積もりし雪が溶ける時⑧
寒空の下で話をするわけにも行かず、仕方なく
この時点で色々と
曰く、家の空気が悪くなり居心地が悪くなったため、俺のところに来たのは石崎家に関係のない相手だから、とのこと。
「お金ならお渡ししますので、泊めていただけませんか?」
「いや……。金の問題じゃ……」
どうするべきかほとほと困り果てていると、携帯に着信が入った。表示されている名前は
「もしもし」
『もしもしー。夜分遅くに申し訳ありません。石崎ですけれど、少々よろしいでしょうか?」
「……美雪さんのことですか?」
『あ、そうですそうです。やっぱそこにいたか』
電話口の声は特に焦っている様子でもなく、怒っているいる様子でもなく淡々と聴こえた。
「お父様からですか?」
電話の相手が恵介さんと気づいたらしい彼女がそう聞いてきたので、
これで恵介さんに迎えに来てもらえばいい。そう思っていた俺はいくつかの事務的なやりとりをした後、信じられない言葉を聞いた。
あまりにも信じられなさすぎてマヌケな声で思わず「今、なんと?}と聞き返してしまったほど。
『ですから、しばらく美雪を預かってもらえませんか?』
「………………」
言葉が出ずに
『美雪の生活費や生活用品はこちらで用意しますので―』
そう続けて話し始めた。俺の返事など待ってないとばかりに話し続け、たまに美雪さんが話に横槍を入れ、気づけばこの家に美雪さんが住むことになっていた。
いや、弁明をさせてほしい。誰にというか自分に。
まず美雪さんが家出をしてうちに来た理由についてだけど、どうやら修行のためらしい。今までは言われたことをするだけの箱入り娘だった美雪さんは、先日の婚約騒動から自分が1人では何もできないただの小娘だと思うようになったそうだ。
世間の感覚とズレていると言うのは理解できる。そうでなかったら俺みたいなおっさんの家に転がり込もうなどとは思わないだろう。
そして、もう一つ。これも婚約騒動かららしいのだが、どうやらお母さんとの仲が悪くなったというか、あまり顔を合わせなくなったらしい。また、お母さんが居るときは家の中が居心地の悪いものになっているのだとか。あれから何があったのかは聞いていないが、まあ恵介さんの説得とやらで言い合いにでもなったのかもしれない。
とまあ、理由を並べられたけれど、おそらくそれらは本心ではないと思う。なぜなら、彼女はうちに住むことが決まってから楽しそうな顔をしているから。
きっと彼女は知ってしまったのだ。
俺も大学進学で田舎からこっちに来て似たような思いをしたからわからなくもない。
もちろん、うちに住まわせるのを決めたのはそれだけが理由ではない。
美雪さんが恵介さんにどんなメールを送っていたのかはわからないが、彼は初めから美雪さんに肩入れしていたのだ。
『居場所がわからなくなるより、連絡先も解っている
とかなんとか。その後も熱心に頼み込まれては流石に断りきれなかった。決して生活費として送ると言われて提示された金額が想像より1桁くらい多かったからとかではない。断じて。
一応、受け取りはしたけれど自分で持つのは怖いのでそのお金の管理は美雪さんに
こうして俺、
なっちゃったのである。
恵介さんからは『もし娘に手を出したら、その時はわかっているね?』と言われております。そんなこと言うくらいなら一緒に住むことを断固として拒否してほしかったな……。
その夜は既に遅かったのもあり、翌日の朝にこれから美雪さんが住むにあたってのルールなどを軽く話した。
トイレは必ず鍵をする。
風呂については洗面所の扉に入浴中の返し札を取り付けてお互いに
お互いの寝室へは立ち入らない。
家事は分担とするが、美雪さんが覚えるまでは共同とする。
など、特にプライベート空間に関するところはきっちり分けることにした。なんせ事故でもなんでも裸なんて見てしまったら恵介さんに○されてしまう。
そうならないためにも美雪さんの部屋は、半分物置となっていた部屋を片付けて使わせることにした。片付けが終わるまでは俺のベッドで寝てもらい、俺はソファで寝る。
さほど物が多いわけでもないので週末の休みで片付けて掃除すればいいだろう。
「雅幸さん。おかえりなさい」
「う、うん……。ただいま。なんか、こう、すごいね」
そう思っていた俺が翌日、仕事から帰ってきて目にしたのは、どこからともなく現れた高級そうなベッドにクローゼットなどの家具が設置された部屋だった。美雪さん用の生活用品を送るとは聞いていたけれど、まさか1日でここまで様変わりするとはな。もうなんとでもなれだ。
投げやりに思考を
ちなみに元々その部屋に置かれていた荷物はリビングの端っこに置かれていました。
美雪さんは家事はやったことがないと言っていたが、少し教えたらすぐに覚えてくれた。
元々
そんなこんなで、1月経った頃には、
「おかえりなさい。雅幸さんお夕飯出来ていますよ」
「ただいま。何作ったの?」
「今回はシチューです!」
「お、いいね。外は寒かったからぴったりだ」
このように料理を作って帰りを待ってくれるようになっていた。
これがまた美味しいのである。少し前まで料理なんて学校の授業でしかやったことがないと言っていた人が作っているとは思えないほどに。
しかも、当番制にしたはずなのに家事もほとんど彼女がやってくれている。
「覚えたら楽しくなっちゃいまして」
なんて言いながらやってしまうのだ。俺のパンツに戸惑っていた彼女はどこへやら、気づけば平然と干しているのだから人は変わるもんだ。
個人的には受験を控えているのだから、家事は任せてくれてもいいと思っているのだけど、美雪さん曰く「普段から勉強しているので焦ってやる必要はない」そうだ。
ならばせめて勉強の手助けが出来ないかと思い彼女の使っている参考書をチラ見してみたのだけれど、全くわからなかったので、そっと目を逸らしました。
恵介さんの方へはメールで美雪さんの生活について報告している。
もちろん、プライバシーに関わるものは伏せている。「俺のパンツとか干してくれてますよ」とか言ったら何されるかわかったもんじゃない。
まあ、色々と
「雅幸さん!」
「んー?」
「受験が終わったら、その、ご褒美と言いますか……」
もじもじと何か言いたそうにする彼女にそっと微笑む。
「そうだね。遊びに行こうか」
「はい!」
歳の差を考えろとか言われそうだけど、毎日のように笑顔で出迎えてくれる彼女に惹かれない男がこの世に居るとは思えない。
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