『アンユージュアル・アビリティーズ』




「私はハッキリ白黒ついている物事が好きだ。 ぼんやりと放置され、形骸化した暗黙になっていることが耐えられない。 だからハッキリと、ここに言っておく。 私たちは味方ではない。 全員がエゴのために動く、本来は敵と言える関係だ。ここには『少数派ルサンチマン』、『廃棄物アウフヘーベン』、仮面の界隈からの追放者、そして堅気カタギの煌。 複数の背景を抱える者が集まる多国籍連合に近い集合となっている。 当然、仮面や組織については部外に知られてはならない情報も多い。 だが、私は腹を割ろう。 敵と認識した上で、連結を取る。 そうしなければ、私たちは組織、界隈、世間から使い潰されてしまうかもしれない。 君たちも、そうなりたくはないだろう?」




 野崎、御山弟、メレンゲ、カフカ。

 そして……、オレ。


 異様な五人が狭い部室に集まって、菓子の袋を大きく解体してつまみ合いながら話を進める。




「まずは部活動のスタートアップとして、全員の知識量を平等にしよう。 権能について、私が知っていることをまとめてきた」




 野崎が学生鞄から取り出した一枚のルーズリーフには、女の子らしい丸文字がびっしりと書き込まれていた。




「エ! これ野崎チャンの文字!? とてもクリンクリンですネ!?」


「なんだ、悪口かよ? 私の文字が気に入らないか?」


「馬鹿っ、メレンゲ言うなっ!!」


「……その反応、煌も同じ意見らしいね?」


「いや違っ、別に馬鹿にしてるワケじゃねえ! ただちょっと、初めて見た時も思ったが、なんか意外だなーと……」


「私は確かに女らしくはない。 でも女であることが嫌だとかトランスジェンダーでもあるわけでもない。 女らしくないのは単に私の好み、趣味だ。 勝手に偏見を持たないで頂きたい。 第一、君はいつもそうだ。 私のことだけじゃあないよ、なんの物事にだって――――、」


「あーーーーーーもう悪かったって!! お前のそれが始まったら話進まねーだろうが!!」




 ブツブツと愚痴を突いた後、やっと話が路線に戻った。




「……仮面持ちの扱う権能は、人それぞれ。 一つとして同じものはない。 しかし、ある程度は体系的に区分することが出来る。 煌、これまで何人もの仮面持ちと接触してきたから分かるだろう? 権能には戦闘に特化したものから、汎用的なもの、非戦闘型のものといった風に、複数種類に分けられる」


「……ああ、野崎の『爆弾作りベータテスト』みたいにガツガツ戦うのに特化してる権能もあれば、カフカみたいに本の内容を実現させるなんつー、汎用的だけど戦闘にも転用できる、みたいな……。 本来はあんまバトル用って感じじゃねえ権能もあるのは、なんとなく分かったな」


「そうさ、私はこれを五つのタイプに分類出来るとして書き出してみた。 一つめは戦闘に特化した、戦闘タイプ。 私の権能は血流操作で汎用的に使うことも出来るが、基本はこれにあたるだろう。 二つめは戦闘には基本関与しない汎用タイプ。 御山の権能は本来これにあたるだろう。 ……加速の権能でスーパーボールを高速射出して戦うなんて強引な使い方をしているが、本来は戦闘用の能力ではないはずだからね」


「ハイハーイ! 私の才能ギフトもノーバトルタイプですヨ!」




 メレンゲはそう言うと、突然に溶接工マスクを被って指からバーナーを放射し始めた。




「わわわわわわメレンゲさん!? ちょっと、危ないですよ……!?」


「おい何してんだ!? 早くしまえこんなトコで使うな!!」


「不味い、火災報知器が鳴るぞ! 活動初日からボヤ騒ぎでも起こしてみろ、即刻廃部の可能性が……!」


「消せ消せ消せ消せ消せ!!!」


「オー! ソーリーソーリー! やらかしデス!」




 すぐに窓を開けたことが功を奏したか、なんとか奇跡的に火災報知器の検知を間逃れた。




「仮面の力を好き勝手に使うんじゃあない!! 面倒事は容易に想像出来るだろう!! 警察も馬鹿ではない、権能を追うための装置が完成しているという噂も聞いている。 無駄な仮面の使用は控えた方がいい……!」




 あの野崎が分かりやすく焦っていた。

 対比で、メレンゲは笑いながら呑気のんきに謝罪をしていた。




「アハハ! ゴメンなサイ! 私の能力を知ってほしかったのデス。 『死がふたりを別つまでアンハッピーウェルディング』は、さっきのファイアーでジュージューするパワーですナノヨ!?」


「……メレンゲチャンの説明だけじゃ分かんないと思う。 この子の能力は指から出したバーナーの炎で、どんな物でも焼いて切断したり、溶接できる力だよ。 僕たち『廃棄物アウフヘーベン』の武具の製造は全部メレンゲチャンがやってくれてるんだー。 僕のスーパーボールとか、兄ちゃんが使ってたっていう合成樹脂の拳銃とかね」




 ゴーストガン、だったっけか?あのカラフルな自作拳銃たちは、ディオがメレンゲに造らせてたのか。

 確かにあいつ、『分派』のメンバーに銃職人ガンスミスの敗職を与えて武器を製造させたとかどうとか言っていたな……。きっとあれは、メレンゲの事だったのだろう。




「ほう……、切断と溶接の炎ね……。 戦闘にも使えそうだけど、それにはバーナーの炎が小さすぎる。 扱いも難しそうだし、確かに汎用タイプ寄りだろうね」


「あの……、あっ、ごめんなさい……。 えっ、と……、私の権能も……、汎用タイプだと、思います」


「そうだろうとも。 『夢物語ラブクラフト』……、読んだことのある本を実体化させる権能。 取り出す本にもよるだろうけど、散らかった図書館を数分で修理したり、記憶を消したりなんて芸当が出来るのは汎用タイプに分類するべきものだろう」


「戦闘タイプと、汎用タイプ……、戦えるヤツと戦えねえヤツってことだな。 それでほとんど分類できちまうと思うんだけど、他にどんなのがあるんだ?」




 野崎の指がルーズリーフの図に伸びる。




「三つめはこれ、洗脳タイプだ。 権能には他人を操る、洗脳に似た能力を発揮するものもある」


「……ディオ、か」


「そうだよ。 あの男の『敗役はいやくを与える権能』はまさに洗脳タイプのそれだった。 他にも私が知っているだけでも何人か、洗脳的な効力を持つ仮面持ちがいる。 戦闘タイプほど直接的な火力はなく、汎用タイプほど芸の幅は広くないが、それでも強力な分類だ」




 ディオのあれは洗脳ってレベルを軽く越えてる気もするが……、莫大な被害を広範囲に与える超危険レベルの異能だ。

 あんな力を他にも持ってる奴がいるなら……、考えるだけでも恐ろしい。




「四つめは稀だが、可変タイプ。 一つの形態に囚われず、仮面が変形したりして能力が変化する者がいる。 例えば水を扱う能力者が、そこから派生して氷や天候を操る能力にまで仮面を変容させた例を私は知っている。 あれは変化というよりは、ギアが変わったという印象の方が近い。 成長進化といっても差し支えないだろう。 時や環境に合わせて能力の変わる仮面の種別、これを可変タイプと分類する」


「へーー、仮面が成長進化かー。 なんかゲームみたいで面白そー」


「……知っての通り、仮面はその者の思想や心情、健康状態、望みや願いといった心根がそのまま反映されるもの。 その仮面が自在に変化するなんて本来有り得ないことだよ。 きっと仮面主の頭の中はぐしゃぐしゃさ、生きてる人間の脳思考で耐えられるものじゃあない」




 そして最後に、と頭につけて――――、




「五つめ、特殊タイプ。 ここには他には分類できない異常さを持つ権能が分類される。 ……煌、君のがそうだ。 仮面も現れないのに破壊を起こしたり、他人の権能を、しかも複数扱えたり……、暴走したり。 あんなものは普通じゃあないよ。 何処にも分類の仕様がない。 ……あとは『少数派ルサンチマン』の指導者、EXEもここに数えられる。 あの人のは『鍵』だから、まずこの五つの中に加えること自体が間違っている気もするけどね……」


「ナラ、ジョンサマーも特殊タイプですネ! 新作ゲームの発売日を絶対に忘れない才能ギフト、でしたケ?」


「メレンゲチャン、それ、騙されてるよ……」


「エ! そなの!」




 あいつ、仲間に適当吹き込んでやがんな……。

 いや、何かの冗談で言ったことをメレンゲが下手に信じ込んでるだけなのかもしれないが、どっちの線もありうるところがもう……、あいつらの緊張感のなさったら。




「今話した五つは大区分。 更にこれに、いくつかの型が組み合わさる」


「型、ですか……」


「例えば星栞。 君の権能の発動条件は、読んだことがある本に接触して開く、だったね?」


「あっ、はい、そうです……。 読んだことさえあれば、小説でも図鑑でも、新本でも古本でも……、手元にあれば実現できます」


「……そう言やぁ、ディオの『悲劇の誕生ロールプレイング』とか、キャンディの『そして誰もいなくなったグリッチ・ノイジー・モーションブラー』とか……、あとオレの破壊もそうだけどよ、どれも権能だよな」


「ああ、その通り。 接触は権能の発動条件の型としては典型的なものだ。 触れることで発動を可能とする権能種、これを接触型と呼称する。 こんな風に、権能の発動条件はある程度に分類が出来るのさ。 私の『爆弾作りベータテスト』は基本、遠隔型。 つまりさっきの話と合体させると、私の権能は遠隔型の戦闘タイプと呼べるだろう」




 確かに、区分をつけるとかなり整理しやすいな。

 仮面持ちとの繋がりが増えてきた今、誰がどんな権能を持っててってのは混乱しやすいもんだ。

 だがこうして分類しておけば、詳細を忘れてしまったりしてもおおよそを知ることができる。


 流石は野崎だな……。御山弟とは相性最悪だって自分でも分かってて、こんな所で一緒にいるのだって本当は嫌だろうに。

 この部活動の発足理由である情報共有、作戦会議をスムーズに進めるために、話を噛み砕いて整理してきてくれたんだ。

 丁寧で親切な仕事だ。話の節々から思いやりを感じる。


 まあ、本人にこの思いを伝えても、どうせ「君みたいな馬鹿でも分かるように説明してやってるだけだ」なんて突き飛ばされるのがオチだが。




「仮面持ちによっては自動型、なんて奴もいる。 発動を狙っていなくても生活してるうちに垂れ流してしまう制御不能の型だ。 他には、他者が仮面を発動するとその『引力』に応じて発動される反応型、特定の言語を発音したことが引き金に発動する呼応型なんてのもある。 ……まあ、メジャーな型はこんなところだね」


「なるほどな……。 じゃあオレは接触型の特殊タイプ、ってことになんのか。 ……なあ、気になったんだが、お前ら仮面持ちってのはどうやって自分の権能の内容を知るんだ? 確か、権能ってのは『鍵』ってのでEXEから貰えるものなんだろ? その時に能力の使い方とかも教えて貰えるのか? それとも、使い倒してる間に独学で知ってくモンなのか?」


「いいや。 権能の能力内容は、仮面を獲得したその瞬間に無意識理解する。 暗黙の自動学習と言ってもいい。 私たち人間は産まれてきた時、親に教えてもらってもいないのに何故か呼吸の仕方を知っていただろう? それと同じさ、仮面を獲得したその瞬間、それに宿る権能と代償を理解する。 皆、そういうように出来ている。 ……煌、君を除いてね」




 そうか、仮面を獲得した瞬間に理解する、か……。

 それなら、仮面のないオレが自分の権能を知らねえのだって納得がいくな。……いや、やっぱ納得はいかねえよ。何でオレは仮面を持ってねえんだ、ってかどうやってオレは権能を得たんだよ?


 こんだけ説明されたって、まだ分かんねえことばっかりだ。

 失った記憶の中に答えがあるのかすら怪しい。

 ほとんどのピースをなくしたミルクパズルみたいに、手元のヒントも見えざる答えも、何にも理解できない不可解の津波がずっと頭の中で暴れている。


 だが……、希望が無いワケじゃねえ。

 自分の中にヒントも答えも見つかんねえなら、自分の外から拾ってくりゃいい。


 権能なんて不思議な力を扱う連中だ、オレが記憶喪失になった理由に加担した奴だっているかもしれないし、逆に記憶喪失を治せる奴もいるかもしれない。

 それを信じて、今は自分なりに歩み続けるしかねえんだ。クヨクヨしてる時間なんて、ない。




「権能についてはこんなところさ。 仮面の界隈はさっき話した種類にほとんど分類できる。 逆に言ってしまうとね、分類しか出来ない。 私たち『少数派ルサンチマン』ですら、権能については分からないことの方が多い。 だからね、この場ではまずは全員が平たく知識を持っていることがスタートラインになる。 研究と共有、欠かさないでおくれよ?」




 野崎は話をまとめて、ルーズリーフを鞄にしまった。




「今の話は全て記憶しろ、以降は先程の話を前提に、呼称を揃えて話を進める。 この紙は切断機シュレッダーにかけて処分しておくから安心を……、おい、なんだいその顔は? まるでギリギリまでサボっていたくせに教師が黒板を消し始めて急いで板書するも間に合わなかったみたいな表情だね? 授業のプリントの様に複製して配布されると思ったか馬鹿共。 極秘中の極秘だ! するわけがないだろう!」


「エエーー! 日本語ムズすぎムリリーヌ!! せめてスクショさせてくださいョ!!」


「すくしょとは何だ! 君こそ日本語で話せ! おい、携帯のカメラをつけるな。 撮影禁止に決まっているだろう、情報漏洩でもしたら……!」


「ドンウォーリ! ドンウォーリ! 画像認識の文字起こし機能を使って、チャットGPTのお姉サンに要約してもらいますダケヨ!」


「ちゃっと、G、DP……? 今、国内総生産と権能が何の意味がある! おい、写真は禁止と言ったはずだっ!!」


「だ、駄目ですよ、メレンゲ、さん……。 ネットのAIサービスに極秘情報を扱わせると……、サービス元の収集しているディープラーニングシステムに情報が吸われてしまいます、から……。 もし、そうなってしまうと、その……、日本の警察が情報開示を求めた時にワード検索などから引っかかってしまいます、よ……。 IPアドレスとか知られたら……、もう逃げられませんし……」


「おっ、おい待て……。 脳内辞書引きが間に合わん、ゆっくり話せ……! というか常用でない横文字は極力使うなっ!!」


「ご、ごめんなさいっ……! ……でも、その……、チャットGPTとか、もう最近はどなたでも知ってると思うん、です、が……。 図書室の最新の蔵書検索システムでも利用していますし……」


「……チッ。 認めよう、私の勉強不足だ……」




 野崎が敗北を認めた。

 なんと珍しい出来事だろう、部活動初日からこんな状況になるとは、オカ研の未来は明るいな……。





「……さて、お次はアナザーについてだ。 現在分かっていることを全てここに共有する。 兎角とかく謎の多い案件だ。 今までの常識の全てを疑って話を聞いて貰いたい……」



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