&ロイ

団田図

本編

 2030年4月。ロボット技術が発展したここ日本で、AIを搭載した人型ロボットが、介護や仕事の助手として人間生活になじめるかの研究が、最終段階に差しかかっていた。最終実験の場として、国立土津香野どつかの小学校6年生のクラスに、そのロボットが配置されることとなった。


「以前からお話ししていたように、皆さんには今日から実験としてロボットと一緒に生活していただきます。それでは新しいお友達?パートナー?まあどちらでもいいわ。紹介します。入っていらっしゃい」

 担任教師の呼びかけに、廊下で待機していた人影が扉を開けて、教室へ入ってきた。そのロボットは、モーターや歯車で動いているような機械特有のギシギシ音や、なぎこちなさは一切なく、人間ままの自然な歩き方で登場した。学校のジャージを着ていたその子は、150cmほどの身長で、耳が少し出るくらいのショートカットでサラサラの栗色髪。切れ長の目で少しはにかんでいるような顔。美少女とも美少年とも見える。何よりもクラスメイトの注目を集めたのは、見る角度によって色が変わる玉虫色の瞳だった。教室の扉から、教師の横へ歩いて着くまでの間に何色にも変わって見え、見る者全てがその存在に興味を示した。

「この子の名前はロイ。友達として接してもいいし、ロボットとして接してもいいわ。怖いと思う人は近づかなくてもいいです。あなたたちの反応や、この子との関係性をデータにして収集させてもらうそうよ。そうね、たとえばキャッチボールの相手をしてもらったり、花壇の水やりや、遊んだボールの後かたずけなどをやってもらってもいいらしいわ。耐久性なんかも見ているそうよ。ロイ、自己紹介はできる?」


「ハイ先生。紹介ありがとうございます。皆さん、コンニチハ。私の名前はロイです。これから一年間、どうぞヨロシク」


 話し方は、ほんの少しだけロボット特有の違和感を感じたが、透き通った綺麗な声質は聞き取りやすく、クラスメイトは拍手でロイを歓迎した。

 拍手の途中で、一人の生徒が先生に質問をした。

「先生。この子は、男の子ですか?女の子ですか?」

「確か、性別は無いって聞いてるわ。あまり人間に近づけすぎても色々と支障があるからそうしているみたい。そういうことで、みなさんよろしくね」

 生徒たちは、性別を設定することにどのような支障があるのかと疑問を抱きながらも、ロイを受け入れた。


 その日の給食の時間。

 ロイと生徒たちは、朝からお互いに様子を伺って、打ち解けあえずにいた。すると、クラスのお調子者が、先陣を切ってロイに話しかけてみた。

「へ、ヘイ、ロイ!元気してる?」

「ふふふっ。元気だよ。それから、僕を呼ぶときは”ヘイ”を付けなくてもイイヨ。君は面白いね。うふふふっ」

 無邪気に笑いながら優しく答えたロイを見て、クラスメイトが好感を持ち、その瞬間、打ち解けあうのであった。その後、生徒が給食を食べている間、ロイは博士が作った、牛乳瓶に入ったアンドロビタンAを飲んでエネルギー充電するのであった。


 それから半年が経った。

 生徒たちはロイを便利な道具として扱うことはなく、一人の人間として、友達として接していた。

「ロイ!今日も俺の牛乳と、ロイのアンドロビタンAで早飲み勝負だ!」

「イイヨ。ここまで29勝30敗で僕が負け越してるね。今日は絶対勝ってみせるよ」

 腕捲りをして気合を入れたロイは、隣にいた生徒の合図で勝負が始まり、一気にそれを飲み干して勝った。

「ねーロイ君。今日の私のお洋服どぉ?かわいいでしょ?ママが買ってくれたの」

「昨日のシャツもかわいかったけど、その花柄のワンピース、トテモかわいくて似合ってるね」

「ロイ」「ロイ君!」「ロイさん」「ローイ」「ロイちゃん」

 ロイは毎日、クラスメイトから引っ張りだこで、すっかり馴染んでいた。


 そんな時、生徒の保護者が家で掃除中に、隠してあった子供の日記を手に取って覗いてしまった。なんと内容は、ロイへの恋心を綴ったもので、日記にはこう書かれていた。

『私はロイが好き。優しくて面白くてたくましい。でもこんなこと誰にも言えない。どうしてロイはロボットに生まれてきてしまったの。いつか彼の肌に触れてみたい。いつか腕に抱かれてみたい。いつかこの思いを伝えたい。』

 このことを問題視した母親が、怒りの剣幕で学校へ乗り込み、校長先生へ苦情を言った。

「ロボットが娘をたぶらかすなんて、なんたる侮辱ですか。今すぐ実験を中止しなさい。中止するまで娘を学校に行かせないわ」

 そう伝えると母親は教室へ行き、娘の腕を掴んで連れて帰ろうとしたが、娘は抵抗した。

「やめてママ。どうして連れて帰ろうとするの?痛いわ。離して。」

「あなたはロボットに騙されているのよ。正気に戻りなさい。さ、帰るわよ」

 するとそこへロイが現れ、母親に対して優しく、やめるよう言った。

「どうかその手をお離し下さい。彼女が痛がってイマス。よろしければ事情をお伺いします」

 ロイが母親を説得しながら、痛がるクラスメイトの女の子に手を差し伸べようとしたその時、高いヒールを履いた母親が転んで足をくじいてしまった。

「ぎゃーーー!!ロボットに殺されるーーー!!誰かーーー!!助けてーーー!!」

 感情的になった母親は、大声を上げて助けを呼ぶと、教師たちが集まってきた。教師たちはその母親を一旦、保健室へ連れていき、事情を聴きながら、落ち着くのを待った。


 騒動の内容を知った校長先生は、人間にケガをさせたロボットとして、ロイの廃棄処分は免れず、スクラップとなってしまうだろうと周りの教師と話をしていた。

そのことを廊下から聞き耳を立てて聞いていた、ロイのクラスメイトの一人が、その話をクラスへ持ち帰り、みんなに話した。

「ロ、ロイを壊すって?そんなこと絶対にさせるもんか」

「私も同じ気持ちよ、ロイを守りましょう」「そうだ、そうだ」

 クラスで話し合った結果、満場一致でロイを守ることと決まった。しかし、小学生が大人と対峙するには、力も知恵も持ち合わせていない。そこで生徒たちは、教室の中にとどまり、出入口を机や椅子で塞ぎ、籠城することとした。

 バリケードを造り始めた生徒に、同じ教室内にいたロイは、みんなにやめるよう説得したが、ロイのためだと言って聞いてくれることはなかった。

 そうこうしているうちに日が沈み、外の廊下に教師や、帰りの遅い子供を迎えに来た保護者たちが集まってきて、大騒動となってしまった。


「君たちの望みはなんだね。校長である私が聞こう」

「要求はただ一つです。ロイは僕たちの大切な仲間です。ロイを壊すなんて言わないで、僕たちと一緒に卒業させてください」

「し、しかしだね、ロイは人間を傷つけてしまった以上、このままってわけにはいかないんだよ」


「きっと、私が日記にロイの事が好きだと書いたから、それを見たお母さんが怒っているんでしょ。さっき、ロイにやられたふりしてわざと転んだのを私は知ってるわ」

「ロイがロボットだから好きになっちゃいけないなんて、そんなのおかしいよ。僕もロイが好きだ」 「私も」 「僕も」

「ハンバーグが好きなことと、ロイのことが好きなことは何が違うの?大人の考えはわからない。好きなものは好きでいいじゃないですか」

「大人は人種差別はいけないというけれど、ロボットには差別していいの?そんなのおかしいよ」


 生徒たちが思い思いに自分の考えを大人達に伝えていると、急にロイが倒れて、つらそうな表情を浮かべ始めた。ちょうどそこへ、ロイを開発した博士が駆けつけてきた。

「これはいかん。ロイの頭の中で、どうしたらこの騒動を終わらせて生徒を守れるかと、必死になって考えておるんじゃ。そのため、道徳的・社会的・法律的思考アルゴリズムが干渉し合って、莫大な計算量となり、充電量が低下している。これを飲みなさいロイ。アンドロビタンAだ。早く飲まないと充電が切れて、記憶が全て消去されてしまうぞ」

 バリケードの隙間から手を伸ばして、アンドロビタンAを教室の中にいる生徒に手渡すと、受け取った生徒がロイの口元にそれを近づけた。

 しかし、ロイはそれを飲もうとしない。

「どうして飲んでくれないのロイ!ねーロイったら!死んじゃやだよー!!」

「ヒラメイタんだ。。。私がいなくなればこの争いは無くなる。。。ダカラ。。。飲まない。。。」

 その様子を見ていた博士が生徒たちに話しかけた。

「みんな聞いてくれ、ロイは必ず私が助ける。壊したりもしない。君たちと一緒に卒業できるようにしてみせる。ロイの事を本当に思っているのなら、このバリケードをどけて終わりにしてくれ。ワシもロイを助けたいんじゃ」

 その話を聞いた生徒たちが、結論を出すまでもなく目を合わせてうなずくと、一斉にバリケードをどかし始めた。

 そして、弱ったロイを博士へ引き渡し、騒動は収まった。


 翌日、ロイは教室に現れなかった。担任の教師もわからないと言って、どうなったか教えてくれない。ロイが座っていた席は早々に片付けられ、大人たちは無かったことにしようとしていた。


 そして月日は流れ、卒業まじかの2月に入ったころ。

「皆さんには急で申し訳ないのですが、私は産休で担任を続けることができなくなりました。代わりの臨時教師をお呼びしますね。お入りください」

 教室に入ってきたその臨時教師は、170cmほどの身長で、色の濃いサングラスをかけていて、顔色をうかがうことができない。中央まで来ると、生徒に向かって話しかけた。

「皆さんこんにちは。卒業までの短い間ですが、ドウゾよろしくお願いします。

翔太君、早飲み対決は引き分けのままダッタね。勝負を付けようじゃないか。

京子さん、今日もお洒落だね。そのお洋服トテモ似合ってるよ。」

 その臨時教師は生徒の名前を一人一人言って声をかけ、サングラスを外して最後に言った。

「申し遅れましたガ、私の名前は、、、」

割り込むように、クラスメイトが一斉に叫んだ。


「「「「「「「「ロイ!!」」」」」」」」



おわり

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