第7話:剣士アリシア 1
「――お父さん! よろしくお願いします!」
「……まさか、今日からか?」
「もちろんよ!」
翌朝、顔を合わせるのと同時にアリシアからそう言われてしまい、アーノルドは驚きのあまり何度もまばたきを繰り返してしまう。
「……と、とりあえず、まずは食事からだな」
「あっ! そうね、忘れていたわ!」
「……そんなに剣を習いたかったのか?」
「もちろんよ! それじゃあお父さん、急いで食べましょう!」
今日もアーノルドが朝ご飯を作ってくれている。
早足で椅子へ向かい腰掛けたアリシアは、早く食べようと言わんばかりにアーノルドを見つめていた。
「……わかったよ。今日は父さんも休みだから、食事が終わったら庭に出ようか」
「うん!」
仕方がないと言わんばかりにそう口にしたアーノルドだったが、アリシアは特に気にすることなく元気な返事を返す。
その姿を見たアーノルドも覚悟を決めたのか、一つ大きく頷くと椅子に腰掛けてニコリと笑った。
「前に教えていたことは覚えているのかい?」
「うーん……全部を覚えているわけじゃないかな」
「少しでも覚えているのならそれで構わないよ。それじゃあ最初は、アリシアが現時点でどれだけのことができるのかを確かめる必要がありそうだね」
食事をしながら今の状態を把握し、どのように教えていこうかと考えるアーノルド。
真剣に剣を教えてくれようとしている彼の姿を見たアリシアは、それだけで胸が熱くなってしまう。
(そうだったな。お父さんはいつでも、私のことを第一に考えてくれていたっけ)
本来であれば他愛のない話で盛り上がりながらの朝ご飯なのだが、今日に限ってはアリシアのためにアーノルドが口を開くことは少ない。
それが自分のためであると理解しているアリシアも、自分から声を掛けることはなく、ただアーノルドのことを見つめるだけだった。
「……ん? どうしたんだい?」
「ううん。なんでもないよ、お父さん」
「そうか? あぁ、アリシアも早く食べなさい。ははは、考え事ばかりで食事を口に運ぶのを忘れていたよ」
「私のためだもの、全然構わないわ!」
真っすぐな瞳でそう言われたアーノルドは僅かに照れ、微笑みながら食事に戻っていく。
そこから朝ご飯が終わるまではいつも通りの会話となったが、食事を終えるとアリシアはすぐに部屋へと向かい、木剣を手に戻ってきた。
「やろう、お父さん!」
「そうだな、早速始めるとするか」
アーノルドもこうなることを予想しており、リビングに立て掛けてあった木剣を手にアリシアのことを待っていた。
駆け足で玄関を飛び出したアリシアに苦笑を浮かべながらアーノルドも庭へ出る。
天気にも恵まれて雲ひとつない快晴の下、アリシアは真剣な面持ちでアーノルドへと振り返った。
「お父さん、よろしくお願いします!」
「よろしい」
生半可な気持ちで剣を振るわないという約束を、アリシアは覚えていた。
そして、そのことを確認できたアーノルドは大きく頷くと、片手で木剣を握り、剣先をアリシアへ向ける。
「まずは私に打ち込んできなさい」
声音は普段と変わらず、とても優しいものだった。
しかし、言葉が途切れた瞬間からアーノルドの雰囲気が一瞬にして一変する。
何も言わず、ただ見つめられているだけのアリシアだったが、アーノルドから放たれる威圧感を受けて汗が噴き出し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
(……さすがはお父さん、剛剣のアーノルドだわ。本来であれば、こんな田舎の村に収まっていていいような人じゃないものね)
あくまでもアリシアが見てきた中での話だが、アーノルドに勝るとも劣らない実力を持った騎士や冒険者と出会ったことなどほとんどなかった。
身内贔屓だと思われるかもしれないが、事実アーノルドの実力はザナルウェイズ王国でも屈指であり、今より先の事件も彼がいなければ解決しなかったと言われている。
(落ち着くのよ、アリシア。お父さんが攻撃を仕掛けて来ることはないわ。だって、まずは今の実力を見ると言っていたんだもの)
そう自分に言い聞かせたアリシアは、大きく深呼吸することで気持ちを落ち着けていき、アーノルドから放たれる威圧感に慣れるまで動くことを止めた。
彼女の意図に気づいたのだろう、アーノルドが表情を変えることはなかったが、内心で感嘆の想いを抱いていた。
どれだけの間そうしていただろうか。
時間が過ぎていくのも忘れて、アリシアは木剣を構えた状態で立ち続けている。
アーノルドも手を抜こうなどということはなく、最初の威圧感を維持したままアリシアと対峙していた。
(……動くか)
アーノルドがそう思った直後――アリシアが木剣を持ち上げて前に出た。
※次は12:03更新です!
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