第27話 都市外調査訓練6

 調査開始から既に九時間が経過した。当の昔に夜の帳は下りて、時折、野生動物の鳴き声が響くだけだ。


 アルカ達は一時休憩をしていた。隊員達は地面に座り込み、荒い息を整えている。アルカでさえ少し疲れを感じているのだから、隊員の疲れは相当だろう。


 アルカが隊員達の様子を見ていると、目の合ったハイディが話しかけてきた。




「流石はアケミが優秀と言うだけあるな」


「私なんてまだまだですよ」


「ハッ、謙虚なのは美点だが、過度な謙遜は嫌味になるぞ」




 ヴィクターや大護には足元にも及ばず、他の班員に比べても経験不足が目立つ。事実を言ったつもりだったが、ハイディには違って聞こえたようだ。




「班員になった時点で超エリートなんだ。どの隊員よりも上にいることを自覚した方がいいぞ」




 また一つ自身に足りない物を指摘され、アルカは心に言葉を刻む。


 全員の息が整ったのを見計らって、静香が口を開いた。




「夜のうちにできるだけ探索を進めたい。疲れていると思うが、よろしく頼む」




 只人が夜に行動することは基本的にない。視界が悪く足元の確認すらままならず、熊などの野生動物に出会えば逃げることすら叶わない。大人しく焚き火をすることが最善だからだ。


 対して死神は魔力で点灯するライトも持っていれば、月明かりさえあれば多少の視界は保てるので、明るい時ほどではないが、行動ができる。


 そのことが分かっているので、隊員達も不満はない。


 十分ほどの休憩をしてから、再び探索に入る。


 しかし簡単には見つけられず、隊員達にも疲労の色が濃く出てきた辺りで、静香から連絡が入った。


 静香のもとに向かうと、そこには焚き火の跡があった。最近できたもののようで、周囲には何かの骨も捨てられている。




「食べ後の様子から見ても、数日以内のものだ。近くに村が無いことを考えると、行方不明者が利用した可能性が高い」


「それならこの周囲を重点的に探した方がよさそうですね」


「そうだな。村の方向と我々が既に探索した範囲から推測すると……」




 静香は情報端末に表示した地図に書き込んでいく。予想される範囲は今までよりもずっと小さくなった。




「ここまで絞り込めることが出来たのなら、あと一歩だ。行くぞ」




 すぐさま出発し、一時間ほど捜索を続けると、アルカは人の気配を察知した。静香に連絡すると、全員がアルカのもとに集まってくる。




「人の気配だと?本当か?」


「はい。こっちです」




 アルカは気配がした方に進んでいき、静香達もそれに続く。木々が途切れ、開けた土地に出てきた。遠くには月明かりに照らされて、所々崩れ落ちた柵が見える。




「村……か?ならここは畑?こんな村地図には書かれていないぞ」




 周囲を見回して、静香達は戸惑う。あるはずのないものが目の前にあるのだから。そんな中、一人だけ呆然と立ち尽くしている人物がいる。


 アルカだ。


ただただ目を見開いていたアルカは、急に肩を掴まれて驚く。




「どうした、アルカ?」


「あ……何でもありません。それよりも、あそこに人の気配があります」




 村に入ると、より鮮明に村の様子が分かる。半分以上の小屋は崩れ落ち、錆びた農具がそこかしこに散らかっている。


 そんな中、一軒だけ小屋と比べると大きく立派な家があった。外見は風雨に晒され汚れてはいるが、どこも壊れている様子はない。




「あの建物の中に気配があります。ですが三人しか感じ取れません」


「後二人は?」


「少なくともこの村にはいないようです」


「わかった。まずはその三人の身柄確保だ。アルカはハイディのチームを率いてあの家に突入。残りは……アルカ、顔色が悪いぞ。さっきからどうしたんだ?」




 家に突入と言ったあたりで、月明かりでもわかるくらい、アルカの顔から血の気が引いた。この村を見つけた時も呆然とした様子だったことからも、いつもの調子ではないことは静香にも伝わったようだ。




「……何でもないです」


「何でもないわけないだろう。本当にどうした?」




 静香の言葉に心配と苛立ちが混じる。


 しかし、アルカは頑なに言おうとしない。言えるわけがない。この村が自分の育った村で、この家で育って、殺されかけ、そして村人全員を消し飛ばした、なんてことを。


 いや、言いたくないのだ。この事実に向き合う勇気がまだ無いから。




「アルカ!」


「静香、そこまでにしなさい」




 声を荒げる静香を咎めたのはハイディだった。静香の睨みつけるような視線を真っ直ぐに見つめ返す。




「隊員時代にも言ったけど、もう一度言うわ。もっと察する力、考える力を身につけなさい」




 押し黙る静香を一瞥して、アルカに向き直る。




「アルカもできないなら、そう言いなさい。理由が言えないなら、言えないと伝えなさい。静香はアケミではないから、言わなければ通じないぞ」


「すいません……」


「謝罪はいいから、早く行動に移しな」




 ハイディはやれやれと肩を竦める。


 結局、静香が隊員二人を率いて突入し、アルカはハイディのチームとともに外で逃走防止のため警戒をすることになった。


 静香が隊員を引き連れ、家に入っていく。すぐに家の中が騒がしくなった。悲鳴のような絶叫が村に響き渡り、逃げようと家の中から一人飛び出してきた者を捕まえる。


 その時、森の奥から悲痛な叫び声が聞こえてきた。


 その声はアルカだけでなくハイディ達にも聞こえてきたようで、アルカ達三人は揃って森に目を向ける。




「アルカ、行け。ここは私達が引き受ける」




 アルカは強く頷いて駆け出す。同時に、この訓練の前にヴィクターに言われたことが頭をよぎる。


 あの悲鳴を上げるほどのことが起きているのだ。熊程度なら敵ではないが、もしかするかもしれない。


 嫌な予感を抱えて、悲鳴が聞こえた方に向かう。そして、その予感は現実のものとなった。


 血を流す男性と、その隣にナイフを持った動物の特徴を持つ者が二人いたのだ。


 アルカの接近に気が付いたのか、死神の男性二人は顔を上げる。そしてアルカを見るなり、臨戦態勢を取った。




「死神?見たことないツラだが……機動隊か?聞いていないぞ。」


「見られた以上仕方ないなぁ。主義には反するけどねぇ」




 そう言って、ナイフを持ったひょろ長い死神が襲ってくる。姿勢を低くし走り、半身の構えでアルカにナイフを振るった。


 的確に首を狙ってくるあたり、戦闘訓練をうけた死神であることを見抜き、アルカは半歩下がることでナイフの軌道から外れる。


 相手の腕が伸び切ったと同時、携行している魔動武装に手を伸ばし、引き抜いた勢いのまま、伸び切った腕に峰打ちを放つ。


 ゴキッと鈍い音が鳴り、男性が悲鳴を上げて地面をのたうち回った。そのまま気絶させようと刀を構えたとき、もう一人の体格のいい死神の男性が大声で叫んだ。




「おい、女!こいつがどうなってもいいのか!」




 血を流す男性にナイフを突きつけ人質を取る死神に、アルカは手を止めた。その隙に腕を折られた死神は向こうに逃げる。


 ただ制圧するだけなら一分かからないが、人質がいるため出来ない。離れているのもあり、アルカが全速力で距離を詰めても、人質の首にナイフがつきたてられる方が早い。


どう打開すべきか考えを巡らせていると、こちらに近づいてくる音を捉えた。それはアルカも馴染みのある音で、みるみる大きくなる。そして相手の後ろの茂みから、それが姿を現した。




「魔力自動車!」


「遅いんだよ!」


「早く乗れ」




 慌てたように相手が乗り込んでいく。そして車両に乗るため一瞬、注意が逸れたその瞬間、アルカは全力で地面を蹴った。


 すると、相手はアルカの動きを読んでいたかのように、人質をアルカ向かって放り投げたのだ。


 たまらずアルカはたたらを踏み、急いで人質をキャッチする。何とか衝突とることは避けられたが、相手は魔力自動車に乗り込み発進してしまった。人質を抱えているため、追いかけることすらできず、みすみす逃してしまう。


 相手の方が一枚上手だった。しかし、アルカもただ見ていただけではない。咄嗟に魔力自動車に追跡用ナイフを投げ、車体に刺さっていることは確認できた。


 人質の男性がうめき声をあげた。そこでアルカは、人質が血を流していたことを思い出す。素早く地面に寝かせ、負傷箇所の手当てを始める。


 そこに静香達が確保した三名を連れて到着した。隊員に手当てを任せ、何があったかを報告する。




「死神に魔力自動車か。班長の懸念が現実になったな」




 苦々しい口調で、静香は呟く。


 本部にいる三班の夜勤に連絡を入れると、五分も経たず指示が来た。




「班員が迎えに来るまで待機、及び被害者から事情聴取せよ、だそうだ」




 廃村に移動し、被害者から話を聞く。最初は怯えて、碌に話ができなかったが、焚き火で光を確保し食事を与えると、少しずつ話してくれた。




「今朝からなんです。あいつらが『ゲームだ』って言って、ずっと付け回してきたのは。最初にタクマが捕まって、次は俺が……」




 タクマは彼らのリーダー的存在で、都市でアルカに突っかかって来た人だ。


 手当てをされた彼は、未だ捕まっていない三人に恐怖を与えるために、ナイフを足につきたてられたそうだ。




「あの死神たちは何か話していましたか?」


「あまり覚えていませんが……」




 彼らを追いかけ回し、いたぶる様を語られ、辟易したアルカは話題を変えた。


 覚えていないと言う彼の言葉通り、ほとんど有用な証言は得られなかった。ただ、「確保のついで」や「実験のため」という言葉が引っかかる。


 全員から証言を得たが、どれも変わらず、そうこうしているうちに、太陽が顔を出した。それからしばらくして、見慣れた三班の班員が現れた。


 事情を説明し、その日一日、この事件の後処理に奔走するのだった。

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