第53話 断絶

「俺は今日、お前達に、俺の忌まわしい過去に終止符を打ちにきた」


 俺の言葉に部屋に居た者全員がピクリと眉を動かす。しかし、声を荒らげる者は誰も居ない。先程のシノの言葉があるからだろう。


 シノは相も変わらず表情を変えない。無表情のまま、こちらに尋ねてくる。


「……それはエルザード家に戻ることは無く、寧ろ決別をしたいと、そういうことか?」


「ああ。本当なら別にわざわざ言う必要は無かったが、今回みたいにアークライト家に危害を加えるのならばここではっきりと言う。俺はやむを得ない場合を除いてエルザード家に関わらない。だからお前達も俺とアークライト家に関わってくるな」


 強い言葉でそう断ずる。


「……少し落ち着け。話が先走り過ぎている。まず、私がリーンフィリア公女殿下を攫わせたと思う根拠はどこにあるんだ?」


「まだ白を切るか? 正直言って面倒なんだが、仕方ないな」


 俺は自分の影に向かって言葉を発する。


「ブレイク」


「うわああ!?」


 そう言って俺の影から飛び出してきたのはダーズ・クラウン。俺の破壊の能力を受け、全身がズタボロになっている。


「ダーズ!」


 ギーズがボロボロになったダーズの体を抱きかかえる。殺してはいないが、かなりの力を込めたから当分意識は戻らないだろう。


「最初から疑ってはいたが、こいつが縛られているリア様の影に隠れている時に確信に変わったんだよ。ほら、ちゃんと証拠は見せたぜ?」


 こいつの能力、『影に同化する者』は影から影に渡って移動するため、公爵家で見せるには少しリスクがあった。


 しかし、ここでなら逃がしても大丈夫だと思ったため、存分に能力を使ったところうまくいった。


 流石のシノも眼前に公女攫いの犯人を見せられ、仏頂面であった表情を動かす。


「しかし、リーンフィリア公女が縛られていた時にその者が居たという証拠が無い」


「ああ、確かにこれじゃあ罪に問う証拠にはならないさ。だが、俺がこの目ではっきりと見たんだ。それなら俺がリア様誘拐にエルザード家が関わっていると思う根拠にはなるだろ?」


 リア様を助け出した際のごく微小な影の揺らぎ。それでいて特徴的な能力の“ひずみ”、それを俺は見逃さなかった。


「……」


「何も言わないということはそうだと認めているも同然だと思うが?」


「捕えよ」


 シノが短く言うと、何処に隠れていたのか大勢の武装した者が現れ、俺達の周りを囲む。


「悪く思うな。これもお前が素直に従わなかったのが悪いのだ」


 いつまでも自分勝手な奴だ。お前のその性格のせいであの優しい母さんは亡くなったんだ。


「カリン、お前は今どちらの味方だ?」


 イシュタル家の当主、ゼツ・イシュタルが厳しい声音でカリンに問いかける。すると、それまで黙りこくっていたカリンの口がニコリと笑い、腰に下げていた剣を引き抜き、立ち上がる。


「当然、クロノの味方です。これからはカリン・イシュタルではなくただのカリンとして生きていきます」


 カリンから告げられたのは家との断絶。それに怒り狂うのはゼツ・イシュタル。


 俺はゆっくりと立ち上がり、周りを見渡す。


 いくら広い部屋とはいえ、ここで戦闘になるとは思わなかったな。


「カリン」


「何? クロノ」


「お前は本当にそれでいいのか?」


「うん。だって最初からそのつもりだったし。ちょっと時期は早くなっちゃったけど」


 俺は少しでもカリンのことを憎んでいた過去の自分を殴りたくなる。幼馴染の黒髪の少女は変わらず俺のことを想ってくれていたというのに。


 トンとカリンの肩に手を載せて、告げる。


「カリン、お前の出番はないかもしれないな」


 俺の体を黒い破壊の波動が纏っていく。


「シノ・エルザード。これは俺に対する宣戦布告ととって良いんだよな?」


「宣戦布告ではない。我儘を言う息子への教育だ」


「つまらない冗談だな」


 その瞬間、俺の体の周りから武装した者に破壊の波動が放たれた。


 破壊の波動に触れた者はうめき声をあげながらその場に崩れ落ちていく。


「容赦はしない」

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