第15話 俺の幼馴染が信じてくれる
「で? 本当は?」
「本当もなにも――」
「正直に言いなさい。嘘偽りなく」
屋上に来た途端、これだった。
鬼のような顔で朝子が俺を睨みつけていた。身長差で下から威圧するように睨む彼女の顔は、とてもガラが悪かった。
そんな朝子に椎名があわあわと慌てていた。浩一は知ってたと微笑ましく見ているだけ。
「早く、全部、話せ」
「お前の口、感情優先し過ぎて単語しか出てねぇぞ?」
「早く、全部、話せ」
もう今の朝子には言語能力すらも失われているらしい。
俺は威圧してくる朝子に肩を落としながら、洗いざらい全て話すことにした。近くに椎名もいるから、二人にまとめて話すには良いタイミングだと思った。
俺が朝の一件について改めて全て説明した後、俺達は四人で円を作って昼飯を食べながらその件について話すこととなった。
「もし仮に、仮に……仮に勝也の話が本当ならあの転校生、相当ヤバい女よ?」
「そこまで仮にを強調するな。お前、俺の話信じてないだろ?」
「そんなの当然よ。信じたくても疑いたくなる話だわ。二人の女に攻められてる男の絵面なんて、大抵男が悪いとしか見えない」
「ごもっとも」
不満そうに鼻を鳴らす朝子に、浩一が頷く。
朝子の言い分も、確かに理解できる。だからこそ遠野派が生まれてしまったんだろう。
椎名の弁当を食べていた俺が俯いて頭を抱えていると、今まで黙っていた椎名が俺を見つめていた。
「ねぇ、しょーくん」
「……なんだ?」
「本当に遠野さんとあの約束してないの?」
やっぱりまだ疑ってるよなぁ……
どれだけ説明しても疑いたくなる気持ちが残るのは、椎名の立場で考えれば分かることだった。
俺がもう一度伝えようと、頭を上げて椎名の方を見た瞬間――その顔に思わず言葉が詰まった。
「こんなこと何度も訊くのはしょーくんも困ると思うから一回だけ、最後に訊くよ? 本当に、してない?」
まっすぐな目で、椎名が俺を見つめていた。
真剣な顔で、正直に答えろと言っているようだった。
長い付き合いでも見ることが少ない表情。その顔を見て、俺は彼女の気持ちを察することしかできなかった。
真偽が自分で判断できない。いや、信じたくても疑ってしまうから、俺に委ねているような気がした。
俺の言葉を全部信じるから、改めて答えてほしい。
そんな風に聞こえた。それをじっと見つめて待っている椎名に、俺はしっかりと見つめ返して答えた。
「してない。俺はお前としかあの約束をしてない」
俺の言葉に椎名が目を閉じ、一度だけ静かに頷いた。
そして数秒して椎名が目を開ければ、さっきまでの表情が嘘のように笑顔に変わっていた。
「なら信じる! しょーくんのこと!」
椎名が満面の笑みで、そう言った。
いつもの椎名に戻っても、俺は即座に切り替えた彼女に反応に困った。
ここまで素直に信じられると、それはそれでどう反応すれば良いか分からなかった。
事実がどうあれ、俺の答えたことが本当だと信じた椎名に、俺は頭が上がらなかった。
むしろ心配にすらなる。ここまで素直だと変な男に騙されないか不安だった。椎名を誰かにやるつもりなんて微塵もないが。
「はぁ……椎名に感謝しなさい」
朝子が深い溜息を吐く。それは椎名の意見に従うという意味なのだろう。
一番手こずると思っていた朝子を味方にできたのは大きい。椎名には感謝しかなかった。
「じゃあ朝子も勝也の味方になったなら早速本題の話するか……俺達三人が勝也の話を信じるとして、遠野さんの件をどうするつもりだ?」
「勝也じゃないわ。椎名の味方よ」
「はいはい。そうですね」
そこでタイミング良く浩一が今回の集まりの本題を出してくれた。朝子もいつも通りの反応をしているから、俺の味方でいることに少し安堵した。
じゃれ合う浩一と朝子を横目に、俺は弁当を食べ進めながら三人に切り出した。
「遠野さんの件だけど、俺の選べる方法は現状で3つだと思ってる」
「3つもあるの?」
「できるできないは別としてな」
椎名が意外そうに目を大きくした。
俺は頷いて、椎名の疑問に答えることにした。
「ひとつはあの件に関して、俺は一切無視する。外野がうるさいだけって思うことにして普通に過ごす」
「無理よ。朝の様子だと絶対にあの転校生が勝也に近づいてくるわ。その度に騒ぎになると面倒が増えるわよ?」
朝子の返答に、俺は頷いた。
朝の一件をなかったことにして、普通に過ごす選択は選べない。
遠野さんが俺に執着している様子だと、学校生活で彼女と関わらない方法なんて選べない。その度に遠野派が騒ぐとなると、まともな学校生活なんてなくなるに決まっていた。
「ふたつ。俺が遠野さんとあの約束をしてないって断言してハッキリと迷惑だと言うこと。言ってしまえば拒絶の態度を出す」
「……それが無難なんじゃないか?」
「馬鹿ね、浩一。もし考えなしにそんなことしたら遠野派が勝也に何するか分かったもんじゃないわ。それも上手いようにあの転校生の都合が良い展開に利用されるに決まってるわ」
ここが面倒なところだった。
遠野さんの話を信じている生徒の存在が非常に厄介だった。
これが遠野栞子だけなら話が変わっていた。素直に関わらないでくれと拒絶すれば良い。身に覚えのないことを言って迷惑なことをしないでくれと言うだけだ。そして近づかれても拒否すれば良い。
しかし遠野さんの話を信じた他の生徒がいるから、実に面倒だった。下手に刺激すれば、俺に面倒事が増えるのは分かりきっていた。
遠野さんを傷付けたとか言って報復とか普通にしてきそうだ。
「じゃあ最後、あの約束を利用する」
「え? しょーくん、さっき遠野さんと約束していないって言ってなかった?」
俺がそう言うと、椎名が唖然としていた。
まさかさっきの言葉は嘘だった?
そんな不安な顔をした椎名に、俺は続けて口を開いた。
「勘違いするな。遠野さんが俺とあの約束をしてるって言うなら、ありがたく利用させてもらうだけだ」
「……どういうこと?」
首を傾げる椎名だったが、朝子は気づいたらしい。
意外そうに朝子が頷くが、しかしその顔は怪訝に眉を寄せていた。
「勝也、まさかアンタ……勝てるの?」
「そのまさかだ。一番簡単で、手っ取り早い方法だ」
「リスクが大きいわ。失敗したらどうするの?」
「勝てば良い。それだけだ」
「いや、二人で分かり合うなよ。俺と椎名にも話せって」
おっと、普通に忘れてた。朝子、普通に頭良いから話の展開が速くなるんだよな。
俺は首を傾げる椎名と浩一に、改めて説明することにした。
「俺に勝って、俺と結婚を前提に交際するって条件で勝負挑んでくるなら、俺も同等の条件を出す」
「同等の条件? しょーくん、どんな条件出すの?」
「俺が勝ったら、結婚の約束はなかったことにする。その条件で勝負を受ける」
これが言い寄って来る遠野さんと撃退するのに、手っ取り早い方法だと。
しかし難点がひとつある。それを朝子はすぐに気づいていた。
それは椎名もらしい。俺の話を聞いて、彼女が困った顔を見せていた。
「まさかチェスで勝負って言わないよね?」
「不確定な運が絡む勝負は駄目だ。確実に運が関係ない勝負をするなら、アイツの得意なチェスで勝負する」
朝子と椎名が俺が勝負する内容に難色を示すのも、俺は分かっていた。
「チェス? 確か遠野さんってチェス強いんじゃなかったか?」
「強いなんてもんじゃないわ。普通にニュースサイトに載るレベルの強さよ。私は詳しくないけど、椎名なら知ってるみたいだわ」
「さっき私も気になってあーちゃんと一緒に見たけど遠野さん、タイトルホルダーだったんだよ」
「タイトルホルダーってなんだ?」
「簡単に言うと大会とかでたくさん活躍してる人だけがもらえる称号みたいなものだよ」
椎名に説明されて、ようやく浩一も遠野さんの実力を理解したらしい。顔をしかめていた。
遠野さんの強さを理解したところで、浩一が怪訝に俺を見つめていた。
「お前、勝てんの?」
「勝つしかないだろ? 別に負ける気でやらねぇぞ?」
「流石のお前でもキツくないか?」
確かに普通なら降参する相手だろう。プロ級の強さを持つ選手と一般人が戦って、勝てるとは思えない。
だが俺も、そこには意地があった。簡単に負けるつもりなんて、少しもなかった。
「勝ってやるよ。俺も今まで千回以上、世界最強にボコボコにされてんだ。簡単に負けるつもりなんてない」
今でも歯が立たないチェスプレイヤーがいる。ほんの少し前まで、毎日、来る日も来る日も、笑顔で俺を負かしに来る家族が俺にはいる。
そこから得たもので、俺は勝ってやると思った時だった。
「あら、こちらに居たんですね?」
ふと、聞きなれない声が聞こえた。
俺達が声の方に向くと、四人揃って顔を強張らせた。
「良ければ、私も皆様とご一緒させてくださいな?」
小さな弁当袋を手に下げて、遠野栞子が屋上の入口に立っていた。
――――――――――――――――――――
この作品の続きが気になる、面白そうと思った方、レビュー・フォロー・応援などしていただけると嬉しくて執筆が頑張れますので、よければお願いします。
――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます