第28話 宣戦布告
『やっぱり繋げてるのね? なんとなく軽くなったり重くなったりって感じがあるな、と思ってた!』
「ごめんごめん。でも何も干渉はしないのよ。見てるだけ」
『見てるだけって、それが恥ずかしいんじゃないー。』
「あら。恥ずかしいって言葉を知ったの? 成長しちゃって!」
『揶揄わないでよ』
「まあまあ、もうちょっと見せてよ。その代わり、繋がっているからいろいろと便利なこともあるでしょ?」
『そう……?』
「そうよ、森と繋がってるようなものよ。便利。ね?
本当は私が見たいだけなのよ。 だって、森で伝え聞いたら、一言よ。ついに二人は恋に落ちました、って。 そんなはず、ないでしょうー!」
『こ、こ、恋って、何言ってるのよう』
「ユーラ? いつまで風呂入ってるんだ。時間ないぞ」
「っはあい」
慌てて上がれば、居室には染料の下絵が重ならないようにあちこちに干されていて、足の踏み場もなかった。
『あー、こんなに散らかしちゃってたのね』
『こんなもんだろ。それより、さっき戻ってきてから様子がおかしくないか? 今も、誰と話してた?』
『お、おかしくないよ。あ、今は、始祖とちょっと。なんか繋がってるみたいでね』
は?と固まったケールトナがおかしい。
『びっくりだよね。始祖も、私との相性が良すぎて驚く、って言ってた』
それきり口を噤んだユーラを、ケールトナは慎重に観察しているようだった。
最近目覚めた始祖の竜はどことなく少女めいた竜で、ユーラはあっという間に仲良くなり、その仲の良さを森の民にも驚かれるほどだ。なにしろ、森の外でも始祖の竜と繋がっていられるという例は、森の古い民だって聞いたことがないらしいのだ。
その繋がりの深さを、ケールトナが時々心配してくれているのは、知っていた。だが今はあまり話したくなくて、大丈夫、ともう一度だけ言って、ユーラは今後の作業に集中しようとした。
『……紋を転写できたら、服と髪は、カンタス殿のところで仕上げてもらうよう話をつけてある。もうこの部屋では無理だからな。カンタス殿は娘とは別部屋だから、侍女も手が空いてるし、広い一室が空いているそうだ』
わかった、と返事をしたが。
『おい。集中してやらないと、失敗して間に合わなくなるぞ。もう一発勝負なんだ』
『わかってるよう』
わかっているけど。
『……ねえ、ユーレイリアも、王子のお妃になりに来たのかな?』
さっき、お湯を運んでくれた使用人たちが、お妃はネクトルヴォイの領主の姫で決まりらしい、と囁き合っていた。
ユーレイリアには、実はユーラは特別思い入れがある。幸せになってほしい子だ。ちょっと性格は、あれだけど。
でもなんとなく、リューセドルクとユーレイリアが幸せになると、ユーラは幸せではない気がする。リューセドルクが幸せなら、ユーラも幸せなはずなのに。
それは困る。ユーラが幸せだと、きっとリューセドルクも幸せになるのだ。対の星だから。
ユーラが不幸せだと、幸せのはずのリューセドルクも不幸せになるかもしれない。それは困る。とても困る。
床に膝と額をつき、耳を塞いでぐるぐる考えても、ぐるぐる、ぐるぐる、回るだけ。
『うーん、あの娘はそんな柄じゃなさそうだけどな。だが人の国には、政略の結婚もあるそうだからな』
適当な返事をしていたケールトナがこちらを見たらしい。うお、とおかしな声を出した。さっきから、ケールトナはおかしいと思う。
『おかしいのはお前だ。お前、対の星なら伴侶じゃなくても気にしないって、言ってただろう。ついさっき』
『言ってた』
『まさか、やっぱり他の女と夫婦になるのを指咥えて見てるなんて嫌だわ、ってなったとか?』
からかっているつもりなのだろうか。けれどケールトナの憎たらしい声真似は、ずばりユーラの気持ちそのままだ。
昔から、ケールトナはユーラの言われたくない本心を、腹が立つほど正確に見破るのだ。本人が意図しない時でも。
体を拭いた布をそのまますっぽりと被って床に蹲っていたユーラは、徐に両腕を前に出して、猫のようにぐぐ、と伸びた。伸びて伸びて、はふ、と脱力して。一緒に、おかしな気負いをすべて、吐き出してしまった。
『嫌』
『ん?』
『指咥えて見てるのは嫌』
『お、おお? いつの間に?』
『だから、全力でやるわ。対の星に、伴侶としても選んで貰えば、それでいいのよね。それでもだめなら、私、納得する。彼の大切な相手なら、彼の伴侶として、受け入れる。時間がかかっても、きっと彼のその幸せを理解できるようになるはずよ』
ペシャリと潰れていた布の塊が、今度は小さく丸まってぶるぶるっと震えて。布から頭を出したユーラは、ゆっくりと立ち上がった。
泉から、蓮の花が立ち上がり、そして咲く時のように。あたりのすべての憂いを吸い取ったような、凛としたうつくしさで。
『さすが、姉上の娘。思いのままにどうぞ』
猛然と、恐ろしい集中力で紋様の転写にとりかかるのに、うやうやしく声をかけて。
『首を洗って待っていろ、だとよ、リューセドルク』
と、ケールトナは友人に、姪に代わって宣戦布告を念じておいた。
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