『チェイス・レインボー』
煌と出会う前の理紗は、ずっと夢を見ていた。
理紗の将来の夢は幼い頃からずっと変わっていない。
私は『
中学生を卒業し、高校に上がっても変わりはしなかった。
お城に住んで、お菓子や紅茶を飲んで、いざという時は
その願いの起源は今じゃもう分からない。どこかの絵本で読んだのか、それともベタなアニメでも見たのか。
起源がどうであれ、普通の少女ならサンタさんの伝説みたいに、いつしか真相に気がついて現実と向き合うようになるものだ。
そうして、ゆっくり大人になる。それが普通だ。
しかし、理紗は違った。
強い願いと空想の力は現実を否定した。
真実なんて全部嘘だと信じ、いつか窓に夢の使者がやって来て、不思議な魔法の力でこんなつまらない毎日から引っ張り出してくれると信じて
理紗は幼稚だった。
好きな物も、趣味も、何もかも。
反して身体だけが大きくなっていき、故に友達もできず、同年代とのギャップに暗い感情ばかりが募らせていった。
しばらくして、理紗は引きこもりになった。
自分の部屋の中には悲しい事実はない。
王子様でも
外に出る回数も減っていった。
でも家族のことは好きだった。学校には行けないけど、家族とはたまに旅行に行った。
でもその度に、望んでいた世界と外の世界のギャップを痛烈に感じ取り、塞ぎ込んだ。
高校生になった。
そんな、とある雨の日。
久しぶりの家族との外出で交差点の中心で倒れている煌を発見した。
煌を神無月家で引き取ると聞いた時は正直、とても嫌だった。パーソナルスペースを侵害されると不安に感じたからだ。
しかも最悪なことに、煌はお節介だった。
私がどれだけ距離を離しても、必ず埋めようとする。親のいない日は全ての家事をして、部屋から出ない私のために洗濯やご飯も作って、毎日扉越しに話しかけてきた。
学校の友達のこととか、勉強のこと。私はずっと無視してたし嫌だったけど、それが日常になっていった。
私の誕生日が近づいてきたある日、欲しいものはないかと尋ねられた。
いつもみたいに無視しても良かったのだが、プレゼントは欲しい。それに、両親からの使いで聞いてきて欲しいと言われて来たのかもしれない。
ここで何も答えないと誕生日祝いゼロの可能性もあると考え、私は扉の前に立った。
煌とはいつも、ドアの下から紙を渡してやり取りしていたが、その日はたまたまペンのインクが切れてしまい、書くものが見つからず、仕方なくドア越しの肉声で答えることにした。
「て、てんたいの、ぼうえんきょう…………」
誕生日当日。
リビングで誕生日パーティを行なったが、そこに煌の姿はなかった。
別に期待してはいなかったが、薄情者めと心の中で静かに毒づいた。
でもその日の夜、コンコンと私の部屋の扉を叩いた煌が「入れてくれ」と言いに来た。
ドアを一回だけ叩く。これは、煌が簡易的に意思疎通を取るために設定した合図。一回は「いいえ」で、二回は「はい」。三回叩けば「考え中」か「また今度」だった。
部屋に入れるなんてとんでもない。
だが、煌は断られてもしぶとく扉の前に残り、「誕生日プレゼントを持ってきた。重いからここに置いていくわけにもいかない。パーツも多いし一人じゃ組み立てられないと思う」と言うので、しばらく考えた後、私は布団にくるまって隠れてから、入室することを許可した。
扉の開く音。
膨らませた布団の隙間から様子を見ると、キラは大きな筒とその他のパーツをいくつか持ってきて、無言で組み立て始めた。
三割くらいのパーツが組み合わさったところで分かった。それは、中サイズくらいの望遠鏡だった。
「パーティ、一緒に祝ってやれなくてごめんな。 神無月の両親にも誘われてたんだけど、オレみたいな部外者がいたら落ち着かねえだろ? せっかくの誕生日なのにさ。 ……この望遠鏡、あんま高いやつじゃないけど、晴れた夜なら都会でも星を見れる代物らしい。 クラスメイトのオススメでさ、よく喋る奴がいるんだよ。 オススメのやつ教えてくれって聞いただけなのに、百も二百も喋りはじめてさ。 次の日には束になったカタログをドカンと持ってきて……、店まで行って実物見てさ、いい感じのやつ見繕ってきたんだ。 こんなので良かったのか分かんないけど、試しに使ってみてほしい。 ……誕生日、おめでとう」
そう言って煌が窓をあけると、夜空に星が煌めいているのがハッキリと見えた。
「なんだよ、今夜は望遠鏡なんてなくても星が見えんじゃねえか。 星空もお前のこと、祝ってくれてるみたいだな」
その後ろ姿が、理紗の記憶に強く焼き付いた。
いつか夜の窓辺に、夢の使者がやってくる。
運命の人、白馬の王子様、
私のつまらない日常を壊してくれる存在が、外の世界からやってくるのだと、信じていた。望んでいた。願っていた。
でも、煌は違った。
煌は外側からじゃあなくて、内側から窓を開け放って、外の美しい世界を見せようとしてくれた。
現実から夢に連れ出すのではなく、現実から現実の中にある数少ない綺麗な現実を見せようとしてくれた。
それが、苦しいくらいに綺麗で。
それから、私の施錠されていた心が途端に開いた。
煌が、私の閉ざしていた窓を開いたのだ。
優しく、美しく。
それからは、煌に対して募らせていた一方的な不信感が、そっくりそのまま希望に成り変わった。
煌が見せてくれる外の世界なら……、例え望んでいた景色じゃなくっても、私の手を引く王子様も、嫌がらせしてくる悪役令嬢も、宿命の指輪も、ガラスの靴も、幸せの魔法も、因縁の
そんな、気がした。
それから私の窓は、煌に向かってずっと開け放たれるようになった。
本人は恩返しだって言って
……恩返しするべきは、私の方なのに。
―――――――――――――――――――――
「……理紗ちゃんと煌君との間に、そんなことが……」
「仁さん、お願い……。 私のことはもう大丈夫だから、お兄ちゃんを、探して……。 いつも私のことばかり気にして、きっと今も無茶してるはずですから……、だから……、助けてあげて欲しい……!」
少女の頬に一筋の涙が流れる。
そして再び、ゆっくりと眠りについた。
「……理紗ちゃん、無理だよ。 僕には何の力もないんだ。 僕はきっと、よくある『親友ポジ』なんだよ……。 主人公の活躍を横目に、褒めて背中を押してあげることしかできない。 煌が困ったら知識を貸してあげる、チュートリアル役くらいにしかなれないんだよ……」
無力な声かけが、雷鳴に掻き消される。
「……煌! 君はいつもそうだ。 君はきっと主人公なんだよ。 僕がどれだけなりたくてもなれない主人公なんだ。 人知れず世間の闇と戦う、特別なポジションの人間なんだよ……」
仁は強く拳を握ったが、そのまま何も出来ず、ただただ折れた十字架を睨みつけていた。
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