第14話 神意教の教会

 アルカとキョウの二人が班長室を出ると、ちょうど昼休憩の時間になる。なので、二人はそのまま昼食をとることにした。


 もそもそとご飯を食べるアルカを横目に見つつ、キョウはいつも通りに、しかし静かに食べ進める。


大した会話もなく昼食を終える。


 昼休憩がただ過ぎていき、終わりと同時にヴィクターに呼ばれる。班長室に再び訪れたアルカ達を確認すると、ヴィクターは口を開く。




「午後から新しい任務を、と思ったが、その様子では後日に回した方が良いか」




眉間に皺を寄せたヴィクターの申し出を、アルカは断る。




「いえ、大丈夫です。私事で仕事を滞らせるわけにはいきません」


「緊急ではないので、滞る事にはならないが、君達がそう言うならいいだろう」




 一拍おいてヴィクターは続ける。




「君達には神意教の情報を集めてほしい。具体的には教徒として神意教内部の者に接触し、この事件について聞き出してもらう。取り調べの様子からも、二人が適任だと判断した」




 神意教に刻印が存在することすら、今回の取り調べで初めて判明したのだ。刻印を入手する時間も、複製する時間も無く、相手次第ではこちらが神意教の教徒かどうか見抜くことが出来ると予想されるため、アルカ達しか適任がいないのだ。




「君たちも知っての通り、神意教は死神を敵視している。よって捜査の途中で妨害行為が発生すると思われる。生命の危険を感じたら、即座に撤収せよ。」


「そこまで危険なのですか」


「……今まで何人もの機動隊員が潜入を試みたが、その後、連絡が付かなくなった」


「えっ……」




 かつて他班の班員も潜入を試み、同じように連絡が付かなくなった。それ以来、潜入は行われていない。また、神意教が関わった証拠も無い為、手を出せずにいたのだ。


 想像以上に危険な任務に、二人は思わず息をのむ。




「本来、これほど危険な任務は多くの経験を積んだ班員が行うべきだ。が、今回に限っては君たち以外に刻印を持つ者がおらず、捜査を行える人材がいない。そして、金の刻印を持つ君たちならば、正面から堂々と入ることが出来ると私は考えている」




 潜入のように秘密裏に行動するならば、今までのように証拠もなく消されるが、神意教の教徒として正面から捜査するならば、証拠隠蔽ができないとヴィクターは踏んでいるようだ。




「ただし、説明した通り場合によっては極めて危険な任務になる。覚悟はあるか?」




 ヴィクターの鋭い視線が二人を射抜く。その視線を真っ直ぐに受け止め、返事をした。




「あります。させてください」


「わかった」




 二人の揺るぎない言葉に、ヴィクターは頷いた。











 アルカとキョウは今、第三区画いる。二人とも私服だが、動きやすさ第一で選んでいるため、行動に支障はない。なぜ私服かというと、機動隊の軍服では、無駄に警戒されてしまう可能性が極めて高いとヴィクターが判断したためである。そして胸元には金の刻印が太陽の光を受けて輝いていた。




「この大通りを右に曲がって真っ直ぐ行けば、神意教の建物の入り口が見えるはず」




 大通りの交差点を右折すると、急に人通りが増える。そして、少し向こうに見える、神意教の建物の前には人だかりができていた。あそこが建物の入り口だろうと目星をつけ、歩き進める。


 のんびりしていると厄介事に巻き込まれる確率が上がるので、足早に歩いていると、キョウが何と無しに呟く。




「何事もなく行ければいいな」


「そんなこと言うと、面倒事から寄ってくるよ。……ほら、来た」


「なんかごめん」




 タイミングが良いのか悪いのか、二人の耳は、こちらに向かってくる複数の足音を捉えた。そして建物の前で、アルカ達の行く道を塞ぐように数人が並ぶ。それぞれ手に鉄パイプやハンマーなどを持ち、こちらを威圧するかのように地面に打ち付けて、アルカ達を睨む。


 その様子を見た一般人は、それぞれどこかに走っていく人、足早に去っていく人、が遠巻きにこちらを見る人に分かれた。


 張り詰めたような雰囲気の中、沈黙を破ったのは、キョウだ。




「通りたいんだけど、どいてくれねぇか?」


「ハッ、ケモノ共が。ここはお前らの居ていい場所じゃねぇ!」




 ケモノ共という言葉に、アルカは眉を顰める。ケモノとは死神に対する蔑称である。動物の特徴を持つ者が多いこと、身体能力が人間とはかけ離れた化け物であることから、そう呼ばれるようになった。


 アルカ達の育った村でも、村人の多くからそう呼ばれていたため、アルカはケモノ呼ばわりされるのが嫌いなのだ。


 そんな様子のアルカを守るように、前に半歩、出るようにして、キョウは笑う。




「くだらねぇな。アタシ達は神意教の教徒だぜ?神意教の建物に向かうのは当然だろ」


「ケモノ共が教徒だと?ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」


「そうだ!」




 周囲からも賛同の声が上がる。


 同時にアルカは疑問が出てきた。今回は堂々と金の刻印を胸元に下げているのだ。確実に相手には見えているはずである。しかし、相手はこちらの言い分などお構いなしに、一方的な態度をとっているのだ。


 理由を考えているうちに、話はだいぶ進んでおり、相手は先ほどよりも声を荒げていた。ヒートアップした事の成り行きを見守っていると、突然、死角から鉄パイプを持った男が出てきて、キョウの頭めがけて鉄パイプを振り下ろしたのだ。


 男の方は、確実にキョウに一撃を入れたつもりだったのだろう。その顔には、ゆがんだ笑顔が浮かんでいた。しかし、それもすぐに驚愕へと変わる。


 振り下ろされた鉄パイプはキョウの頭を打ち付けることなく、キョウが無造作に伸ばした手に掴まれていたのだ。




「オイオイ、これは流石に確信犯だろ。犯罪だぜ」




 襲ってきた男の方を振り返り、キョウは不敵に笑う。そのまま鉄パイプを握る手に力を込める。金属が歪んでいく音に、思わず男は鉄パイプから手を離した。


 そのまま鉄パイプを取り上げると、周囲に見せつけるようにへし曲げていく。何度も折り曲げられグニャグニャに歪んだ鉄パイプを、男の前に投げると、男は恐怖でしりもちをついた。




「アンタらには用はないんだ。通してくれないかなぁ?」




 キョウは何事もなかったかのように言う。


 その様子を見ていた周囲の人は、先ほどとは打って変わり、しんと静まり返った。その眼には恐怖と憎悪が渦巻いているように見える。しかし、一向に退く気配を見せない。


 最初よりも険悪な雰囲気になり、睨み合いが続く。




「このようなところで何をしているのですか」




 そんな張り詰めたような空気を破ったのは、新たに現れた人物だった。声を発した方向を向くと、人垣が割れていく。その先には声を発したであろう初老の男がいた。服装は、アルカ達の育て親である神官が来ていた服と酷似しており、首には銅の刻印が揺れていることから、正式な神官だと推測できる。


 神官らしき男が近づいてくると、それまでこちらを睨んでいた人物たちが一斉に口を開く。




「タルディ神官、このケモノ共が教会に近づいていた。どうにかしてくれ」


「力づくで通ろうとしてきた」


「鉄パイプをこんな風にして、脅してきたんだ」




 等々、一方的な、それも嘘も含まれているようなことを伝える。


アルカ達はタルディ神官と呼ばれた男の出方を探る。彼らの一方的な言葉だけを信じるような人物であれば、情報を得ることは不可能に近いからだ。


すると、タルディ神官はおもむろに片手を挙げて彼らを制した。




「相手が死神であろうと神意教の教徒であるのならば、教会に向かうのも当然です。あなた方こそ、一方的に敵意を向け、危害を加えようとしてはなりません」




 タルディ神官の口から出た言葉に、彼らは目を瞬く。アルカ達は感心したようにやり取りを観察する。




「でも、こいつらはケモノで……」


「私の言葉が聞こえませんでしたか?神意教の教義に、死神を差別せよ、などという言葉はありません。あなた方の言動すべてが神意教の評価に繋がることを自覚してください」




 彼らの意見をスッパリと断ち切って、タルディ神官はアルカ達を真っ直ぐに見据える。




「初めて見る顔ぶれですが、神意教の教徒でいらっしゃいますね。教会を案内いたします。ついてきてください」




 そう言って、教会の方へと歩きだす。


 アルカは一度キョウと顔を見合わせた後、その背中に続いた。











 アルカは神意教の教会の造形を興味深そうに眺め、キョウは見上げて、あんぐりと口を開ける。第三区画の建物とは思えないくらい立派なのだ。第一区画の国会議事堂にも引けを取らないほどの建物で、神意教の大きさの一端を垣間見た瞬間であった。


 教会の入り口の巨大な扉が開かれ、タルディ神官とともに内部に入る。そのまま客室と思しき部屋に通された。いかにも高級そうな調度品が並び、かといって派手にならないように落ち着いた印象の部屋で、いやでも格式が高いことが伝わってくる。


 革張りのソファに座るよう促され、お茶とお菓子が出されたところで、アルカ達の対面に座ったタルディ神官が頭を下げた。




「まずは彼らについて謝罪をします。申し訳ありませんでした」


「いえ、こちらはケガもありませんでしたし、彼らを叱ってくれたので言うことはありません。ね?キョウ」


「おう、そうだな」




ここで変に拗らせると情報を聞き出すのに面倒だと判断し、アルカは気にしていないアピールをする。




「寛大な心をお持ちのようですね。流石は金の刻印を持つ方々です」




 タルディ神官は、胸元に輝く金の刻印を見逃していなかったようだ。




「彼らは刻印の意味が分からないのですか?」




 神意教のシンボルマークであり、タルディ神官を始め、彰浩などと話したが、とても重要な意味があるように思えるのだ。しかし、神意教の教徒が意味を分かっていないのが不思議でならない。


 アルカの質問に、タルディ神官は悔しそうな、苦々しい顔になった。




「彼らにとって神意教とは、ただ死神を差別するための道具なのです。もちろん、死神に対する負の感情の受け皿としての役目も神意教にはあります。ですが、あくまでそれは同じような感情を持つ者が共感し、支えあうことを目的としています。誰かを傷つけるものではありません」


「何というか、彼らと考えが根底から違うのですね」




 タルディ神官の言葉は衝撃的であった。機動隊で話されている神意教と明らかに違うのだ。


 そこまで考えて、育ての親が言っていた言葉を思い出し、納得する。




本物の神意教の神官や教徒ならば意味が分かる




 それまでは偽物の神官がいるのかと思っていたが、そうではない。正しく教義を理解した神官、及び教徒ならばわかるということだったのだ。


 アルカはタルディ神官を信用できると判断し、この人から情報を得ることにした。


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