『ふざけた現実に跪いたら』




 2-Dのメイド喫茶はそれはもう繁盛し、厨房もホールもパンク寸前のギリギリを攻め続け、なんとか昼のラッシュタイムを終えることが出来た。

 スタッフ全体に疲労の色が出てきたこのタイミングで……、ある事件が発生した。




「しょ、食材がもうありませーん!」




 今回の喫茶で出すメニューの在庫管理はクラス長の押金燕が担当していた。

 彼女によると、既に昼の時点で想定以上の来客により文化祭一日目で消費予定だった食材を既に使い切ってしまったのだと言う。

 ドリンクの在庫は少ないがまだ残っているし、このまま急いで買い出しに向かうか二日目用に準備していたものを使って運営を続けても良いのだが、スタッフの疲労度を考慮し一日目はもう閉店にしてしまおうという結論に至ったそうだ。


 我がクラスの経済担当大臣である伊神人人の意見も同様で、既に一日目の目標売上を大きく超えて達成しているし明日に備えて店仕舞みせじまいにした方がスタッフの士気と利益効率が良いとかなんとか……。

 難しい話は分からないが、兎角とかくこれで執事は終了ってことだ。似合わないコスプレで慣れない接客。正直、かなり大変だった。




「おっつかれーい‼️ いやはや、オカ研の皆に声かけて良かったよお、私たちだけじゃ死んでた😭」


「力になれて良かった……、って言いてえけど、オレだって紫明布シャンプーと同じ2-Dの一員だ。 感謝されずとも手伝うのが普通だろ?」




 タオルで汗を拭き、ミネラルウォーターのペットボトルをがぶ飲みするシャンプー。

 メイド服からくる清廉なイメージとは外れた豪快さだが、そこは持ち前の整った顔立ちとメイクでカバー出来ている。




「ねー、あたしらめっちゃ稼いだことない⁉️ この調子なら絶対優勝できるよ〜」


「優勝? 何に?」


「アワードだよ〜。 ほら、一番お金稼いだクラスが表彰されるやつ! 演し物決める時にセンセが言ってたじゃん? 忘れちゃった?🤨」




 そんなこと、言ってたか……?

 憶えていない。あの時はジョン・ドゥの事とかで頭ん中がいっぱいだったし……。部活の演し物どうにかしなきゃって騒いでた頃だったからな。




「おつかれーい。 いやーくっそ大変でしたわぁ。 これ明日もやるってマジィ?」


「おつー🙋‍♀️︎ 流星キッチンだったよね?」


「いいや、俺っちハイブリッドだったんよ。 キッチンとホールどっちも行き来してた。 面倒メンディーいのがさ、ホールでお給仕してからキッチン戻る時、毎回手洗わねーとなの! もう皮膚がふやけてブヨブヨなっちまうんじゃねーのってくらいに何度も何度も! つれーってばありゃしねーよ」


「食品衛生管理の人、めっちゃ厳しいもんね💦 生物なまもの取り扱ってるところはどこも目光らしてるらしい👁」


「まっ、そんな厳しいチェックもなんのその! 今年は2-Dウチがアワード取ったっしょコレ!」


「だよね〜‼️」




 閉め作業を終えたクラスメイト達が次々と教室から出てくる中、制服姿に戻ったオカ研の面々と目が合う。




「ブッチョ、お疲れ様デース!」


「大変だったろ? 衣装のサイズ合ってなかったぽいし」


「モ〜、ミチミチでしたカラ! ヤベー拷問か思いマシター」




 ミチミチなのは傍から見てもよく分かった。ほとんどコルセットに近い絞り込みで、抑え込んでいた肉がいつ飛び出るかわからない胸元危機一髪の状態だったからな。

 だが、メレンゲが拷問に耐えていてくれたお陰でメイド喫茶は成功を収めたと言っても過言ではないだろう。不純な手段ではあるが、間違いなく今日のMVPだ。


 そして次点MVPは間違いなくこの男、御山弟だろう。




「ねー、今日僕の出した売上っていくらくらい? マージン貰えたりしないー?」


「貰えねえよ! 文化祭なんだと思ってんだ」


「バイト」


「違えよ! 列記とした校内活動の一環だよッ!」


「えー、じゃあ今日の収益ゼロじゃん。 あんなに頑張って女の子たちと遊んであげてたのにー」




 くそっ、こいつ自分がイケメンだと分かってっからって好き放題言いやがって……。




「オカ研のみんな大活躍だったねー。 文化祭アワード入賞したらどんくらい部費入ってくるか楽しみ🥳」


「えっ? 入賞したら部費が貰えるのか?」


「そーだよ。 日継で一番の売上を叩き出したクラスはなんと! 生徒全員の所属してる部活にボーナスが貰えるのだ〜😏」


「……らしいぜ、野崎。 部費ゲットで溜飲を下げてくれるか?」




 メレンゲの後ろで黙ったままの野崎の機嫌チェックをするつもりで話題を振ったが、それは明らかに愚問だった。




「……………………」


「……よ、よく頑張ってくれてありがとな。

仕方なくとは言え、相当嫌だったろうに」


「…………ねぎらえ」


「えっ? 何だって? 声が小さくて――――、」


「部長として、労働に勤しんだ部員を労え!」




 メレンゲのお腹がグウウと鳴り、皆の目線が集まる。




「アハハ! ペコ腹デース! カロリーパクパクしないと即死してしまうのデスガ!」


「ずっと働いてたもんな。 じゃあ、外の出店でみせでも見に行くか」


「ブッチョのポケットマネーですネ!?」


「うっ……。 まあいいだろう、部活のために頑張ってくれたんだしな。 オカ研は何か奢ってやるよ」


「ヤリマシター! 勝ち取っタ! ビクトリー!」




 よくよく考えるとオレも一緒に働いていたんだが……、これも部長としての責務として諦めよう。

 オカ研には明日のライブもあるからな。腹を空かしては戦は出来ない。ここらでしっかり気力を回復しておいてもらおう。




「キラリン、文化祭回るの? あたしも一緒行ってい?✨️」


「ああ、いいぜ。 でも奢るのはオカ研だけだぞ?」


「分かってるよ😼」


「伊神はどうする?」


「文化祭アワード受賞候補であるこのクラスの経済大臣ブレインとして、敵情視察が必要だ。 一緒に行くよ。 どこのクラスも同じ量のバジェットから企画した演し物に、どれだけの差異があり工夫が生まれるのか興味がある」




 眼鏡をスチャする伊神の裏から出てきた押金が人の輪の隙間に小さな身体を押し込んで入ってきた。




「みなさん! お疲れ様です〜。 食材足りなくなってしまってすみません、もっと早い内に補給できたら中断せずに済んだのに……」


「ぜーんぜん大丈夫だよん😙 てかいっそお休みできて嬉しーし? ナイスタイミングって感じ‼️」


「わあ〜、六道さん優しい〜。 苦労が報われる〜」


「ちゅばめちゃんも一緒行く? 今から皆で外の演し物とか見に行ってご飯食べよーって話してるの」


「いいですねっ! 閉め作業も終わりましたし、ご同行させていただきますっ」




 オカ研部員の四人に加えて、シャンプー、伊神、押金。おっと、流星を忘れていた。流星。


 合計八人の大所帯で廊下を練り歩く。




「ほうほう、2-Cの演し物は『遊園地』か……。 狭い教室内に手製のティーカップなどよく造ったな。 安全ガイドラインやアクシンデント対応マニュアルがどうなっているのか、気になるな」


「ねー、人人クンってそーゆーことばっか考えてるの? 疲れない?」


「前世で癖づいてしまったんだ。 ルーティンだったのでね。 いや、癖と言うよりは処世術と言った方が正しいか」


「何それー。 変な横文字使わず普通に話した方がいいと思うよー。 たまに使い方間違ってる時あるし」


「なっ……! それは違う。 僕が言うビジネス用語は時代や状況によって意味が変容し、広義なものとなる場合があるのだ。 だから本来の意味から少しズレていても、そこはファジーな部分として許容範囲とされていて――――、」


「そのうち、何話しててもエビデンスがーとか言い出しそうでヤダ。 副クラス長なんだしさー、普通に話さないと皆から慕われないよー?」


「うっ……!」




 御山、伊神をイジメるのはやめてやってくれ。

 人それぞれ、個性を尊重し合おうじゃないか。




かいちゃん! メイド服くっっそ良かったわ。 眼福っすわ、あれ」


「……気色悪い」


「ガーーーン! いつもの長文罵りが返ってこないと逆にダメージがでっけぇ……!」


「君は何なんだ? 確か反ルッキズムを自称していたよね。 だが今は私の羞恥の姿を褒め称えている。 思想と反するのでは?」


「俺っちが萌えてんのはクラスのため部活のためにやりたくもねえ仕事をして、着たくもねえメイド服に裾を通し、嫌々ながらも最後までやりきったその気高い魂にだよ。 それに、ビジュアルって点で言うと全身の包帯のせいでミイラがフリフリの服きてるようにしか見えねーからホラー以外の何者でもないんだぜい?」


「………………いつかころ…………」


「あれ? 今、小声でいつか殺すって言った? ねえ海ちゃん、今殺すって言ったよね? 全然聞こえてたよ? 目合わせてくれないね? なんで? 殺す気だからだよね? ちょっとマジな感じなのやめて?」


「…………本当に、やかましい……」




 野崎はメイド喫茶をやらされて鬱憤が溜まりに溜まっている。このまま流星の粘着を放置すると、いつ手が出てもおかしくはない。

 仮面までは取り出さないのを祈る限りだ。




「メレンゲさん! たくさん接客ありがとうございました! お客さんすごく来ました!」


「メニメニ並びましたワネ! ツバメサンもお疲れ様でシタガ?」


「私はそんなにですよ! ずっとキッチンでしたから!」


「クラスリーダーなのデスカラ、アレコレ大変だたでショウ? ツバメサンいたから、皆メイド出来たのデスヨ」


「そんなことないですよ〜っ! 私は皆がニッコリしていつか恩返ししてくれたら、それで満足ですから! そういえば気になっていたことなんですが、海外じゃメイドさんのことハウスキーパーさんって呼ぶんです? メイド喫茶のこと調べてたらそう出てきたんですけど、違いが分からなくてっ」


「オー! メイドサンとハウスキーパーサン、ちょぴーり違いマスワ。 メイド(Maid)はゴージャスお屋敷でマスターサンと一緒に暮らしている、マスターサンをお世話してくれるエロチックな人デスネ。 コックさんとか、専門家の方が多いそーデスヨ。 ハウスキーパー(house keeper)はマスターサンじゃなくて、お家のガーディアンとなってくれる臨時のヘルパーさんデース! 定期的なお掃除など色々な家事をお願いする時はハウスキーパーさんデスネ」


「え〜っ、メレンゲさん詳しいですねっ? もしかして海外のご実家にはメイドさんかハウスキーパーさんがいたんですかっ!? 綺麗でした? 優しくてスゴ腕の」


「ノーノー! ロシアのホームは私が小さい時にパーティで燃えて親族半分死にマシタ! メイドさんいましたケレド、ママのアクセサリ盗んでた泥棒! 焼死当然の人デシタヨ〜」


「えっ、えっ、えっ? 急に暗くて怖い話、なんで、えっ、えっ……?」




 メレンゲよ……、お前は日本語ペラペラなのにどうして御山以上のノンデリカシーなんだ?

 人の往来の中心で言っちゃいけないこととか、やっちゃいけないこととか、そういうストッパーが完全にぶっ壊れてるんだよな。実はオカ研の中で一番の危険人物だったりするのかもしれない。




「キラリンはさ、日継ウチの文化祭初めてだよね? どう? めっちゃ広くない?😼」


「ああ、マジでデカイな。 二日あるけど全部回るのは無理だろこれ。 ってか、なんでお前がしたり顔なんだよ」


「えへへ。 あたしさ、前実家の話したよね?」


「寺の話だよな? 跡継ぎせず一人暮らししたいっていう」


「そそ! ちっちゃい頃からこんなシャバい生活抜け出したい〜ってめっちゃ思ってたのね。 だから、派手にお祭りしたり自由な校風の日継高校に憧れて受験したの。 一年生の時、この文化祭見て感動しちゃったな🥲」


「ほんと派手だよな、学校関係者以外も自由に出入りできる文化祭ってのもスゲーしな」


「キラリンは感動してる?」


「えっ?」




 シャンプーが無垢な瞳でこちらを覗き込む。

 咄嗟に目を逸らしてしまったのは、少し恥ずかしく感じたからだ。




「……感動、してると思う」


「思う〜?😟」


「感動してるって! 急に転入して来たのにこんな青春できるなんて思ってなかったからさ……」


「……そっかぁ。 そんな風に考えてるんだね、キラリンは。 アオハルってさ、勝手に来るものじゃなくない? キラリンが頑張ってるから、皆と仲良くしよーとしたから、その結果で出来てるものじゃないかなって思うよ」


「オレは別に頑張ってなんて……」


「頑張ってるじゃん😌 この前の生徒会のことも、この文化祭のことも! 私が知ってる中だと、キラリンがいっちばんアオハルしようと頑張ってる人だよ?」




 ……オレは青春のために活発に動けるような、学生的で熱い男なんかじゃない。

 もっと利己的な理由のために、あるいは緊急的問題の解決のために動いている。それが自分で分かっているから、少しズルい気持ちになる。

 青春の最中さなかに居られるのは嬉しいけれど、オレは自分のために青春を利用しているに過ぎない。そんな状況に皆を巻き込んでいることを、たまに苦しく感じるんだ。



 でも。

 そんな日々は今はすごく心地がいい。


 オレ達は本来、こうであるべきなんだ。

 仮面も権能も闘争もなければ、こうであることが普通になるはずだったんだ。


 そんな、別の可能性を味わえている気がして。

 すごく楽しい。嬉しい。日々が愛おしい。




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