群青システム ー非日常を求める者達の洗脳計画ー

星部かふぇ

第一章 〈群青システム〉を操る者たち

Ep.1 甘里啓斗の欲望

第1話 憧れと現実の乖離

 ——少しくらい、変わった人生を送ってみたい。


 ふとそんな願望を持った時期があった。よくよく思い出してみれば「異常」とか「特別」だとか「非日常」に憧れていた、誰もが通る時期だったのだろう。

 ただ、その頃の僕は「親への反抗」と「非日常に憧れる」をごちゃ混ぜにしてしまい、勘違いをしていた。



 都会の私立名門校に通うことができても、非日常は訪れない。



 せめて楽しい高校生活が送れたらいいが、入学して一か月。期待はできない。


 開発実験都市として作られた人工島、〈IFアイエフ ガーデン・アイランド〉。

 その中の粋春すいしゅん地区にある緑繊りょくせん学園という私立高校を私立専願で受験した。


 学生の間ではかなり名が広がっている比較的新しい学校で、何より設備がどの学校よりも良いらしい。偏差値もそれなりに高く、かなり努力をしないと入れないような学校だった。


 中学時代の僕は相当気が狂っていたようで、約二年間、非日常という名の幻想に胸をときめかせていた。


 おかしな幻想のためなら、夢の非日常のためなら、と、来る日も来る日も勉学に励んだ。そのせいもあってか友達なんて一人もいなくて、いつの間にか孤立していたなんて結果だ。





 ピピピピピピ……。




 そんなことを考えていると、朝を告げるアラームが鳴る。いつもの癖で、目覚まし時計が鳴る前に目覚めてしまっていた。


 特に不快感も無く起き上がり、目覚まし時計のアラームを雑に止める。ベッドから立ち上がって軽く伸びをして、カーテンを開ける。今日は晴れらしい。


 自炊はする気が無く、昨日買ってきたサンドウィッチとインスタントコーヒーで軽く済ませる。朝は食欲が無いタイプの人間だ。


 ふとデジタル時計の日付を見る。五月十七日。洗面所に行って歯を磨きながら、ぼんやり考え事の続きでもしようと思った。


「はぁ……」


 考えようとしてもため息が出る。もうやめろということか。


 何事もなかったかのように薄暗い部屋で、学校に行く準備を始める。スマホを手に取り、ひとまず電源をオンにして、通知が来ていないか確認する。


「……〈チョコチャット〉?」


 入れた覚えがなかった。一齧りされたチョコレートのアイコンのアプリが、一件だけ通知があると知らせている。

 名前からして、ただのチャットアプリのように見えるが、もしかしたら乗っ取りの類の出会い系サイトかもしれない。


 そのままアプリをアンインストールしようとした。


「あっ」


 誤タップした。

 そして、アプリが起動した途端に電話マークが全面に表示された。




 テンテンテンテンテテン♪ テンテンテンテンテテン♪




 拒否しようと試みるが、拒否ボタンは見当たらないし、電源ボタンも反応しない。


「ど、どうしよう……」


 内心は焦っていた。それなのにも関わらず、どうしようもなく心臓が高鳴っている僕が居た。


 無駄じゃなかったんだ。僕の非日常はこれから始まってくれるのか、と。


 僕は震える指で、応答ボタンを押した。


『やあ、どうも。いきなり電話して悪いね』


 低めの女性の声だった。声からでも若さが伝わってくる、同時に幼さも拭えない。僕と同じ学生か? 必死に記憶を漁るが、僕の友人にこんな声の女子はいない。


「何の用ですか?」


『今キミの携帯をハッキングしているんだ。指示に従ってくれたら、元の状態に戻すよ』


「脅しですか」


『……ん? 動揺が見られないね。まぁいいや。今から言うこと、よおく聞いてるんだよ』


 電話の向こうでガサガサとやけに大きな物音がする。かなり遠くの方で人の声もする。もしかしたら共犯がいるのかもしれない。



 どうしよう、ニヤけが止まらない。



『その一、この〈チョコチャット〉で招待されているチャットグループに入る。その二、今日の放課後、緑繊学園特別校舎の三階に誰にも見つからず一人で来る。その三、このことを誰にも言ってはいけない』


 わざわざ学校に来させるということは、恐らく相手も学生だ。でも、僕の携帯をハッキングしてくる奴だ。同じ学生だとしても、油断は許されない。


「わかりました」


『あのさぁ……随分と了承が早いね?』


「携帯のためなら、ひとまず指示に従っていた方がいいでしょう?」


『まぁそうだね』


 彼女がそう言った後にとても小さな声で「スマホ依存症だったか……?」と発言していたのがこちらにまで聞こえていた。


『まぁ期待してるよ、甘里啓斗くん』


「名前を知っているんですね……」



 プツッ……。



 電話は一方的に切られた。耳からスマホを離し、画面を確認する。


 最初に「ニックネームを入力してください」「電話番号とメールアドレスを登録してください」の二分が表示されていた。


「ニックネームか……。面倒だな」


 SNSも見る専用のアカウントしか持っていなくて、その名前なんて適当なカタカナの羅列にしてある。流石にその名前はダメだろうと思い、真剣に考える。


 アマサトケイト……、アト……アルト。最初の文字と最後の文字をくっつけて、オリジナリティを交えた。僕はニックネームの欄にアルトと入力する。


 電話番号とメールアドレスも手早く入力し、確認メールを待ってから、ようやくアカウント登録が完了した。


 ホーム画面に行くと確かにグループに招待されていた。グループ名は〈不確定要素〉。グループアイコンはガラスのコップが写った、巧みに加工された画像だった。


 グループに入りますか? という無機質なフォントの質問に対して、二つの選択肢が出てくる。



 はいorいいえ。



「入らない馬鹿がどこにいるんだろうなー……」


 僕は迷わず、「はい」を押した。


 グループに入るより前の会話履歴は残らないタイプのチャットアプリらしい。複数の人型のマークがあったため、それとタップする。どうやらグループメンバーを表示する者らしい。



 グループメンバーは僕を含めて四人だった。


 画像未設定の人型アイコンの僕、アルト。

 有名な著作権フリーサイトにある幽霊の画像、シオリ。

 何かのアニメのキャラクターのアイコン、イフ。

 路地裏の風景の写真、ヒイラギ。


 相手は恐らく僕の本名を知っているが、あえて本名を使わなくて正解かもしれない。シオリは本名にも使える名前だが、その他は明らかに偽名だ。


 ふとスマホの時刻が目に入る。


「やば、遅刻する」


 スマホを雑にテーブルに置いて、急いで制服に着替える。あらかじめ準備が済んであるリュックを背負う。家を出ようと思ったら、スマホを入れ忘れていることに気付く。


「危な……」


 リュックの横ポケットにスマホを差し込んで、アパートを出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る