強奪と報酬 ③
翌日。
静沼いちずと私は学校を欠席してラブホテルに来ている。鏡張りのベットに寝そべり、修宇あいの名前を表示した。
「二作が電話すれば彼女はすっ飛んでくる」
私が久しぶりに電話をかける。色々話したいから来てほしいと、なかなか出られない場所へ連れていく。身元を押さえて、彼女がカソから抜け出せるように距離をとらせる。
「そんな簡単に行くかな」
「あいは二作を愛してるからね」
「そうかな」
私は電話をかける。コール音が長く鳴って、応じた。後ろの方で女性が話している声がする。あいはもしもしと一言さえ出さない。
静沼に目線で助けを求めると、頷かれた。
唾を飲んで話しかける。
「あい、元気?」
「……」
「今まで返事出来なくてごめんなさい」
「うん」
線香花火のような眩さが胸に差し込まれた。火が四方に飛びちり、呼吸がままならない。たまらなく愛おしい思いに縛られると、涙が出そうになると知った。電話かける前は平然としたのに、電話かけたとたん揺れる。
「あ、あの。あなたが苦労してると知って、今すぐかけたかったんだ。でも、勇気がなかった。私のことを調べただろうし、何をしようとしたのかバレるのが怖くって。その、いま静沼さんといるの。その、会いたい。いま、あなたにすごく会いたい。全部話したい」
静沼のことを話してしまった。秘密にしてから匿うつもりだったのに。文化祭前日までの見て欲しい私のイメージが壊れる。
「もうダメかな」
「どこにいるの?」
「前に行ったホテル。あの場所は学生でも入れるし外からバレないから」
「わかった」
電話を切られた。私は耳から離して、顔が暑くなっていることを遅れて理解する。頬に手を当て、涙がまだ流れてくれたら良いなとそのままにした。
「は、話しちゃった」
「ううん、ありがとう」と、静沼。
ラブホテルで号泣するのも滑稽な話だ。マッチングアプリを活用する上で、このホテルの有効性を気づいた。まず学校の人達は寄り付かない。噂される心配もなかった。そして、スタッフが確認しない。制服で入らなければ誰でも利用できる。ここは密室の穴場だ。万が一、二作かりんと修宇あいがデートしてると言われないように警戒していたが、功を奏した。
「辛い役目をおわせたね」
そういうと、動揺で肩が上下する私を慰める。背中に手を当ててくれている。なのに、ふと思い出したことがあった。
「ふふっ」
「え、何? こわい」
「いやごめん。百合のこと思い出した」
「近いことあったの?」
その優しさは意識を遠くに持っていかせる。静沼にも人並みの余裕は持っていたと、怒られそうなことを考えてしまう。何か話しをさせて安堵させたいのだろうと冷静に判断し、百合を思い浮かべる。
「私と別れるときに同じことを言った。百合はホント最後まで変わってた」
「調べた限りでは地車に似てる」
地車は私の想像によれば正しさが好きな人で、百合は違う。正しくあれる環境だから身を任せてる人だ。
「裕福な人しか優しくなれないって百合はよく教えてくれた。好奇心があるから率先して活動してたな。私が告白したときも、『誰かが支えてくれる』という環境下を体験したいから良いよって」
「私には魅力が伝わらないな。変なやつって感じだけど」
「照れる顔とか可愛かったんだけど、心が離れていった」
彼女は私のことを等身大で愛してくれていたと思う。そう思えるほど一緒にいろんな所へ行って、喜びや悲しみを共有した。しかし、彼女が愛しているのは私との関係で、私自身じゃない。愛することが正しいから、愛しているという機械的なもの。長く過ごせば、私のことを飽きているのか返事もぞんざいになる。私への興味が薄くなっているのを自覚した。これ以上失望されたくなかったけれど、離れることも出来ないでいた。
「転校がきっかけで別れたの?」
「そもそも転校の理由が近いんだ。私が百合と付き合っていると親にバレた。だから、祖母の面倒を見るという名目で転校することになった。母は理由を一切語らなかったけど」
母は私のパソコンの履歴を閲覧したことがある。まだ百合と付き合う前に私がレズビアンなのか診断した。そのサイトが転校前に開き直されていたわけ。見ないふりをされた。
「そう聞くと、百合さんはあなたのこと考えていたんじゃない?」
「え?」
「これは、二作を励ますために楽観視するけど、百合さんは二作の事情を知っていた。だから、辛い役目をおわせたねって言った。二作の心を案じているよ。そもそも、別れ話したのは二作だから、ビクビクした態度が相手にも伝わっていて、辛い役目をおわせたねって言ったのかも」
「そうかな」
もう彼女の評価を第三者視点で行えない。これまで一緒に過ごしてきた累積が冷静さを欠かせる。静沼の解釈に到達する前に逃避してしまう。
「まあ私は2人のことをちゃんと知らない。だから気配りせず話すんだけどね」
「その方が助かるよ。今回に限っては」
「でも良かったじゃん。そこまで深く自分を知れる機会があって」
「うん」
もう百合を思い出すとしたら、別れ話の前後を必ず想起させてしまう。楽しいことばかりじゃなくなっている。
もう会わない。二度と触れないからこそ幸せになればいいと願えた。
「いる?」と、その時扉がノックされる。
私はあいの声を聞けたとドアノブを回した。立っていたのは修宇あい。
「あれ、この2人がお友達なんだ」
「そうです姉さん」
それと、路林和子の姿だった。
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