第19話:剣士アリシア 13

 アリシアが剣を習い始めてから七日が経過したある日、朝ご飯を食べて詰め所へ向かう準備をしていると、家のドアがノックされた。


「はーい!」


 返事をしながらドアを開けると、そこにはジーナとヴァイスが立っていた。


「おはよう、アリシアちゃん」

「……おう」

「おはよう! 今日はどうしたの?」


 二人が家を訪れるのは久しぶりだと思い聞いてみたのだが、何故か黙り込んだままこちらを見ている。

 心なしか元気もなく、ジーナに至っては目に涙を溜めているように見えた。


「ジーナちゃん? 何かあったの?」

「……うぅぅ、アリシアちゃ~ん! どうして遊んでくれないのよ~!」

「…………えっ? うわあっ!?」


 泣きながらそう口にしたジーナは、そのままアリシアに抱きついた。

 抱きついてからも泣き止まない様子から、アリシアはジーナの肩越しにヴァイスに視線を向けた。


「……こいつ、ずっとアリシアが来るのを楽しみに待っていたんだ。だけど、この前大広場で遊んでから一度も来てなかっただろ? 昨日もお昼くらいからずっと落ち込んでいてさ」

「……そうだったんだ。ごめんね、ジーナちゃん」

「うぅぅ……ねえ、アリシアちゃん? 今日は遊べるの? ずっと何をしていたの? 私よりも大事なことなの?」


 ギュッと抱きしめられながらそう言われてしまい、アリシアはどのように答えるべきか悩んでしまう。

 そこに声を聞いて姿を見せたのは、アーノルドだった。


「なんだ、ヴァイスにジーナじゃないか。どうしたんだい?」

「あ、お父さん。……じつは、その――」


 アリシアはヴァイスから聞いた話をそのままアーノルドへ話した。

 するとアーノルドは腕組みをしながら考え込んでいたが、何か思いついたのか顔を上げるとニコリと笑った。


「アリシアは今、剣を習っているんだ」

「えぇっ!? 剣って、アーノルドおじさんから!」

「あ、危なくないの、アリシアちゃん?」


 ヴァイスとジーナは心配そうにアリシアを見るが、彼女は微笑みながら首を横に振った。


「全然危なくないよ。お父さんとシエナさんが注意してくれているからね!」

「そっかー。……でも、それなら私たちと遊べないよねぇ」


 安全だとわかり笑みを浮かべたジーナだったが、すぐに遊べないことがわかり落ち込んでしまう。

 どうしたらいいのかわからなくなっていたアリシアだが、そこへアーノルドが再び口を開いた。


「どうだろう、二人とも。今までみたいに走り回るということはできないかもしれないけど、君たちも訓練場に来るかい?」

「えぇっ!? お、お父さん、それはさすがに危ないんじゃないの?」


 驚きの声をあげたアリシアだったが、アーノルドは普段と変わらない笑みを浮かべながら答えた。


「アリシアのように剣を習うわけじゃない。場所を決めて、そこで遊ぶんだ。それなら、アリシアも休憩の時にヴァイスやジーナと遊べるだろう?」

「そうだけど……どうする、ジーナちゃん?」


 アリシアの中で剣を習わないという選択肢はない。

 故に、彼女はジーナに決めてもらおうと思い問い掛けた。


「……わかった! アリシアちゃんと一緒にいる!」

「いいの、ジーナちゃん?」

「うん! だって、私の一番のお友達はアリシアちゃんだもん!」


 先ほどまでの泣き顔はどこにもなく、今は満面の笑みでそう答えてくれた。


「そうか。ヴァイスはどうする? 君は男の子だし、走り回れた方がいいかもしれないが……」

「俺も一緒に行くよ、おじさん」

「ヴァイス兄もいいの?」

「それと……俺にも剣を教えてほしいんだ!」

「……えぇぇっ!?」


 予想外の言葉にアリシアは驚きの声をあげた。

 だが、アーノルドは予想していたのかすぐに次の言葉を口にする。


「アリシアにも言ってあるが、剣を振るということはとても危険だ。生半可な気持ちであれば、私は一切教えるつもりはないよ?」

「生半可な気持なんかじゃありません! 俺は、ネイド兄みたいに強くなって、この村のみんなを守れるようになりたいんだ!」


 ヴァイスはネイドのことを本物の兄のように思っていた。

 そんなネイドがアーノルドから剣を学ぶためにアリシアの家に通っていることも知っていたが、その時はまだ幼かったからか遊ぶことを優先していた。

 しかし、いざネイドが村を出ていくとなった時、背中に直剣を差した立派な姿を見た時、ヴァイスは彼に大きな憧れを抱いたのだ。


「ネイドは冒険者になったが、ヴァイスは違うのかい?」

「冒険者は……正直よくわからない。でも、剣の腕を磨くことが悪いこととは思えないんだ」

「うーん……なら、剣を習うことに関しては、ご両親の許しを得てからだな」

「い、いいのか!」

「あぁ。しかし、ダメと言われたら私も絶対に教えないからね。それと、嘘もダメだからな?」

「わかった! ありがとう、おじさん!」


 お礼を口にしたヴァイスは踵を返すとそのまま家に向けて走っていってしまった。

 詰め所に行くまでの間に家があるので急ぐ必要はなかったのだが、それでも彼の気持ちを考えると急いでしまうのも無理はないだろう。

 アリシアは右手でジーナと、左手でアーノルドと手をつなぎながら、ゆっくりと詰め所に向けて歩き出したのだった。

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