鳥籠の島⑦

 部屋に戻ったのはいいものの、何とも言えない空気がただよっていた

 昨日までの強気な態度はどこへやら、随分とおとなしくなった小鳥さんは、緊張きんちょうした面持ちで座り込んだまま身を縮ませて動かない。

 まるでおぼこ娘だなと思ったけれど、それを言ったら怒られそうなので黙っておく。

 多分あれだ。昨夜は酒が入ってたから平気だったけど、冷静になったら恥ずかしくなったとか、そんな感じだろう。


「とりあえず飲む?」


 缶チューハイを手渡すと、彼女はちびりちびり飲みだした。

 うーん、どうにもやりづらいな。

 開き直れとまでは言えないけれど、そこまで硬くなられると俺も困る。何を言ったら良いのやら……。

 昨日の事は気にするなと言えればいいのだけど、それを俺から言うのは違うというか良くない気がする。

 そうして連れ出したくせに時間だけが過ぎていった。

 ただ、何も起きない訳ではなかった。

 静かに酒を飲みながらも時折、ぽつりぽつりと会話が生まれていた。


「正直さ、ここまで長く休んじゃうと帰るのが億劫おっくうだよ」

「わかるかも。私もフェリーが動き出したらまたお客さんが来るし、めんどくさいー」

「小鳥さんは料理長だもんね。宿泊者が増えたら大変そうだ」

「料理長というか、料理もやるってだけよ。お母さんやお父さんが作るときもあるし」

「あ、そうなの」


 調子を取り戻し始めたのか、少しずつ饒舌になっていく。


「昔はお母さんが全部作ってたし、レシピを書いたのもお母さんだし。私は再現してるだけー」

「それが出来るだけでもすごいけどな。僕なんて普段カップ麺ばっかだし」

「うわ、身体に悪そう」

「仕方ないだろ。料理は苦手なんだよ」

「ふーん」


 やたらとしたり顔でこちらを見てくる彼女に「別に良いだろ」と吐き捨てる。

 というかカップ麺しか食べない訳じゃないですし。コンビニ弁当とか、サラダも食べるし。今時は料理なんてできなくても中食で何とでもなりますし。


「じゃあ、さ」


 少し照れた様子で、しかし真っすぐに僕の目を捉えて、微笑みながら彼女は言った。


「私がご飯を作ってあげようか」


 と。


「それって―」

「い、今のは!えっと……。責任!そう責任よ!ほ、ほら流れだったから仕方ないとはいえゴムが無くてナマでヤっちゃったし!責任?取ってもらおうかなって!」


 恥ずかしさを紛らわせようと早口で言っているけど、どう考えてもその発言の方が恥ずかしい。思わず、


「女の子なんだからもうちょっと言葉を選ぼうよ!」


 と叫んでしまった。


「うっ……」


 言葉に詰まり困ったような顔の彼女を見た僕は気づけば手を取り「お付き合いしてもらえませんか?」と口に出していた。

 きっと彼女はある種の熱病のようなものにかかってしまっているんだろう。多分、僕も。

 今は彼女のすべてが愛らしく、離したくなかった。

 本音を言えば、家にさそえたら「都会においでよ」なんて言いたかった。でも所詮は1週間。そう、出会ってから1週間しか経っていない。

 酒の勢いで手を出した僕が言うのも何だけど、短絡的に誘っていいようには思えなかった。

 驚いた様子ながらも彼女はぱぁっと目を輝かせ、


「よろしくね!“やっぱやめた”とか無しだからね!」


 僕に抱きつきキスをした。

 こうして僕は小鳥さんと付き合うことになった。

 その翌日無事に過ぎ去った台風のお陰で再開した午後のフェリーに乗ることが出来た僕は、1週間ぶりに家に帰ってこれた。

 久々に帰る家は何だか伽藍がらんとしているように感じて、寂しい気持ちになる。

 とはいえ、帰って感傷に浸ってる余裕があるはずもなく、翌日から土日を返上するほどの忙しい日々を過ごし、あっという間に1か月が過ぎた。

 その間もSNSや電話などで連絡は取り合ってはいたが、小鳥さんも宿が忙しいらしく、愚痴ぐちをもらしていた。


『ようやく客足が落ち着いてさー。もうくたくただよ……』

「お疲れさん。頑張ってるみたいだね」

『めっちゃ頑張った。これでやっと―』

「やっと?」

『やっぱなんでもない!忘れて!』

「何それ、めっちゃ気になるんだけど」

『だーめー!忘れろー!』


 これは聞けなさそうだ。

 宿にいる間も思ったが、小鳥さんは少し、いやかなり我が強い。無理に聞き出そうとしたら多分キレる。

 何を言おうとしたのかめちゃくちゃ気になるけど、仕方ないか。


「そ、そういえば、今度の日曜って休みなのよね?」

「そうね。久々に何の用事もないし家でゴロゴロしようかと思ってるよ」

「そうだね。それがいいよ」


 なんか、怪しい。妙に口早だし、家に居てほしい理由でもあるのか?


「ずっと家にいるのもあれだし、映画とか見に行っても良いかなとか思ってるんだよね。ほら最近話題になってるインドのダンスのやつ」

「折角の休みなのに出かけたら疲れちゃうし、家に居なよ」


 やっぱり家にとどめようとしてるよな。


「なに、日曜日何かあるの?」

「何もないよ」

「ほんとに?」

「ほんとだよ」


 やや食い気味に彼女が答える。

 僕は確信した。何かあると。でもまあ、ここは素直に従っておくとしよう。おそらくは、こっちまで遊びに来るとかだろう。

 もし来たらどこかに連れて行ってあげようかなとか、そんなことを考えていた。

 

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