第20話

3.透き通る季節の中で



少女からしてくれた約束が嬉しくて、僕は30分以上前から病院の外のベンチで待ち続けていた。


さすがに体が冷える。


10時を少し過ぎた時、車椅子の少女は現れた。


どうやら、病院の外へ出れる時間が決まっているらしい。


「そういえば、髪、切ったんだね……。

その……似合ってる」


最後は小声になりながら、僕はおずおずと会話を始めた。


少女はやはりとても嬉しそうににっこりと笑顔になった。


口数の少ない彼女だが、表情は他の人よりもわかりやすい。


嘘がつけないようだ。


「きてくれて、ありがとう。


うれしい」


言葉にされると、体の芯まで暖かくなるような感覚に襲われた。


僕も君に会えて嬉しい、と告げる。


こんな時間がずっと続けばいいのに。


そういえば、と僕は少し、言いづらいけれど聞きたかったことを思い出した。


少女に付き合ってる人はいるのか。


少女が僕と話してくれるなら、別に相手がいようといまいと関係ないのかもしれないが、いるのだとしたら喋ることさえ、相手の人に申し訳ない。


それと、傷つきたくない、という思いがあの日と同じように邪魔をする。


それならそれまでだ、と僕は意を決して切り出した。


「君は付き合ってる人はいるの」



少女は少しだけ驚いたように止まると、小さな声で呟いた。


「いないよ」


僕は突き上げてしまいそうになる拳を全力で抑えながら、


「そっか。良かった」


と本音を零す。


聞かれていないといいのだけど。


冷たい風が僕達のそばをかすめていった。


何か決意したらしい少女は車椅子の上で僕に向き直り、言った。


「わたし、そとにでたらきみにいいたいことがあるの」


今までの少女の反応の中でも強い感情を感じて、僕はわかった、と重々しく頷いた。



それからも約束をしては、会って長話をする僕達を、カップルなんじゃないかと周りの人達は噂して、そんな声を聞いた時には2人、顔を見合わせて肩を震わせながら笑った。


将来、人の気持ちを代弁する人になる君は僕の気持ちになんて手に取るようにわかるんじゃないか。


そう僕が冗談交じりに言った時、少女は


「わかるわけないよ」


と笑っていた。


上手くいくことばかりではない、そればかりか、上手くいくことなんて、ありはしないと思っていたこの世界に、それでも君の隣にだけは居続けたいと思った。


こんな日々が、ずっと続けばいいと願う僕にその資格があるだろうか。


それに、違う将来の待つ僕らは、これからも一緒に居続けられるだろうか。


時間は刻々と、僕らを引き離そうとしているのかもしれなかった。

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