LINK22 マリア様に抱かれるのは誰

俺たちまずは『大鳳寺たいほうじ』に向かうことにした。


大鳳寺たいほうじ』は街の表通りから見過ごしてしまいそうな脇道を入っていくと寺門じもんが見える。


寺門じもんの手前には七福神が訪客を出迎える。

昔は同じ場所に七体の神が置かれていたらしいのだが、相次いで弁天様がさらわれるということで六福神がここに置かれ、弁天様はこのまわりの建物のどこかに配置されているという。

何でも2030年頃に世界的に七福神が流行したために起きた事象だという。


門を潜り、庫裡くりへ向かう。


「ごめんください」

空いている扉から声をかける。


「これはこれは、よく参られました」

眼鏡をかけた人がよさそうな住職が出てきた。


「おおっ、これはよく似ておられますな」

真心を見るとそのような声を上げた。


「あの、和尚様、もう澄徳ちょうとくさんからは聞いると思いますが....」

「ええ、お話はお聞きいたしました。さっそくですが、あなた様が見られた仏様はこちらでございましょう」


案内されるとそこには『達磨寺だるまでら』で気を失いつつ見た映像と同じ、頭がない子供を抱く仏像が鎮座していた。


「実はこちらは仏像ではないのです。この地には古い時代キリスト教が布教されておりました。その一部のキリシタンが仏像に模して造ったマリア像でございます」


「なるほど。だから子供を抱いているのですね」


「あ、あの、触れても大丈夫でしょうか」

「ああ、よろしいですよ。どうぞ手で触れて見てください」


真心は首から肩、腕、胸に抱かれる子供を手で優しく触れ見て取った。


「本当だ。子供を抱いている。マリア様の子供だからキリスト様ですか?」

「そうとも限りません。神も仏も全ての人々分け隔てなく、その胸に抱き寄せてくれます。マリア様が抱かれておりますのはキリスト様かもしれませんし、あるいは幼き女の子かもしれません」

和尚は穏やかに言った。



「ところで、和尚様、俺たちは斎木博士の居場所を探しているのです。何かご存じではないですか?」

「 ....博士がこの奈良井宿に訪れたのは、もう17年も前でございます。その時はお二人でお尋ねになられ、このマリア像に願いをかけておられました」


「17年も前ですか....」


また空振りだった....いや、今、2人と言ったのか?


「和尚様、2人で訪ねて来たのですか?」

「はい。そうですよ。真心さんはよく似ておられますね。真莉愛まりあ様に」


2人.. 2人.... そうか。『五平荘』も20年前に2人で泊まったと言っていた。

迂闊うかつだった。

あの時、名前を聞くべきだったのだ。


俺は真心を見た。

真心はマリア像にすがりつくように泣いていた。


・・・・・・

・・


和尚は俺たちを奥の離れの茶室に招き入れた。


入口は狭く中はほんの七畳と茶室としては広い印象の部屋だった。

畳は少し茶色くなり、床横の地袋ちぶくろ天袋てんぶくろには漆黒の木枠の中に地の亀と天の鶴が質素にそして格式高くあしらわれている。


「まだ、自己紹介をしておりませんでしたね。私は晴広=せいだいと申します」

「俺は赤根月人です」

「城戸真心です」


「ほう、お母さまの姓を名乗られているのですね。それもまたいいですね。あんな事が起きているのですから。 失礼しました。私は、あなた方がてっきり正則さんと真莉愛さんが訪れた場所を巡っているものと思っておりました」


「どうしてですか?」


「『永承会えいしょうかい』の中でも私は正則さんには懇意にされておりました。私も道は違えど、正則さんの探求心には感服しておりました。ですので正則さんは私にはプライベートなお話をよくなさっておりました。それは真莉愛さんとのお話です———」


斎木博士と真心の母・真莉愛さんは研究員仲間だった。

どうやら斎木博士が惚れたらしい。

2人を知る晴広せいだい和尚は斎木博士の恋の相談役だったらしいのだ


そして斎木博士が真莉愛さんに愛の告白をした場所が恋人岬の鐘のもとだった。


晴広せいだい和尚は澄徳ちょうとくさんから俺たちが『達磨寺だるまでら』に訪問したと聞いたとき、2人の足跡を追って旅をしているのだと勘違いしたそうだ。


晴広せいだい和尚はこう続けた。

「『永承会』が無くなったのは真心さんへの在り方の是非が対立した為だったのです。正則さんは『五暁寺ごぎょうでら』に預けてしまった。澄徳ちょうとくさんも悩んでの事だったと思いますが、私は盲目とはいえ寺の中に閉じ込めるなど反対でした。私と同じ意見の住職も何人かおりまして、対立が起きてしまったのです。真心さん、お辛かったでしょう。でも、どうか誰も憎まないでください。やりかたは違っても真心さんを思ってのことだったのでしょうから。月人さん、真心さん、何か相談があれば私も微力ですがお力をお貸しいたします」


俺は大きな杉玉を飾る奈良井宿ならいじゅくの酒蔵を尋ねた。


「ああ、それなら酒蔵『檜林ひばやし』でしょう。嘗ては酒蔵のみを生業としておりましたが、今は宿泊施設も兼ねております。私から ひと部屋用意するように連絡しておきましょう」


別れ際、和尚は真心の手を握りしめ旅の安全を祈ってくれた。


これは俺の直感でしかないが、晴広せいだい和尚は真莉愛さんに心を惹かれていたのではないだろうか。

和尚の真心を見るやさしい眼差しを見た時、俺はそんな感じがした。



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