『静カナル大衆ヨ』
「勿論、これが簡単に許されることではないと理解している。 しかし、
一条の演説が熱を帯びる。
オレの支持派には、事実無根の冤罪退学処理への反発ってのが今回の投票会を開いた原動力の出来事だと伝えてある。
その退学が取り消された今……、こちら側の生徒たちの戦意は大きく削がれてしまっていた。
そこにこの清純ムーブ……、あの強固姿勢だった一条が自ら非を認め、それをこれからに活かすために泳がせてくれと訴えている。
全ては計算されていた。
ほとんど無計画で無骨に組み立てられたオレのハリボテ作戦とは違う。小細工と大胆な行動で緻密に構成された計略……!
圧倒的な正統派を演じきる一条への支持を、
現に今、こっから盤面をひっくり返す方法が一切思いつかねえ……!
「諸君。 今年度の生徒会選挙の時と同様に、今一度!
一条が手元のコントローラーを操作すると、降下してきたプロジェクターに資料が照射された。
「これは
プロジェクターが次のスライドを映す。
「また、次のスライドは生徒会本部がこれから活動することになる
一条の代わり。
オレの勝利目標が注目を浴びることから、投票で多数決勝利することに塗り変わったからには、一条を退任させたあとの話だってしっかりと用意する必要が出てくる。
教師陣からも意識が高いと認められ、同時にこの場の全員に納得してもらえるには……。
オレが次の生徒会長になると宣言するしか、ないのか……?
「
……一条の正義感は本物だ。
奴が抱える正義ってのは……、まるで老婆が孫に想うような、未来夢想の利他的な正義だ。
未来を担うこの子が、間違った方へ進まぬように、きっと正しく生きていられるように。
そして大きくなったら……、次の幼子へ正義を伝達してもらえるように。
未来ある者に近付く悪の種を払い、純白を護る。
それが、きっと一条大亞が目指す正義の形なのだ。
「…………
演説の終わりに暗闇から拍手が起きた。
それは連鎖して、会場にしばらく充満した。
今度は……、オレの番だ。
一条と入れ替わりで演壇に登る。
台の前に立つと、ここから遠いのに客席の生徒たちの顔が、暗い会場の半ば辺りまで意外としっかり確認できることを知り、緊張が強まった。
「…………よろしくお願いします、神無月煌です」
マイクは正常だった。
それだというのに、本当にスピーカーを通して会場に声が届いているのか不安になった。
「……今回の投票会を企画したのはオレです。 皆の意見を聞きたかった。 ……一条大亞が、本当に正しいのかどうか」
演説の台本は用意してきた。
だがあれは、その場しのぎの台本だ。
オレを支持する派閥にとって耳触りの良いこと、教師陣に注目されるためだけをおべっかを並べた心なき文字列にすぎない。
本当に一条に勝ちたいのなら……、論理的で納得感のある、より強い正義の演説文が必要だ。
「オレがこの場を設けたのは、」
だがオレは既に……、心の中で負けていた。
「自分自身のためだけじゃなく、この学校の生徒たちの自由と尊厳を――――、」
一条大亞に、正しさでは勝てない。
別にオレが間違っているとは思わない。
だが、旗としての見栄えは圧倒的であると認めなければならない。
「一条の追加校則による縛りが増えたことで、個性と可能性を縛ることに――――、」
妹の退学を跳ね除けたい。
だが……、敵が悪すぎる。
いや、敵が正しすぎる。
「生徒代表の信頼として――――、」
オレに冤罪をふっかけてきたことを認め、公の場で謝罪して、退学提言書は取り消された。
自らの実績と正義論を語り、生徒会長を担い続けたいという意志を示した。
どんな小細工をしても、正義を貫く。
勝利を掴み、悪を滅ぼす。
……ここまで正しい一条を蹴落とそうとするなんて、それこそ間違っている。
そう、自分の中で分からせられてしまったらもう、言葉に熱が宿ることはない。
「オレだけじゃない、オレの妹だって一条に退学させられそうになってるんだ。 妹は病弱で――――、」
……理紗の不登校も、校則違反も、本人からすれば仕方ない理由とすれども、他者から見れば堕落の結果に過ぎないだろうと偏見を置かれてしまう。
そうはさせまいと脳をフル回転させ、即席で台本改正し、理紗に現状を訴える。
しかし……、妹のことを語れば語るほど話は個人的で、利己的なものになっていく。
演説で話題にするには明らかに私情的。
全校生徒の未来の話をしていた一条と比べればミクロとマクロの差だ。
お涙頂戴で共感を求めたところで……、一条から生徒会長としての相応しさを取り上げるには絶望的なまでの火力不足。
それが露呈してしまったからには、そこから語る校則緩和や生徒主義の公約なんかはハリボテ同然。
当然、信用は集まらない。
「正直に言いますが、一条の変わりは……、まだ見つけられていません。 でも――――、」
オレは、最後まで自分が立候補する勇気を出せなかった。
一条を越えられない。
そう理解していたからだった。
「…………ご清聴いただき、ありがとうございました」
―――――――――――――――――――――
集計時間は三十分ほどだった。
選挙委員会が演台に立ち、会を進行させていく。
その間もオレは……、空っぽだった。
敗北は明らかだった。
理紗を救う方法ばかりを考えていた。
オレを応援してくれていた支持派の奴らに申し訳が立たない。
ただ……、オレが一人で助かっただけだ。
こんなのって、ないだろ。
オレは……、こんなことを望んだわけじゃない。
「それでは開票結果を発表いたします」
簡素にまとめられたスライドが、プロジェクターに映し出される。
「全投票数147票。 生徒会長一条大亞、120票獲得。 神無月煌、16票獲得。 その他、無効票11票。 ……集計結果、一条大亞。 多数票獲得により当選となります」
象が蟻を踏み潰した瞬間だった。
会場の方々から納得の息がこぼれる。
ジャイアントキリングなんてのは、夢のまた夢だったのだ。
ましてや、こんな急造品の演説で動かせる心など、たったのひとつだってなかった。
完全、完敗。
悔しさよりもずっと、納得が勝っていた。
「それでは当選した一条大亞さん、今後の活動に向けた意気込みなどを含め、祝辞をお願いいたします」
管理委員のフリに、沈黙が返された。
一条が、スライドを見たまま椅子から動かない。
「馬鹿な…………」
信じられないといった顔で、やっとゆらりと立ち上がった。
「会場の皆さん、拍手をお願いいたします」
長く続く拍手の中、一条が一段一段と演壇を登っていく。
台の前に立っても彼の顔は下を向いて暗いままだ。
拍手が止んだあと、再びゆっくりと振り向いてスライドを確認した。
前も向かず、片手で卓上のマイクを掴んで、雑音を気にも留めず喋り始める。
「…………これは、何だ?」
会場の空気が凍結した。
「……我が校の生徒数は、666人。 休学、不登校生を抜いても、準
投票数、147票。
全校生徒で見れば、約五分の一。
来場者数で見れば、約半数の投票率となる。
しかもその数字にだって11票の無効票が含まれている。
「……これは急遽開催されたイベントだ。 スクールタイムを利用した強制参加のものではない。 故に……、参加率、投票率の著しい低下は納得できる。 しかし、来場者数の約半数が投票券を放棄している。 ……理解が、できない」
観客席は、ただただ沈黙する。
頭を抱える一条の声だけが、会場に
一条が問題視しているのは、自ら選んで選ぶことをしなかった白票ではなく、選ばずして選ばなかった非投票者の方だ。
投票に参加しなかった理由は、まあ色々だろう。
投票する方をどちらにするか決めきれなかった者、投票というシステムに面倒さを感じて不参加を選んだ者、初めから結果だけを見に来ていた者、興味本位の野次馬……。
オープンな投票会ってのは、そういう色んな奴がごちゃまぜになるもんだと事前に覚悟していた。
参加率を上げるための施策は色々としたつもりだったが、どれも付け焼き刃のようなとのに変わりはない。
だからオレからすればこの投票数はまあこんなもんかって感じだったが……、一条からしたら意外な結果だったらしい。
「……
投票に参加しない者。
集計上では投票権を放棄した者として、計算から除外される。
千人の投票権を持った群衆を対象に投票を開き、その内の五百人がこれを放棄すれば、投票は五百人が参加したという事実で計算される。
多数決の性質上、この放棄者が
つまりは、放棄者は選挙の結果にも、集計上にも、この学校の政治にも、興味のない沈黙者としてただただ除外されるのだ。
「
それは当選の祝辞というには……、
あまりに悲哀に満ちた声音だった。
「寡黙な評論家《サイレントマジョリティー》に問う。 どうしてだ? 理由は? ただ興味がないか? そこまで強い想いのない自分の一票が結果を操作してしまうのが怖いか? 責任を負うのが嫌か? ……ここに来たのは、
あの一条大亞が、泣いていた。
壇上でただ一人、台本用紙をぐしゃぐしゃに握って。
常に強固で何者にも屈さずといった姿勢の、あの一条が。
「この無投票の数は、賛否にすら値しないという無言の声に他ならない。 ……この
一条は最後まで自分が間違っていたとは口にしなかった。
実際、間違ってはいなかったし、あいつは誰より正しかった。
だが……、一条の後ろを着いていく者はほとんどいなかったのも、また事実だった。
一条を信じ、あいつの姿勢、正義感、実績にベットしようと票を入れてくれた奴も少なからずいただろう。
しかしその他の
消去法や、無関心といった「まあアイツやる気あるみたいだし、任せとけばいいだろう」という投げやりの目線だ。
今回の投票会に人が集まったのだって「街にサーカス団がやってきたらしい、どうれ見に行ってみるか」くらいの感覚の奴らばかりだったはずだ。
彼らは物珍しさに集まっただけで、生徒会長と共に学校をより良く生きやすい、清らかな学び舎へと変えていこうなんて大願、責任を負う覚悟なんて持ち合わせてはいない。
そうなれば当然、
投票せず、静観し、結果を見る。
SNSで回ってくる投票機能付きの投稿に、内容も見ずに適当にタップして結果だけを求めるのと同じ。
彼らはここへ、消費しにきているのだ。
消費者思考にとってコンテンツはまだ味がするってだけのガムと同じだ。
なくなったらなくなったで悲しむことなくポイ捨てし、次を消費するだけ。
そのガムの味に執着してもらえるほどの強い魅力でもなければ、そんな彼らを引っ張ろうったって無理に決まっている。
時代……。
そういう時代なのだ。
強い正義と公正な優しさだけでは……、人は付いてこない。
強いだけの光では、時代遅れで惹かれない。
興味すら持ってはもらえない。
……一条は、正しすぎる。
故に熱血で、後ろを振り向くことなくただ前進してしまう。
正しいことをしていれば、いつか誰かが後を追ってくれると本気で信じていたのだろう。
だから生徒会メンバーが逃げ出しても下手に呼び戻したり、メンバーを補充したりせず、一人で仕事をし続けている。走り続けているんだ。
フォレスト・ガンプは
「……
「……意味がねえわけ、ねえだろ」
マイクまでオレの声は届いていない。
でも、観客席まで聞こえなくたっていいんだ。
これは、一条に向けた言葉だから。
「一条、お前のやってきたことはスゲーことだよ。 オレにも、ここにいる誰にも出来やしねえ。 そんだけ自分の信じた正義ってのを貫いて、人のために尽くすことが出来るやつなんて、少なくともオレは知らねえ。 ……冤罪ふっかけてきやがったお前のことは気に入らねえけどよ、そこだけは認めてんだぜ。 だから種撒きが無駄だったなんて言うな。 その種がなきゃ、まず育つもんも育たねえだろうが」
「……神無月」
「投票結果はあんたに軍杯が上がったんだ。 これからあんたが静かなる大衆を掘り起こして、声をあげたくなるほど
……意見が出れば、一条も振り返ざるを得なくなる。
走って、走って、たまに後ろに歩幅を合わせて……、そうして一番いい距離ってのを探すんだ。
皆が付いて来やすい、熱血的で人情的でカリスマ的な、人を惹き付けられる距離ってやつを。
「自分が土に埋められてることも気付いてねえ種に、お前が水をかけて目を覚まさしてやるんだよ。 こんなとこで
「……一言余計だ、馬鹿者」
一条が再び、演台で胸を張る。
マイクの位置を調節し、純白の学生服を整えて。
「…………見苦しいところを見せてしまった、改めよう。 今回、120票を獲得し当選した一条大亞だ。 以降も継続して生徒会長を担う。 ……
観客席は、未だに静寂を守っている。
「……これからは働き方を改める。 だから、
しばらく祝辞が続き、
会は
会場がバラされていく中、オレは椅子に座ってずっと考え込んでいた。
理紗のことは当然心配だったが……、それを上回るくらいに、どうしても気になることがひとつだけあった。
『支配者』とは何者なんだ?
今回の件、そいつは全く尻尾を見せなかった。
最有力候補だった一条大亞も、恐らく『支配者』ではない。
あいつは正義として勝つためなら小細工だって仕掛けてくるような奴だったが、不正なんかは最後までしてこなかった。
そんな奴が仮面の界隈の一員とは思えない。
だが……、一条を取り巻く不自然な出来事の数々。
『支配者』ってのが本当にこの学校内にいるっていうなら、そいつが関わっている可能性は極めて高い。
一条本人以外で……、一条に生徒会長としての道が拓くことで利益を得られる奴がいるとしたら、それは……。
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