第4話 配属

「疲れた」


「ホントにね」




寮の自室で机に突っ伏しているキョウのつぶやきに、アルカも全面的に同意する。少し本気を出す、と言った大護にいいようにあしらわれたのだ。力も速さも技術も圧倒的な上、まだまだ余力を残していた。




「副班長であの強さで、班長はもっと強いのか」


「想像つかないよね。流石エリート。初めから班員だなんて、私やっていけるかな」




 アルカは弱音を吐く。


 本来、訓練生を卒業すると機動隊員になり、その中でもほんの一握りのエリートが各々の班に入れるのだ。班員は有事の際、隊員を統率する立場になる。また、危険度が高い任務には率先して対応することになる。


 今日の戦闘試験で、現役の班員の強さを体感したからこそそんな言葉が出たのだ。




「大丈夫だって。大護さんも配属されても通用するって言ってたじゃん」


「キョウは気楽に考えすぎだって」


「もし通用しなくても、通用するまで強くなればいいだけだしな」


「単純すぎない?」


「考えてもわからないことに悩むだけ無駄じゃん」




 親友の前向きすぎる発言に、自然とリラックスでき、先ほどまでの沈んだ気持ちが明るくなった。アルカの後ろ向きな考えには、ちょうどいいのかもしれない。


 アルカは、どんな強者がいるか楽しそうに話しているキョウに向けて、確実に来る現実を告げる。




「キョウ、その前にここから機動隊の寮へ引っ越しがあるよ?」




 キョウは目をそらした。


 どうやら、準備や片付けは考えたくないようだ


 引っ越しに伴い忙しい日々が過ぎていった。









「本日付で三班に配属されました九十九 アルカです」


「同じく轟 キョウです」




 アルカとキョウは姿勢を正して自己紹介をする。


 そんな二人を射抜くような鋭い視線が貫く。その視線の主が口を開く。




「三班班長のヴィクター・オルトリッチだ」




感情を感じさせない低い声だった。暗い青色の髪をオールバックにしており、目つきが鋭い上に眉間にしわが寄って、ただでさえ怖い雰囲気に拍車がかかっている。


何か失礼をしてしまったのかと、二人が内心怯えていると、後ろから愉快そうな声が掛けられる。




「班長、新人が怯えています。ただでさえ怖い顔をしているのですから、もっと笑顔で接しないと勘違いされますよ」




 いつの間にか三班副班長の大護が笑顔で後ろに立っていた。


 アルカとキョウは振り返り、ヴィクターは大護に視線を向ける。




「大護、お前はもっと威厳を出せ。そしたら考える。……アルカ、キョウ。二人の教育担当の大護だ。しばらくは大護とともに行動することになる。顔も中身もふざけたやつだが、仕事と実力は一流だ。学ぶことが多くあるはずだ。よく励むように」


「はい。よろしくお願いします、副班長」




 さらりと大護をけなしつつ、ヴィクターは続ける。




「あと、君たちには機動隊員とともに都市外調査にも行ってもらう予定だ。まだ先になるが、決まり次第通達する。質問等は大護にするように。以上だ」




 そう締めくくると、机の上の資料に目を通し始めた。


 ヴィクターの話が終わったところで、大護から声をかけられる。




「ではさっそくですが、見回りに行きましょう。質問は移動しながら受けます」


「はい。わかりました」


「ではついてきてください」




 二人は班長室を出て、大護の後をついていく。歩いている間、大護のおしゃべりは止まらない。




「驚いたでしょう?班長はおおよそいつも眉間にしわが寄っていて、目つきが鋭いです。しかし決して怒っている訳ではありません。あれがデフォルトです。あまり気にしなくていいですよ」


「そうなんですか」




 大護の言葉に二人は安堵する。




「そうです。それに班長はとても強いです。今までに何度か手合わせをしましたが、すべて負けました。加えて、実績も数多くあります。一番有名なのは“北部戦役”でしょうか。」


「北部戦役?」


「50年ほど前、札幌にあった都市が不死者の大群に襲われました。その戦い全般のことを“北部戦役”と呼んでいるのです」


「50年前!?班長は何歳なんですか?」




 思っていた以上に昔に事に、二人は驚く。見たところ、二人の目には班長は30代後半に見えたのだ。




「70は超えていたはずです。もともと死神は寿命が長く、老化が遅いですが、班長は中でもかなり若作りですね。うらやましいです」


「70……」




 見た目と年齢が一致せず、何とも言えない顔になる。そんなことはお構いなしに大護の話は続く。




「他にもテロ組織を幾つもつぶしていますし、死神の持つ魔力についての研究もしています。」


「なんというか、とてもすごい人なのですね」


「ええ、とてもすごい人です。……っと、到着しましたね」




 そこは広い空間になっており、何台もの車両が止まっていた。




「魔力自動車ですか」


「ええ、機動隊や軍、警察、一部民間にしか出回っていないものです。便利ですがその分高価で、そもそも動かすのに魔力が必要で一般人では使えませんね」




 魔力自動車のドアを開けつつ、二人にも乗るように促す。


 アルカは緊張気味に乗り込み、キョウは興味津々とばかりにあちこち見まわす。




「運転には免許が必要なので、二人にも取ってもらいます。乗れるようになるととても楽しいですよ」




 慣れた手つきで魔力自動車を操作し、機動隊本部を後にする。


 流れていく風景を眺めていると、前方にひたすらに長く物々しい壁が見えてくる。




「第一防壁……」


「なんというか、改めてみるとでけぇな」


「300年前この世界に大変革が発生し、死神と不死者が生まれました。その当時の人々が作り上げた物です。この防壁を不死者が越えると日本が滅びる、と言われています」


「いままでに一度も不死者を通したことがないのですよね?」


「その通りです。もしこの第一防壁を超えて第一区画に不死者が入ったなら、日本史上最大の危機というわけです」




 ちなみに第一区画には、国の重要機関や、緊急用のシェルターなど様々なものがあります、と付け加える。


 門で警備をしている機動隊員に情報端末を見せ、第一防壁を抜ける。




「ここから先は第二区画です。住居だけでなく、娯楽施設や多種多様な店舗、博物館など様々あります。といっても訓練生時代の休日にはよく来ていたと思いますが」




 大護の言葉に二人は苦い顔になる。それに気づいた大護に説明をする。




「私たち、休日もほとんど訓練していたので、あまり第二区画に来たことないんです」




 その言葉に大護は、目を見開く。




「ええ!娯楽は人生に一番必要なものですよ!まだ若いのですから、目一杯楽しまなければ!」




 大護の力説に二人は若干引き気味になりながらも頷く。


 そうしているうちに、きれいに区画整理され、たくさんの人が行きかう光景が窓の外に広がる。楽しそうな表情で行きかう人々に、建物から流れる陽気な音楽。訓練ばかりで来たことがない場所に、アルカは興味深そうに、キョウはいささか興奮気味に周囲を眺める。




「ここが第二区画でも最も賑わう場所です。比例して事件なども多いですので、時間を見つけて散策がてら地形を頭に入れておくといいですよ」




 魔力自動車が進み、いくつもの建物を通り過ぎてゆく。


 そして再び長く続く壁が見えてきた。


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