだ。場に吹き荒れる風は先程とは変わってクソ暑い。
「どこかの反応ってか?」
リアルでそんなん起こらないからやめてくれ。火力1.5倍は頭おかしいんよ。
うっ、暑い。じっとりとした汗が服に染み付いてベタつく。向こうの夏と同等の蒸し具合だ。
無駄な思考が増えてる。自分でも分かるほど集中力が切れてる。
「~〘『Aqua 』sicut oceanus sicut influunt 〙~」
今度は何だ?
「うぉ!?」
ドドドドド
地響きと共に押し寄せるそれがヤツの背後から出現した。室内であるはずなのに現れたそれは容赦なく俺を飲み込もうと迫ってくる。
「駄目だ、流される........最悪溺れて死ぬ。」
濁りきった青い波の壁は高い。いくらこの状態であっても飛び越えられる高さじゃない。そして、俺は泳げない。ダメ押しで、壁があって逃げられない。
「詰みってわけかよ。んなのあんまりだろ。」
「“岩石の守護、
視界が黒一色になる。波がぶつかりバシャバシャと飛沫が舞う。全身が濡れたが、飲み込まれたわけではなくその飛沫が当たった。
咄嗟に目を閉じたため何も見えなかったが、恐る恐る目を開ける。
周りの水はとうに無くなっていた。幻覚か?と疑ったが服に付いた水は今も残っている。あれほどの大質量を一瞬で出して消せる魔法なんて........考えただけでゾッとする。あんなモンポンポン撃たれたらたまったもんじゃない。
だけど、届かなかった。目の前に聳え立つ巨大な壁は軋み、今にも崩れそうになってはいたが、あの波を受け止めきって尚形を保っているのだから、相当な強度なのだろう。
豪災の歪な顔が先程と打って変わって不機嫌なものになった。正確には全体が黒いから顔面自体は見えないのだが、明らかに不機嫌なオーラを全身から放っている。
一体誰が?
壁に向けてた視線をその本人に向ける。
「遅くなってすまない。少々、やるべきことがあったのでな。」
荒波の音が消え、静けさが戻ったこの場に重く、だがどこか優しさを含んだ声がはっきりと聞こえた。
純白とほんの少し緑の混じり気のある見覚えのある背中は、今はとても大きく見えて。
「ここからは、私も手伝おう。」
村の戦士達を率いるの隊長は、力強くそう言った。
/////////////////////
一日更新日開けやがって、この間抜けが。
失礼だな、ただの日時設定ミスだよ。
ドカァァァァァン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます