第3章 臨時講師

第26話 休日

 本日は学校休業日。


 チュンチュンと小鳥の鳴く声が聞こえる朝。こういう日に付き人はどうするかって? 勿論、ご主人様の下へと駆け付ける。


 一瞬、折角の休業日なんだし一人でリラックスさせてあげた方が良いのではないかとも思ったのだが、一応女子寮の前で待つことにする。


 いらんと言われれば帰れば良いだけだ。


 そうして時間が経っていくうちに俺はあることに気が付いてしまう。


 もしかして出てこないんじゃないか?


 そう思うと一気に不安が襲い来る、というわけでもなかった。


 正直、寮の外に出ないのであれば危険は無い。俺が居る必要は無いのだ。


「よし、帰るか」


 何時間もここで待ち続けていたら流石に通報されてしまう。


「クロノ」


 俺が踵を返して女子寮の前から姿を消そうとすると、後ろから声が聞こえる。


「リア様」


 そこに立っていたのはいつもの制服姿ではない、私服姿のリア様であった。


「まさかと思って窓からのぞいたらクロノが居たから降りてきたけど、どうしてあなた休日に制服なんか着ているのよ」


「私は制服と元々着ていた服しか持っておりませんから」


 そう言うと、リア様はふむと考えるような顔つきをされる。


「ちょうど良かったわ。出る用意をするから少し待ってて」


 そう言うと、リア様は寮の中へと戻っていく。



 ♢



「それでどちらに向かうのでしょうか?」


「決まっているじゃない。王都のお店に行くのよ。あなたのお洋服を買いに」


 俺の服を?


「私は別に必要ありません。制服も2着ありますし、それに使用人の時に着ていた正装も持っておりますし」


「な~に言ってんのよ。クロノにだってカッコいい私服を着てほしいのよ、私が」


 カッコいい服か……。エルザード家に居た時からそんなこと考えたことが無かったな。


「しかし、基本的に私の生活費は公爵様からリア様に振り込まれている物です。そんなもので私のための娯楽品などを買ってしまってもよろしいのでしょうか?」


「良いのよ。逆に貰い過ぎて使い道に困っていたくらいだし」


 そう言えば前にそんなことを言っていた気がするな。


 そうしてリア様と俺は王都の町を歩いていく。


 休日ということもあってか所々に制服を着た学生たちが歩いているのが見える。彼らも俺と同類なのだろうか。


 暫く歩くと、一軒の店の前に着く。


「確かここがおすすめだって聞いたところよね」


 おすすめなんて誰に聞いたのだろうか?


 慣れない気持ちのまま服屋に入店する。


「あら? 二人もこちらにお買い物ですか?」


 中にはちょうど、服を選んでいるガウシアの姿があった。横にはライカの姿がある。


「ええ。クロノが私服を持っていないというから買いに来たの。そっちは?」


「こちらも同じようなところです。ライカ様がお金を持っているくせにほとんど私服を持っていないということでしたので私が選んで差し上げているのです」


「うん。ありがたい」


 まさかの両方がほとんど同じ理由で服屋に来ていたとは。


 確かにライカの服装って以前も日によってあんまり代わり映えしてなかった気がする。俺と同じくあまり服には興味が無いのだろう。


「それでこんなのを選んでみたんです」


 そして見せられたのは上が普通の黒いTシャツ、下はデニムの短パンである。


「良いわね~。似合うんじゃない?」


「ですよね~。じゃあ、ライカさん、こっちで着てみてください!」


「うん」


 そう短く頷くと、ライカは試着室へと向かう。


「クロノはどれが似合うと思う?」


「私は何もわかりませんので全てリア様にお任せします」


「なら早速これ着てくれない?」


 そう言って渡されたのはシャツとズボン、そして薄めの上着であった。


「分かりました」


 俺もそれを持ってライカが入ったのとは別の試着室へと向かう。


 少しして着替え終わると、既にライカも着替え終わって試着室から出て、二人から絶賛されているところであった。


 凄く出づらい感じはするが俺は勇気を出してシャッと試着室のカーテンを開く。


「どうでしょう?」


「……」


「リアさん、クロノさんがお聞きになっていますよ?」


「はっ、い、良いんじゃない? 凄く似合ってると思うわよ!」


 何故か顔を赤くしながらリア様が言う。


 そうしてリア様とガウシアの分の服を選ぶと、レジへと向かう。


 その途中でふとあるものが目に入る。目元だけが隠されている黒い仮面。


 俺はこの仮面に凄く惹かれてしまい、足を止める。


「クロノ、どうしたの?」


「いえ、あの仮面が気になりまして」


「ああ、良いわよ。それ買ってあげる」


 そう言うと、リア様はヒョイとその仮面を手に取る。


「え、良いのですか?」


 正直、俺の趣味のような物だ。本当なら足を止めようとも思っていなかった。ましてや買ってもらおうなどとも。


「良いわよ。クロノが欲しいっていうのなんて珍しいもの」


 こうしてリア様はその黒い仮面も一緒に買ってくれたのであった。

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