第5話-友達
白石の足は覚束無い。
長い髪をふらふらと揺らしながら、けれども、確かに地面を歩いていた。
そんな彼女の手を来島がぎゅっと握っている。
俺と涼は無言で歩いていた。
喋る気にはなれなかった。
「ここだ」
「めっちゃ近いじゃん……」
マンションのエントランスまで来て、来島は呆れたように呟いた。
「今日さ。私も泊まってって良い?」
「……えっ?」
白石も驚きの表情を浮かべていた。
「だって、皆で賑やかにしてた方が忘れられるじゃん?」
「じゃあ、俺も泊まってくわ。別に良いだろ?」
涼もそんな事を言い始めた。
「俺は良いけど……」
ちらりと目線を白石に向ける。俺はコイツらだったら良いけど、彼女はどうだろうか?
彼女は首を縦に振った。
「じゃあ決定ねっ!
正直ストレスマッハ過ぎるし、ホントマジ無理だから。多少羽目外させてくれって感じ」
「マジでそれな。さっさと楽しい事して忘れようぜ」
彼らのその言葉は本気なのか嘘なのか、それは俺にはわからない。
けれども、きっと気遣ってくれているのは確かだった。
「……そうだな」
そんな彼らの態度に温かさを覚えて、ちょっと泣きそうになった。
いや、俺が泣きそうになるのは違うんだけどさ。
でもなんだろ、ほら、白石と話し始めたのだって、本当につい最近なわけでさ。
それなのに、ここまで寄り添おうとすることが、きっと、彼らは酷く優しい。
**
「そこのソファ使ってくれ」
「おっけー」
倉本くんの家に帰ってきた。
舞さんに気を遣われて、万丈くんに気を遣われて、彼にも気を遣われて、本当にダメダメな私だ。
「おまたせ。こんな物しかないけど」
倉本くんは暖かいお茶を四つ持ってきた。
「んーん、ありがとう」
舞さんは首を横に振って、出されたお茶を手に取った。私も軽く会釈だけして受け取った。
「広い部屋だね」
「一人暮らしって、高校生で出来るもんなのな」
舞さんと来島くんは感慨深そうに呟いた。やってみると、そこまで難しくはないわ。
「あ、そうだ。親に連絡しなきゃ」
「俺もそういやそうだ」
二人は今気がついた、と言わんばかりにスマホを取り出して弄り始めた。
ぶるるっ
「ひっ!?」
スマホが揺れた。
さっきの事があってからこれだから、ついついビックリしてしまった。
ホントに情けない話だと思う。
「誰から?」
倉本くんは心配そうな顔をしていた。
鍵を失くした時だって、心配そうな表情は
「……お母さんから。ここで出ても?」
「聞かれても良いなら良いよ」
「ありがとう。……はい、もしもし」
人に聞かれないように何処かに移動するのがマナーだと思う。
けれど、今は一人になりたくなかった。
『学校の先生からお電話頂いたわ。……大丈夫なの?』
お母さんの声はとても心配そうだった。ああ、申し訳ないなって思ってしまう。
「怪我はないわ。倉本くんがその……庇ってくれたから」
あんまり心配しないで欲しくて、お母さんに無事である事を伝える。
あれは庇ったというより、戦ったと言う気はするけれど、現代日本で戦うって表現はなんか違うと感じた。
そんな事を心に思いながら、会話を続ける。
『それも聞いたわよ〜。凄かったらしいわね。倉本くんと、あと、万丈くんと、来島さんだったかしら』
学校の先生はもう結構話してしまっているらしい。
お母さんの間延びした声は緊迫していた状況の語り部には相応しくなく、けれども、それがお母さんらしいなとか思ってしまう。
うん、ちょっと余裕が出てきた。
さっきまで、何も考えられなかったけど、今は色々と考えられるようになってきた。
「……そうね」
『美冬、学校行くのがキツイなら休みなさい。……怖かったでしょう?』
「うん……」
視界がにじむ。
それと同時に、本当に怖かったのは逃がされた私じゃなくて倉本くんの方だって思った。
刃物を持った相手と対峙して、私を逃がして、それなのに何で、彼は平静を保てるのか。
なんで私だけ、こんなに震えが止まらないのかと、ぐちゃぐちゃになっていくのを感じた。
ぽろぽろと雫が落ちて、止まらない。悔しい。
どうしようもなく自分に腹が立つ。
「……大丈夫だよ」
電話中だから、小さな声で舞さんが背中をさすってくれる。
そういう所だ。この人たちはきっと私よりも強い。
『大丈夫……?』
「う、ん」
『今、家に居るのよね? ……倉本くんに代われるかしら?』
お母さんが倉本くんに話したい事があるみたい。
「……どうも」
彼はそれを受け取ると、本当につまらなさそうにスマホを耳に当てた。
倉本くんって、お母さんと話す時はとっても嫌そうな顔をする。前もそうだったと思う。
倉本くんはお母さんと少し話して、手が空いてる舞さんにスマホを差し出した。
「?」
舞さんは首を傾げている。
「美冬のお母さんから。お礼が言いたいって」
「……わかった」
訝しげな目線を向けながら、舞さんは恐る恐るスマホを受け取った。
舞さんが慣れない敬語で話し始めたのを見て、少しだけ面白いとか思ってしまったのは、きっと彼女が可愛らしくて強い人だからだと思う。
「大丈夫か……?」
彼は隣に座って、とても優しい声音で私を気遣ってくれる。
涙が止まらなくて、心配をかけているのはわかっているのだけれど、涙が止まらない。
「私は大丈夫……よ……」
声もちょっと掠れるし、もう最悪だ。
「……じゃあ、なんでそんなに泣いてるんだよ」
私じゃない。怖かったのは私じゃない。しんどかったのもつらかったのもこわいのも、護って貰った私が感じて良いとは思えなくて、でも、なんでか涙が止まらなくて、安心しちゃって、なんで泣いてるのか、私もわからない。
「倉本くんは大丈夫……?」
「俺は大丈夫だよ。涼も居たし」
「……ごめんなさい。……何も出来なくて。警察……呼べなかった」
動画は回していた。
けれど、110番は出来なかった。
身体が動かなかったから。
恐怖で身体が硬直するなんて、そんな事が本当にあるんだって思った。
「仕方ないだろ。怖い時って動けなくなるらしいし」
「……でも、倉本くんの方が」
「それはほら、俺はあんな奴に負ける気しないから」
「……強いのね」
「……まあ、そうかもな」
彼は謙遜するでもなく、素直に頷いた。なんだかそれが、ちょっぴり変な感じがした。
「私、倉本くんみたいに、対峙してた訳じゃないのに怖くて、動けなくて、辛くて」
「慣れてないとそんなもんだって」
軽い口調で気にするなと言ってくれる。
「今も震えが止まらなくて……ねえ、倉本くんは怖い物無いの??」
「……それは、あるよ」
意外だなって思った。
「例えば……?」
「今日は怖かった。それだけ」
彼の答えに後悔した。
私だけが恐怖を感じていたわけじゃなくて、恐怖を感じていたけれど、それでも戦っていただけだって事を、簡単に想像出来た事なのに口に出してしまった事に後悔した。
「そう……なのね」
「そうそう。あ、流石に4人分の食材は無いから、買い出しに行ってくる」
腰を上げて、彼は玄関に向かった。
「俺も行く」
万丈くんがそれを見て、彼を追いかけた。
**
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺は特に言葉を発する事も無く、涼も話しかける事も無く、近くのスーパーに向かった。
「なあ?」
「ん?」
スーパーの喧騒の中で、涼が口を開きかけ、俺もそれに反応はする。……が、会話は続かない。
「なんて言えば良いかわかんねえわ」
涼は腹の内を言葉に出来ず、肩をすくめた。
よくあるよな、そういう事って。
「それ、めっちゃ気になるからな?」
「ごめんって、本当にどう言えば良いかわからねえ。馬鹿だからさ」
ジト目を向けてみても、彼は“仕方なくね?”と肩を竦めるだけだ。
「まあ、言いたくないんだったら聞かないけどさ」
「言いたくない訳じゃねえよ」
人数も多いのでカレーにしようと決めて、俺は具材を籠に突っ込む。
「
「……そうだな」
言葉足らずの、けれども確かに伝わった。
「ずるいよな」
「……本当にな」
何でこんな気持ちにならなきゃならないんだと、どうして加害者側は先生に連れて行かれて終わりなのか、一度植え付けられたトラウマは簡単には戻らないのに。
「俺達が足掻いても、どうしようもないよな」
「……それな」
頷きを返すと、そこからまた無言に戻ってしまう。そのまま一言も発さずに、俺達はマンションまで帰った。
「おかえり!」
「おかえり……なさい」
そんな彼らの気持ちとは真逆なテンションで来島が迎えてくれる。
白石も恐る恐るといった具合で玄関まで迎えに来てくれた。
「……ただいま」
「た、ただいま」
ちょっと慌ててしまったのは、バレなければ良いなと思ったが、声に出てるから羞恥がとんでもない事になる。
でも、張り詰めていた空気が本当の意味で弛緩した。
「……今日は本当にありがとう」
白石の感謝の言葉は、素直に嬉しかった。
「どういたしまして」
「……どういたしまして」
俺も涼も家にあがるタイミングを失ってしまった。
「ほら、さっさと上がった」
それを見かねて、来島が手をぱんぱんと叩いた。
「いや、俺の家だからな……?」
「君たちが立ったままだからでしょ?」
弛緩したままで、収まりがつかなくなった空気をぶち壊した。
「「ごめん」」
そのまま夕食の準備に取り掛かる事にした。
「……私もやるわ」
「いや、今日は良いよ。涼に手伝ってもらうから大丈夫」
キッチンに立つと、隣に白石が並ぶように立つ。
「流石に悪いわよ。……その、倉本くんと万丈くんは」
「いや、まあ、疲れてはいるけど大丈夫だ」
今日は白石に刃物を握らせるべきではないと、俺は半ば直感的に思った。
あんな事があって、カッターを見て青ざめたのだから、今日は刃物から遠ざけるべきだ。
今は震えも止まって、血色も良くなって、確かな足取りをしているけれど、今日は刃物から遠ざけるべきだと、そう思った。
「涼、手伝ってくれ」
「おっけー。ほら、白石さんはどっか行って」
白石はキッチンから追い出されてしまった。
こういう時に一緒になって協力してくれる彼の存在は本当に頼もしいと思う。
「まあまあ、良いじゃん、ゆっくりしてようよ」
「でも……」
「良いからっ」
来島は白石の手を引いて、ソファに座った。
意地でも手伝わせない為に、皆が全力だった気がした。
**
「・・・・・・」
「美冬さんもそんな顔するんだね」
舞さんは不思議そうに言うけれど、いやだって、一番色々と頑張ったのは私じゃないのに、ただ私が弱いってだけで食事の準備までやらないなんて、そんなの不満があるに決まってる。
「だって、私は何も返せてない……。今日だって、本当に危なかったのは私じゃないのに」
「友達って、そういうものじゃないでしょ。気にしないで、とは言わないけどさ」
貰ってばかりは違う。私は貰ってばかりだ。
「……悔しい」
やっと声に出来た言葉は、思った以上に色んな感情が含んでいて、私もハッと驚いた。
吐き出されて残ったのは、無力感と恐怖と何も出来ない悔しさと、あの出来事の後も堂々としている舞さんに対する畏敬の念と。
吐き出したのに、消えていくとかそんなの全然ない。
「舞さんは、どうしてそんなに……その……」
“優しく出来るの?”とは聞けなかった。
「私も滅茶苦茶怖いよ。
でもさ、周りの人がケガする方が怖くない?
だから、今日はちょっと頑張った」
えへへ、と舞さんはふにゃりと笑った。きっと、もっと色々な感情を飲み込んだのだとわかった。
「私はそれでも動けなかった」
「・・・」
「何で、動けなかったんだろうって」
「慣れと経験じゃない? 私と涼……万丈くんは、こういうの初めてじゃないから」
初めてじゃないって事に少し動揺してしまった。
「そう……なのね」
「うん……怖かったよね」
「っ……!? 怖い」
舞さんの言葉は寄り添ってくれるから、つい、釣られて声に出してしまう。
「もう大丈夫。私達はあんな奴に負けないもん」
手を握って、舞さんは確信を持って告げた。それはとても力強い物だった。
「まあ、どうひっくり返ってもやられる気はしねえな」
「だな」
万丈くんと倉本くんは食事の支度が終わったのか、すぐ後ろから舞さんの言葉に重ねるように頷いた。
「カレーなんだ。美味しそー」
4つの皿をテーブル並べる。
「まあ、なんだ。取り合えず食べようぜ」
なんだかんだ、緩やかな空気の中で談笑は続き、思ったよりも会話は続く。
「ねえ、聞いて欲しい事があるのだけれど……」
緩やかな空気に、思った以上に冷ややかな声が通った。
きっと、彼らに伝えておくべきだと思ったから、ちょっとだけ過去話に付き合って欲しかった。
「これは……その、中学校の話なのだけれど」
これは凡そ一年前の話。中学の同級生に告白された。放課後の話だった。
「好きです!」
見知らぬ男子の言葉は私には気持ち悪かった。
「……ごめんなさい」
その言葉を告げたが最後、次の日から、学校に居場所は無くなった。
どうやら断った男子は、クラスの人気者だったらしい。
下駄箱にはゴミが詰められていて、机には酷い落書きがされていた。
流石にあまりにも目立ち過ぎたそれは、大人の介入により終わった。
……けれど、居場所はなくなったままで、結局卒業まで一人だった。
「だから、遠く離れたこの街に来たの」
私の話はこれでおしまい。
今回の話とは違うけれど、話すなら何となく今だと思った。
不幸自慢じゃなくて、先に言っておかないと隠し事をし続けてる気分になってしまうから。
「大変だったんだね」
舞さんは相槌をうちながら、もぐもぐと食べ続ける。
「……高校では、そうはなりたくなかったのだけれども」
結果は見ての通り、見方によっては中学のイジメの方がマシだったかもしれない。
この先の高校生活に大きな憂いが残った。
「まあ、俺達は白石さんの味方だから、大丈夫だろ。中学の時みたいに、味方がいないわけじゃないからさ」
「倉本くんも……何だかんだ優しいわよね」
つい、彼の言葉に悪態を吐いてしまった。
「どうだろな……」
彼はバツが悪そうに肩を竦めた。
そんな中、たった一人だけは舞さんの方に視線を向けていた。それに私は気が付かなかった。
**
夕食も片付け終わり、折角のマンションだからベランダに出たいと来島が言い始めた。
俺が良いと言うと、ウキウキしながら外に出ていった。
「俺も行く〜」
涼はそう言って、彼女を追い掛けるように外に出た。
俺と白石はそんな二人を見送って、顔を見合わせ笑った。
「そんなに楽しいかね」
ベランダから見える景色なんて、隣の建物か向かい合ったマンションか……いや、それくらいだ。
「初めて来た時は、私は少しワクワクしたわよ?」
「へー……そんなもんなんだ」
俺の方が可笑しいのかもな。
「本当に、倉本くんも万丈くんも、舞さんも、強いのね」
「強くても、あんまり意味無いと思う。今日、一番頑張ったのは多分、来島だよ」
俺は出来る事をやっただけだ。
でも、来島は自分に出来る事を探して、色々と頑張っていた。
その二つには大きな差があるように思える。
入学してからの本当に数か月でしかないけど、彼女には一種の尊敬の念が俺の中にはあった。
「そう? 私は貴方に助けて貰ったって、思ってるのだけれど」
「俺は後先考えられなかったなって、そう思ったよ。最初から刃物を持ってる可能性も、考慮しとくべきだった」
俺が刃物を見ても怖くないからと言って、他人もそうだとは言えない。
「そんなの……無理よね?」
「いや、多分……出来なきゃいけないんだと思う。ああいう事するなら」
出しゃばるなら、それくらい出来ないとダメだって事を知った。
もし、俺を助けてくれた先輩なら、きっと、その業を背負うんだろうな。
「でも、ありがとう」
「そう……言われてもな」
その言葉は簡単に受け取れない。
「これから学校でどうなるんだろうって、とても不安なのよ?」
「……まあ、だよな」
「でも、貴方たちは……友達で居てくれるんでしょう?」
「そうだな」
「だったら、多分大丈夫よ。……うん、大丈夫」
彼女の言葉は確かに勇気を握っていた。
「ねえ、助けて貰ってばっかりで、本当に申し訳ないのだけれど、また一つ、倉本くんにお願いしても良いかしら?」
**
「来島、大丈夫か?」
「万丈くんも来たんだ。で、何が?」
ベランダから外を眺めていた来島は、俺の為に少し右にズレてくれる。俺は彼女の隣に陣取った。
「今日の事だよ」
「んー、どうだろ。色々あり過ぎてわかんないや」
来島の言葉は何処かフワフワとしていた。
「そか」
「うん」
二人してぼーっと外を見る。
「本当に何も見えないよね」
「だな」
向かい側のマンションが見えるだけで、お世辞にも良い景色とは言えなかった。
「来島……俺さ、実は来島の事、覚えてるんだよね」
中学校の時から、実は彼女の事を知っている。
でも、高校にあがってから、俺は彼女を知っている事を知らないふりをした。
あんな一瞬の出来事なんて、覚えている訳が無いと思ったから。
「えっ……?」
「恥ずかしくて言えなくてさ。俺があの時の……なんて」
ヒーローはマスクを被ってるからカッコいいんだ。自意識過剰に俺がやったって言うのは、なんか違ったんだ。
「恥ずかしくなんかないよ。カッコよかった」
来島はそれをきっぱりと否定してくれた。彼女らしくない、凛とした声が耳に届いた。
それは中学生の頃、来島が近所の不良に絡まれた時の出来事。
その間に入って、不良をボコボコにした……というだけの話。
俺は少し驚いた。高校で出会った来島は、いつも声がふにゃふにゃしていて、実は男子からも人気が高かったりするくらいに可愛い。
けれど、その凛とした声には、いつもの彼女は居なかった。
「それに、あの後、先生に呼び出しくらったでしょ?」
「ありゃ、そこまで見られてたんだ」
恥ずかしい所までキッチリと見られてるな、こりゃ。
「そりゃあ……見てるよ。私、涼の事、好きだから」
肩らへんに切り揃えられた彼女の髪は、風に凪いで揺れた。
「……そっか、ありがとう」
耳まで赤くなっても、好意を受け取るので精一杯だった。
「えっ、それだけ!?」
彼女は絶叫する。
「えっ、だって、そうとしか言えなくない……か?」
「私ってそんなに魅力無いかな……」
「いや、ええ? そ、そういうのは関係なくて……さ。
ほら、中学の時のって、偶然俺が出会してさ、偶然助けただけだろ?
そんなので、好きって言われて……良いのかなって」
好きになって貰いたくて、あの時に身体を動かした訳ではない。
だから、俺の見ていた景色からすれば、今の来島からの好意はバグみたいなものだ。
「涼って、案外自己評価低いんだね?」
「まあ、そうかも」
「じゃ、じゃあさ。いっぱい高くするから、私と……その……付き合って欲しいって言うか……その……」
熱が通った視線で下から覗き込まれて、ちょっとだけ彼女の瞳は緩んでいて、心臓が飛び跳ねるのを感じた。
鼓動が早くて煩い。
「……俺で良いのか?」
「良いよ。むしろ、涼が良い」
「わかった。じゃ、じゃあ……その、よろしくお願いします……」
ゆっくりと言葉にしてくれた彼女の事を、受け入れないという選択肢が出来るほど、俺は甲斐性無しにはなれなかった。
**
「で、何この状況……」
ベランダから帰ってきた二人は、とても気まずそうだった。
「あ、なるほど」
白石がぽんと手を叩く。
「わかるのか?」
「……乙女の秘密という奴ね」
にやっ……と彼女が口角を上げると、首を横に振る。
「まあ、悪い事じゃないなら良いかな」
「悪い事じゃないのは保証するわ」
なら良いか。
「ってか、お前ら下着とか持ってるの?」
「「えっ?」」
急になんか変な事言い出した、とでも言いたげな目で俺に目線を向けてきた。
「今日一日、身体を洗わないつもりだったのか……?」
その視線は心外過ぎて、つい小馬鹿にしてしまったのは許して欲しい。
「ど、どうしよう」
「コンビニ行ってこい。近所のコンビニ、色々と売ってるから」
「い、行ってくる」
財布を片手に、来島がぱたぱたと玄関に向かう。
「お、俺もっ!」
そんな彼女を追い掛けるように、どたどたと涼も外に出て行った。
**
「舞さん、ベランダで何があったの?」
就寝時間直前で、美冬さんは脈路なく聞いてきた。
「えっと、そのお……何のことでしょう……?」
全力で話を逸らしたい。だって、恥ずかしいし。
「万丈くんとの事よ。それ以外に何かあるかしら?」
「だー! どうしてそんなにストレートなの!?」
せめて直接的な言い回しをしなくても良いのにっ!
今度は美冬さんの顔を睨みつけた。
「ふふっ」
手を口に当てて、美冬さんは上品に笑った。
くそっ、全然効いてないっ!!
「笑うな! ねえ!!」
「だって、可愛くて」
かあっと顔が赤らんだのが自分でわかった。
「うるさい、うるさい、うるさい」
「え、ちょっと、舞さん?」
美冬さんがいじめるのが悪い。
もう口聞かないからねっ!!
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