第42話:自警団員アリシア 20

「――アリシア!」


 薄らと瞼が持ち上がると、ぼやける視界の中に映し出された人影を見て、自然と笑みを浮かべていた。


「……おとう、さん」

「あぁ、アリシア! 先生、アリシアが目覚めました!」


 ベッドの横でアリシアが目覚めるのを待ち続けていたアーノルドがバタバタと部屋を飛び出していく。

 意識がまだボーッとしている中で、アリシアは視線を左右に向ける。


(……私の部屋だ。……私、生きているのね)


 徐々にはっきりしていく意識の中で、アリシアはどうして自分がベッドの上で横になっているのかを思い出していく。

 シザーベアと一戦を交え、アーノルドが大怪我を負ってしまい、そのあとが……そこまで思い出すと、アリシアは自分の両手に視線を向けた。

 グッと力を入れると痛みが走ったが、それでも構わないと言わんばかりで右腕を持ち上げる。


(……聖女の神託は、まだないわよね。……あの時、どうして魔法が使えたんだろう。それも、最高ランクのパーフェクトヒールなんて)


 前世でアリシアがパーフェクトヒールを使えるようになったのは、聖女になって五年以上経った時だった。

 それも聖女教育を毎日ボロボロになるまで行っていた生活を続けた末でのことだったのだ。


(……ダメね。まだ、頭の中がぼんやりしているわ)


 考えようにも頭の中で考えが上手くまとまらず、アリシアは一度大きく息を吐き出した。

 このタイミングでアーノルドが医者を連れて戻ってくると、そのまま診察に移っていく。


「……だ、大丈夫でしょうか、先生?」

「……ふむ……うんうん、問題ないね」

「本当ですか?」

「脈も正常じゃし、見た感じも元気そうじゃからな」


 医者は柔和な笑みを浮かべながら椅子から立ち上がると、ポンとアーノルドの背中を叩いてから部屋を出た。

 アーノルドは先ほどまで医者が座っていた椅子に腰掛けると、アリシアの手を取って微笑んだ。


「本当によかったよ、アリシア」

「……私も、お父さんが無事でよかった」

「私が無事なのはアリシア、君のおかげなんだろう?」


 アーノルドの言葉を受けて、アリシアの心臓が早鐘を打つ。

 あの時、アーノルドを助けたのは間違いなくアリシアのおかげだろう。

 しかし、その事実をアーノルドが知っているということは、アリシアが聖女であることが多くの者に知られてしまった可能性が高く、彼女にとっては予想外の出来事でもあった。


「……あの、その」

「安心しなさい。あの場にいた者たちは私以外には誰にも話していないそうだ」

「……そ、そうなの?」

「あぁ。回復魔法だなんて、こんな田舎の村では見たことのない代物だからね。知られれば悪用しようとする者も現れるだろう。だから、口止めをしたんだそうだ」


 その言葉を聞いて、アリシアはホッと胸を撫で下ろした。

 いずれバレることだが、できる限り自分が聖女であること――のちに聖女となることは秘密にしておきたい。

 アーノルドも言った通り、いつ誰に利用されないとも限らず、さらに言えば聖教会に聖女が生まれたとこんなにも早く気づかれるわけにはいかなかった。


「ありがとう、お父さん」

「お礼はゴッツに伝えておこう。何せ、口止めを指示したのはゴッツだからな」

「そっか。うん、わかった。それとお父さん、回復魔法については他に誰が知っているの?」


 変にぼろが出ないようにと、アリシアは事実を知っている人を確認しておく必要があった。


「ゴッツ、シエナ、それにヴァイスだ」

「シエナさんに、ヴァイスが……」

「……なあ、アリシア」


 ヴァイスの名前が出たタイミングで、アーノルドは真剣な表情を浮かべた。


「私はアリシアが無事だったことでホッとした気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいだ。だが、それと同時に怒ってもいるんだ。何故だかわかるね?」


 アーノルドの言葉に、アリシアは無言で頷いた。

 あれほど村に留まれと言われていたにもかかわらず、アリシアはヴァイスと一緒になって村を飛び出して森に入った。

 怒られて当然、もしかすると今後は剣を教えてもらうことができなくなるかもしれない。

 そう考えると、他にも方法があったのではないかと思えてならなかった。


「……本当に、ごめんなさい」

「反省しているんだね?」

「……はい」

「そうか。……わかった、それならいいんだ」

「……え?」


 あっさりと許しを貰えたことに、アリシアは驚きの声を漏らしてしまう。

 そして、次にアーノルドがいつものように大きな手でアリシアの頭を撫でると、彼女の瞳からは自然と大粒の涙が溢れ出していた。


「怒っているんだが、やはりアリシアが無事だったことに安堵しているんだよ。本当に、戻ってきてくれてありがとう」

「……うぅ、うぅぅ、うわああああん! ごめんなさい、お父さん! ごめんなさああああい!」


 アーノルドの大きく逞しい胸の中で、アリシアは再び眠りにつくまで泣き続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る