ナイトメア・ドリーム 悪夢の味は蜜の味

禍つきは?

悪趣味なイースターエッグだ

 

 

(なんでこんな事に)

 

 

 自我の芽生えは唐突だった。 長い間周囲の景色や音や匂いを感じ取っていた記憶はあるのに、今この瞬間まで自分に思考能力がなかったことが信じられなかった。 

 

 今僕がいる場所は、埃の臭いがする小部屋の中。 窓は無く、ドアは1つ。 薄暗さも相まって不気味な雰囲気を醸し出している。

 

 僕の状況は、石でできた丸い台座の上に乗せられている。

 

 そして、卵になっている。 大きさは鶏卵より一回り大きい程度。 殻は黒く、人間の目玉の模様がたくさんついていて禍々しい。 

 

 

(なんでイースターエッグになってるんだろう)

 

 

 現状は意味不明。 人だった頃の記憶はある。 人だったときの記憶を辿れば何か解決策があるかも知れない。

 

 

(卵になる前の最後の記憶……布団に入って寝た)

 

 

 ダメだった。 だが、卵になってから約1ヶ月間、自意識を持たずに生きていた記憶がある。 その記憶なら……。

 

 

(ある日突然、卵になってこの台座に置かれてた)

 

 

 ダメだな。 何もかもが分からない現状で、間違いなく言えることはこのイースターエッグをデザインした人は悪趣味であるということだけ。

 

 

 そのとき、ガチャリと音を立てて部屋のドアが開いた。 入ってきたのはこの1ヶ月の間何度も見かけた年老いた男。

 

 

「悪夢の卵……ようやく成熟したか……」

 

 

 しわがれた老人の声。 杖をつき、灰色のローブを着てフードを被っている。 そのローブの袖から、骨と皮でできたような指が伸び、僕に触れる。 

 

 

「儂の、この、恨み……今こそ……晴らすべき時……」

 

 

 そのまま僕を持ち上げると、慎重に布袋に入れ、部屋を後にした。 布袋にはいくつかの果物が入っていたため、視覚的にとても窮屈だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(いつまで歩くんだろう)

 

 

 布袋の中で揺すられ退屈な時間を過ごすこと数十分。 なんかお腹が空いてきた。 卵になってから今まではこんなことなかったのに何故だろう。 自意識が復活したせいだろうか。 成熟したとか言ってたな。 もうすぐ孵るんだろうか。 

 そんなことを考えていたら、老人の足音と杖をつく音が止まった。 

 

 

「これ、そこの君」

 

 

「えっと、俺、ですか?」

 

 

 外から会話が聞こえてくる。

 

 

「そう、君だ。 少し頼みたいことがあるのだが」

 

 

「……何でしょうか」

 

 

「これをサム・ベイカーという人の家に届けてくれないか」

 

 

「そ、その家ならすぐ近くにあるので、自分で届けては…」

 

 

「駄賃ならやろう。 ほれ」

 

 

 チャリチャリと硬貨か何かの音がする。

 

 

「……こんなに……失礼ですが、中身を聞いても?」

 

 

「なに、奴には少し借りがあってな。 そのお礼に果物でもと思ってだ」

 

 

「なるほど……」

 

 

「頼んだぞ。 くれぐれも間違えず届けてくれよ。 あと中身も覗くでないぞ。 あー、なんだ、鮮度が落ちてしまうからな」

 

 

「わかりました」

 

 

 袋が手渡されたようだ。 老人の杖の音が遠ざかっていく。

 

 

「絶対変だ。 果物の鮮度が布袋を開けただけで落ちるわけないだろ。 何が入ってるんだ?」

 

 

 言うが早いか、袋の口が開けられると、青年の手が入ってきた。 なんかお腹の空く匂いがする。

 

 

「あれ? 本当に果物だけか?」

 

 

 不審そうな声とともに青年の手が再び入ってくる。 殻がむずむずしてきた。 わずかにひびも入っている。

 

 

「リンドにフランの実……見たことない果物もあるな」

 

 

 今度は少し手が触れた。 殻のひびがますます大きくなる。 もはや体をよじるだけで簡単に殻が割れていく。 そして遂に、孵化。

 

 

(…………芋虫かよ)

 

 

 芋虫だった。 色は黒地に紫の斑点が入っていてとても毒々しい。 綺麗な蝶より毒蛾になりそうな見た目だ。

 

 

「ん? なんだこれ…なんの欠片だ?」

 

 

 そんなことより空腹がますますひどい。 しかし何を食べたら良いのかわからない。 果物には食欲が湧かない。

 

 

(あ……)

 

 

 今一度、青年の手が体に触れる。 その瞬間、本能が体を動かした。 

 手に飛びつく。 すると体がすり抜けるように皮膚にめり込んだ。 そのままどんどんと体を手のひらに潜り込ませていく。 

 

 

「うわっ! なんだ!?」

 

 

 気づいたようだが一歩遅い。 僕の体は完全に皮膚の下に潜り込み、青年からは見えなくなった。 その上、後にはわずかな傷も残っていない。 

 

 

「気のせいか……?」

 

 

 潜り込んだ先は、グロテスクな肉の中……な訳ではなく、想像とは全く別の場所だった。 

 

 一本の道の両脇に洋風の建物が立ち並ぶ風景。 そこに僕の芋虫の体はふよふよと浮いている。 

 

 控えめに言って意味がわからなかった。 しかし、理性で分からずとも本能がこの場所の正体を教えてくれる。 

 

 

(精神世界)

 

 

 ここはあの青年の精神を写しとった世界のようだ。 布袋の中にいて見えていなかったが、この街並みはさっき青年と老人が話した場所らしい。 そんな場所に僕はふよふよ浮いている。 まあ、それはいい。 そんなことより、問題がある。

 

 

(お腹すいたな、本能さん、何食べれば良いのか教えて)

 

 

 本能と嗅覚を頼りに食べられそうなものを探す。 そして、近くにあった建物に飛んで行き、壁をガブリ。 咀嚼。 嚥下。 

 

 

(壁うまい)

 

 

 食べたところは空間が削られたように黒い穴が空いている。 

 さらに、飲み込むと同時に頭に情報が流れ込んでくる。

 

 

『この果物屋、何年前から営業してるんだろ』

 

 

 これはあの青年の記憶か。 今のは壁を食べたんじゃなくて記憶の一部を食べたようだ。 流石は精神世界。 しかし。

 

 

(食べ足りない)

 

 

 今食べた体積はすでに自分の体積を上回っているが、まだ空腹は治まらない。 取り敢えず満腹になるまで壁をかじることにしよう。

 

 

 

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