102話 デートは続くよどこまでも
「これ全部髪飾りなんですね。すごい種類ですね……」
ミステルは陳列された数々の装飾品を見て、感心するように呟いた。
確かに、俺から見てもすごい数だ。
色とりどりのリボンや、花をあしらったもの、動物のモチーフがついたものや、果ては宝石が散りばめられた高価そうなものまで、様々な種類の髪飾りが、所狭しと並べられている。
「その、せっかくの機会だしさ、もしミステルが気に入ったものがあったら、俺がプレゼントするよ」
「え……?」
俺の言葉に、ミステルは一瞬きょとんとした後、大きく首を振った。
「そ、そんな悪いですよ!」
「ううん、今日の記念に、俺がプレゼントしたいなと思ったんだ。だから遠慮しないで。もちろんアクセサリーにまったく興味がなかったら話は別だけど……」
俺は照れ臭さで頭を掻きながら言葉を続ける。
「その、今日はせっかく髪型もいつもと違う風にアレンジしてるしさ。その髪型に似合う髪飾りなんかどうかなと思って」
店員からの受け売りをあたかも自分の思いつきのように話す俺。
(……我ながら情けない限りだ)
「あ……えっと……」
ところが、そんな俺の言葉を受けて、ミステルは自分の髪を触りながら、わかりやすい恥じらいの表情を見せた。
「ありがとうございます……それじゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」
「うん、もちろん!」
俺はそう言って微笑みかける。
すると、ミステルは嬉しそうな表情を浮かべて、店内を物色し始めた。
(よし、いい感じだ。店員さんありがとう!)
内心ガッツポーズをしながら、俺はその様子を見守った。
それからのミステルは、先ほどまでの店内を冷やかす様子とは打って変わって、真剣そのものといった面持ちで、一つ一つの商品を手に取り吟味していく。
そして時折こちらを向いて「これはどうでしょうか?」とか「これもかわいいかもです」などと意見を求めてきた。
俺はその都度「似合ってる」とか「可愛いと思う」といった答えを返していく。
別に当たり障りのない答えを返しているわけじゃない。
どれも本当に彼女に似合っているし、可愛いのだ。
そのことを拙い俺のボギャブラリーでミステルに伝えた結果、月並みな返答になってしまっただけだ。
「うふふ、嬉しいです」
しかし、それでも彼女は満足げに笑ってくれているのだからヨシとしよう。
「髪飾り以外も見ていいですか?」
「もちろん」
俺が答えると、ミステルは店内をぐるりと一周見渡してから、髪飾り以外の小物をチェックし始めた。
ペンダントや指輪など、気になったものを、次々に手に取って確認しているようだ。
(ここまで真剣になってもらえると、プレゼントを贈る側としても嬉しいものだな)
彼女が納得いく買い物が出来るようにと、俺は彼女の隣に立ちじっとその様子を見守ることにした。
それからたっぷり三〇分は経っただろうか。
ようやくミステルは一つの品を選び取ったようで、それを両手で持ち上げると、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、俺に見せてくれた。
それは、青い花を模した髪飾りだった。
五つに別れた
「これが気に入ったの?」
俺が尋ねると、ミステルはコクリとうなずいた。
「この髪飾りのデザイン、たぶん『ミオスティス』だと思うんです」
「ミオスティス……?」
「はい、わたしの一番好きな花です」
ミオスティス。
あいにく花の名前にはあまり明るくない。初めて聞く名前だった。
俺の反応を見て察したのか、ミステルはすぐに説明してくれた。
「こっちの大陸ではあまり見ないですけれど、わたしの故郷ではよく見かけました。春になると青い小さな花が一斉に咲いて、辺り一面がまるで青い絨毯みたいになるんです」
そう言ってミステルは目を細める。
きっとその光景を思い出しているんだろう。
「実はわたしの名前もこの花から取ってるんですよ。故郷ではミオスティスは『ミステルの花』って呼ばれていまして――」
「へぇ、素敵な名前の由来だね」
「ふふっ、ありがとうございます」
俺の言葉に、ミステルはとても嬉しそうに微笑む。
俺は改めて髪飾りに目を向ける。
青く可憐な姿はとても綺麗だし、ミステルのイメージにもぴったりだ。
そのうえ彼女のルーツに繋がっているというのなら、尚更プレゼントするにふさわしい一品だと思えた。
「よし、じゃあこれにしよう。お会計してくるからちょっと待ってて」
「わかりました。お願いします」
俺はミステルからミオスティスの髪飾りを受け取り、会計へと向かった。
***
「ありがとうございます。こちらラッピングはいかがしますか?」
店員に尋ねられて俺は少し考え込む。
髪飾りなんだから、購入した後すぐに身につけることができる。だから包装は不要といえば不要だ。
だけど、せっかくのミステルへの初めてのプレゼントなんだ。きちんと包んでもらった方がいいんじゃないか。
そんなことを考えつつ、ちらりとミステルの方を見ると、彼女は嬉しそうな表情で俺のことを見つめていた。
うん。決めた。
せっかくの贈り物なんだし、このまま渡すよりちゃんとした状態で渡そう。
きちんとラッピングしてもらって。
そうだな、渡す場所は噴水広場がいい。カップルにおすすめのスポットらしいし、きっと雰囲気もいいことだろう。
少しかしこまった雰囲気でプレゼントしてあげたら、喜んでくれるかもしれない。
俺は彼女をもっと喜ばせてあげたかった。
「それじゃあ、ラッピングをお願いします」
「リボンの色はどうしますか?」
「えー、水色で」
店員は丁寧にリボンをかけていく。そしてリボンの両端を持ってくるりと巻いた後「どうぞ」と言って手渡してきた。
俺はそれを受け取り、軽く頭を下げて会計の場を後にした。
「お待たせミステル。それじゃあ行こうか」
「はい」
こうしてミステルへのプレゼント――ミオスティスの髪飾りを片手に、俺たちはアクセサリーショップを後にした。
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