異界調整官 外伝Ⅲ
水乃流
剣士の矜持
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異界の剣士、クラレイアムのお話です。
彼は、ファシャール帝国に偵察目的で侵入した迫田(吸血鬼)と戦っています。
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顧客の都合で仕事がキャンセルされるのは、フリーランスにとってはよくある出来事だ。それは、世界が違っても変わらない。
「ふざけるなっ!」
“魔獣殺し”の異名を持つ剣士クラレイアムは、酒場でクダを巻いていた。大海蛇の出現で困っているから助けて欲しい――そう頼まれて帝国にやってきたのだ。相手がどんなにでかかろうと、クラレイアムは勝つ自信があった。だからこそ、“魔獣殺し”などという大層な二つ名を名乗っていたし、周囲もその実力を認めていた。それなのに、だ。
『
この大陸で、剣で名を挙げる人間は少なくない。多くは、王国や帝国などへの仕官が目的だが、クラレイアムは違った。ただただ強い相手と戦いたい、それが彼の生きがいであり生存理由だった。
「兄さん、荒れてるねぇ」
「……女にゃ用はねぇよ、あっちへ行きな」
「つれないねぇ。一杯、おごってくれたら愚痴に付き合うよ」
「ちっ。おい、店主! 酒だ! 強い奴、二杯頼む!」
ごとり、とクラレイアムの前に木の
「そんな飲み方していると、早死にしちまうよ」
「うるせぇ」
「よっぽど嫌なことがあったんだねぇ。話してごらんよ」
「……仕事がなくなったんだよ」
「そりゃぁ大変だねぇ。金がなくて困っているのかい?」
「金なんかどーでもいいんだよ。つぇえ奴と戦えなくなったことが悔しいんだよ」
酒場女は、クラレイアムの横に置かれた大剣をちらりと見て、彼が戦いを生業とする人間だと見抜いたらしい。
「戦う相手かい……あたしらにとったら、平和が一番なんだけどねぇ。兄さん、家族は?」
「いねぇよ。おい、店主! もう一杯だ!」
「諦めて身を固めるってのは――無理そうだね。そういやさ、ニヴァナの民が街を作るとか言ってたねぇ。なんでも、海の魔獣と戦うためとか」
「なに?」
クラレイアムの眼が、ぎらりと光った。
「それはどこだ?」
「たしか、あれは……東の方の、なんて言ったか、て、テシュ、あぁ、テシュバート。テシュバートって廃村に港を作っているんだってさ」
テシュバート、ニヴァナの民。クラレイアムの脳裏に一人の男の姿が浮かび上がった。
「そうか……ねぇちゃん、ありがとよ」
彼はテーブルに少し多めの酒代を置き、女には銀貨一枚を渡して酒場を出た。その日のうちに借りていた部屋を引き払い、テシュバートへと向かった。
□□□
「迫田さん、街の入り口でもめ事が起きてるようなんですが」
事務作業をしていた迫田は、ちらりと事務員を見て大きくため息をついた。蓬莱村に次ぐ、新たな日本の領地(帝国からの借地だが)を整備するため、日本から一時的に人を呼んでいる。日本では経験豊富な彼らも、
「そんなことは、陸自の隊員に任せればいいでしょう?」
<らいめい>が出航した今、テシュバートの重要度は下がっている。それが気の緩みに繋がっているのかも知れない。ここは彼女たちが帰ってくる場所なんだぞ。しっかり守っておかなくてどうする。やはり無理を押してでも、<らいめい>に乗るべきだったかと、迫田は今更ながらに後悔した。
「いえ、それが……『ニヴァナの化け物を呼んでこい、もう一辺勝負だ』と」
迫田は頭を抱えた。
□□□
「左腕は治ったようだな」
面会室で立ったまま迫田を待っていたクラレイアムは、不敵に笑いながら語りかけた。大剣は手の届くところにある。万が一、彼が剣を振り回そうとしても、ここにはそんな余裕はない。もちろん、鎮圧用のテーザーガンがクラレイアムを狙える位置に配置されているし、他にもいろいろな設備が隠されている。迫田にとっては、必要のないものであったが。
「何の用だ?」
「あの時の続きがしてぇ……って言ったらどうする?」
「どうもしない。たたき出すだけだ」
「冗談だよ」
どっかりと、彼はパイプ椅子に腰を下ろした。ギシギシと椅子が悲鳴をあげる。
「あんときとは、あんたがたが侵入者で、それを捕まえようとした俺に正義があった」
それは迫田も認めざるを得ない事実だ。だが、今は立場が逆転している。
「俺はきちんと仕事をこなすつもりだったんだが、あんたらのお陰で
「なぜ? 参加させるメリットがこちらにはないが」
「俺の強さはあんたも知ってるだろ? 他にもでけぇ魔獣は何匹も倒してきたんだ。役に立つぜ」
迫田は呆れたように剣士を見た。その自信はどこから湧いてくるのか。
「魔獣の討伐は、まだ先の予定だ。あと一週間、じゃわからないか。七日後に戻ってくる船で討伐に向かうことになる」
「なら、それまで待たせてくれ。一日二食喰わせてくれればいいから」
「雇うなんていってないぞ」
「雇わなかったら、ずーっと街の近くで叫び続けるぜ」
「なんだ、そのせこい嫌がらせは」
だが、この男の言うように、魔獣を相手にした知識は役に立つかもしれない。それになにより、迫田はクラレイアムの持つ大剣に興味があった。霧化した吸血鬼を斬ることができる剣。その秘密が知りたかった。
「仕方ない。だが、魔獣討伐に参加させるかどうかは、船が戻ってきてから決めることになるぞ、良いな?」
「あぁ、それでいいぜ」
こうして“魔獣殺し”は、迫田の個人的な護衛として雇われることになった。
□□□
「ふざけるなっ!」
クラレイアムは、テシュバートの酒場で空になったガラスのコップを握りしめながら、誰とも無しに小さく叫んだ。ニヴァナの酒は、酔いもはやい。
ようやく<らいめい>が帰還したと思ったら、まさか大海蛇の脅威が消えていたとは。またしても、彼の目的は果たせなかった。
「まぁ、そう落ち込むなって」
「他にも強い魔獣はたくさんいるだろうさ」
テシュバートで暮らしていれば、知り合いも増える。名ばかりとはいえ、迫田の護衛としていろいろついて回っているうちに、陸上自衛隊や海上自衛隊の隊員たちとは顔なじみになった。今も、数名の自衛隊員が、クラレイアムを慰めていた。
「そーそー、次があるさ、次が」
「つぎぃ~? つぎがぁいつあるってんだよぉ、
「まぁまぁ、そんなに絡むなよ。そうだ、焼酎おごってやるよ、な」
「しょうちゅぅぅ~? なんだそりゃぁ」
かなり泥酔しているクラレイアムに、どんな酒を出したところで味は分かるまい。
「うちの実家から贈ってもらった、幻の焼酎だよ。ここで、ボトルキープしてもらってるんだ。おーい、マスター、例のあれ、持ってきてくれ」
クラレイアムの目の前に、氷が浮かんだガラスのコップが置かれた。彼は一気にそれをあおる。
「ぐぇ。なんだ、この味は!」
「はははっ! 芋焼酎だよ、芋から作った酒さ。良い香りだろう?」
「むぅ~、確かに癖は強いな……もう一杯くれ」
その後も、くだらない雑談で盛り上がったが、やがて、強い弱いの話に戻ってくる。
「強いっていったら、迫田さんはどうよ、あの人、人間じゃないし」
「そうだよなぁ、人間は吸血鬼に敵わないからなぁ。クラレイアムはどうよ?」
「あぁん? サコタァ?」
もう何杯目かになる焼酎のコップを、テーブルにドンと置くクラレイアムは、トロンとした目つきで完全に泥酔状態であった。
「アイツはぁ、“俺は戦士じゃない”とか言って逃げるんだよぉ。一度は戦ったくせになぁ」
「まぁ、あの人ならそういうわな。外交官だし」
「だいたぃぃ、戦いが専門のお前たちの中で、つぇぇ奴はいないのかよぅ」
「そりゃ、
「そうだね、<ハーキュリーズ>装備だと、誰も敵わないだろ」
ハハハ、と笑い声を上げる自衛隊員たち。彼らは冗談で言ったのだ。たぶん。だが、それを冗談と受け取らなかった男がいた。
(……ヒノニイ、そいつがつえぇのか……)
まどろみの中へ落ち込んでいく彼は、その名前をしっかりと心に刻み込んだ。
□□□
「女だなんて聞いてない」
「なんですか、いきなり」
テシュバートの陸上自衛隊駐屯地、グラウンドの中で日野二尉と対面したクラレイアムは、がっくりと肩を落としていた。
「まぁいい。ヒノニイとやら、俺と戦え」
クラレイアムの言葉に、日野二尉の眉がくぃっと上がる。それは、彼女が怒ったときのサインなのだが、彼は気が付かない。挑戦的な視線を送る男と、それを真っ向正面から受ける女。空中に火花が散るような緊張感が周囲を支配する。が、それも一瞬のこと。
日野二尉は、ふっと身体の力を抜いてクラレイアムに宣言する。
「私は陸上自衛隊員です。私闘はいたしません」
「なんだとっ!」
「貴方のことは、迫田さんから伺っています。念のために言っておきますが、上からの命令でもない限り、貴方と戦うことはありません。諦めてください」
クラレイアムに背を向け、日野二尉は去って行った。
□□□
「謎の仮面部隊?」
「そうだ。強いらしいぞ」
迫田に上手く乗せられ、クラレイアムは元の雇い主である帝国とともに、ウルジュワーンまで来ていた。道中でも戦闘に参加したが、彼が満足できるような戦いはなかった。
「なんだ、あれはっ!」
海の方から、虹色の光が一直線に伸びていた。その光が当たった塔は、中程から折れるようにして崩れ落ちた。
「味方の攻撃だ! ニヴァナの援護である!」
「機を捉えよ! ウルジュワーンに攻め込むのだ!」
うぉぉっと怒号が唸りになり地を揺らす。兵士が、騎馬が、一斉にウルジュワーン目がけて突進を始めた。クラレイアムも大剣を肩に担ぎながら、兵士たちと伴に都市へと突入していった。獲物は仮面部隊。
だが、どこを探しても、仮面を付けた屈強な戦士たちは見つからなかった。ニヴァナの民が“飛行船”と呼ぶ、巨大な飛空馬にも乗っていなかったという。徹底的な捜索が行われたが、見つからぬまま。またしても、クラレイアムは戦うことなく敵を失ってしまった。
□□□
「それで私の所へ?」
「そうだ」
クラレイアムは、ふたたびテシュバートに戻っていた。彼の目の前に立っているのは、ルートと呼ばれる金属の鎧を纏った巨人だ。
「仮面の大男たちと戦ったと聞く」
「肯定」
「つまり、お前は強い」
「“強い”の定義と前提条件が曖昧。だが、会話の流れから戦闘能力の高さと推測。一定条件下で肯定」
「ならば、俺と戦え」
ルートは、人間で言えば頭に相当する部分を、少し傾けた。最近覚えた、小首をかしげるポーズだ。
「戦闘行為に及ぶ理由が不明。同じ陣営に属すると推察」
「理由なんかなくていいんだよ、いいから戦え」
このまま不毛な会話が続くか? と思えたとき、迫田が現れて介入してきた。驚くべき事に、ルートにクラレイアムと戦って欲しいと願った。
「こいつは強い相手と戦うことが生きがいみたいなもので、それが生きる目標みたいになっているんだ。ここでは、ルート、あなたが一番相手に相応しい。訓練の一環と思って協力してくれないか」
「訓練。模擬戦闘ということか?」
「そうだ」
改めて、ルートはクラレイアムをスキャンする。
「迫田。君の申し出を了承した。クラレイアム、君と戦おう」
「おお! 感謝する!」
「審判は私が務めよう。相手を戦闘不能にした時点で勝ちだ。いいか?」
「了承」
「いいぜ」
では、と迫田が持ち上げた右手を大きく振り下ろし、「はじめ!」と叫んだ。クラレイアムは愛剣を大上段に構え、ルートに向かって突っ込んでいった。
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その夜。
テシュバートでは、関係者全員に個室があてがわれる。クラレイアムも、自衛隊員と同じ八畳の部屋をもらっている。シャワートイレ付き。風呂は共同だ。テーブルやベッドは、壁に収納できる造りになっている。
今、クラレイアムは部屋の中央で、大剣を手に座り込んでいた。ゆっくりと、剣に話しかけはじめた。
「すまない、俺の力不足だ」
ふるふると、剣が小刻みに揺れたように見えた。
「いや、まったく歯が立たなかった。“通気術”が通用しない相手がいるとは」
彼の言う通気術とは、剣を当てる瞬間に気を流し込み、盾や鎧の内側に衝撃を与える技だ。彼の一族にのみ伝わる秘術だった。
『いや、相手が悪かった。アレには通気術は通用しない。なぜなら、君たちのような
「生命を持たない?」
『生命の形が違う、とでもいうべきか。アレは、おそらく我と同じか、起源を同じくするものだ』
「同胞ということか? ……まさか、あっちに乗り換えるなんてこと」
『くだらん。我とお前たち一族の絆を断ち切れるものなどありはしない。仮に起源が同じモノであっても、共に行くはお前たちだけだ。そもそも、そのような考えを持つこと自体、お前の弱点だ。だから、いつも詰めが甘くなる』
その後も、意思を持った魔剣“魔獣殺し”の説教は続いた。次の日、目の下に隈を作りながらも、クラレイアムはなぜかすっきりとした顔をしていた。
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