第12話:小島先輩

 昼休みに体育館でバスケをしていたら、知らないヤツに声をかけられた。



「1年集合!しゅーごーーーーーっ!」



 見れば、男8人がこちらに声をかけているようだった。

 上靴の横のラインの色から3年らしい。

 大声を上げていた一人を「チャラ男先輩」と名付けよう。


 人数だけなら、俺たちよりも多い。

 ただ、男ばかり8人はバランスが悪い。

 まず、「8」というのが偶数だ。

 2で割り切れる時点で興ざめだ。


 昔から、チームは奇数で集まった方がバランスがいいという。

 例えば、1人、2人、3人は良いとして、4人の場合、2人、2人に意見が分かれた場合、それ以上発展はなく、分裂していく。


 2で割り切れる人数はあまり良くないのだ。



「ここはいつも俺たちのコートなんだよ。俺たちに渡せ」



 出た!高校名物理不尽なやつ。

 マンガやラノベだけの存在と思っていたら、現実にも存在していたとは。

 いや、むしろ現実の方がそういうやからが多いという話もある。


 そして、よく見たら いつもここでコートを占有しているヤツらだ。

 なんか友好的には見えない。


 背は高いけれど、それほどカッコいい訳でもないし、喋り方、声のトーン、表情の作り方を見てもモテる感じじゃない。

 少なくとも俺が目指す「ヒーロー」とはかけ離れた存在だった。



「神聖なコートで女とチャラチャラしてんじゃねぇ!」



 チャラ男先輩が一人、ずいっと前に出て言った。

 どうやら、こいつがリーダーらしい。


 反射的に俺とノリタカ、イツキが前に出て、女子達を後ろに隠す。



「俺たちも青春させてくれよ」



 立ち尽くす俺たちを、チャラ男先輩が下から舐めるように見上げて言った。

 捉え方によっては下世話な話なのだが、年上というだけでそれが許されるのならば世の中は間違っていると思う。



「そんな三下みたいなセリフだから女子にモテないんじゃないですか?」


「なんだと!?」



 本当にモテないかどうかは知らないけれど、その反応で大体のことは分かる。


 別に煽りたかったわけじゃないけど、俺が煽らないといけない雰囲気だった。

 だって、空気ってあるじゃない?

 女子たちに目を向けさせないためにも。


 自己犠牲と言ったら聞こえはいいけれど、彼女たちになにかあったら取り返すことはできない。

 それならば、多少の被害があったとしても俺が受け止める方が何百倍も被害は軽いと言うものだ。



「お前らなんだろ? 食堂で3年のエリア使ってるっていう1年は」


「そういう先輩は誰なんですか?」


「俺は小島だ」


「……知ってる?」



 俺が振り返ってメンバーに聞いてみたけど、みんなそれぞれに知らないというジェスチャー。



「誰も知らないですね」


「『男バスの小島』って言ったら有名だぜ」


「パンパースの小島!?」


「男バスだ!」



 なんか、三下感が否めない先輩だ。

 チャラ男先輩改め、小島先輩、と。

 俺は頭の中の情報をアップデートした。


 普通の人よりも嫌な人の方が名前を憶えやすいというのは皮肉な話だ。

 俺は、この「小島先輩」の名前を憶えてしまった。



「よーし、分かった。バスケで勝負だ! 俺たちが勝ったら女子達をマネージャーにもらう!」



 声高らかに小島先輩が宣言した。



「え? 普通に嫌ですけど」


「なんだと!?」


「普通に先輩たちが割り込んできてるだけなんで、勝負も何にも俺らにメリットないですし。第一、女子は賞品じゃないから賭けで女子マネとか、昭和のマンガじゃあるまいし」


「ぐっ」



 先輩が図星を突かれて怯んだ。



「ヒロ、お前誰にでも容赦ないな」



 なんか、味方側のノリタカから言われたんだけど……

 背中から味方に撃たれた様な気分だ。



「……お前らが勝ったら、今後もコートを使っていい!」


「じゃあ、先輩が勝ったら、俺が腕立て100回でもやりますか?」


「おい、ヒロ。相手は男バスって……大丈夫かよ」



 これで矛先は俺にだけ向くはず。

 負けても腕立て100回やればいいだけだ。


 ちなみに、毎日数で言えばこれ以上やってる。

 効率を考えれば、1回10回~20回にして、3セット程度でいいらしいけど、この場合の100回は罰ゲームのパフォーマンスだ。



「よーし、お前らとお前らで3ON3だ!」


「いや、俺と小島先輩の1対1で……」


「おおおおーし!燃えてきた!やったるどー!」



 俺が止めようとしたのを、ノリタカがノリノリで乗っかってしまった。

 あ、失敗したヤツだこれ。


 昼休みの間に体育館のバスケコートで、今後どっちがコートを使うかの勝負になってしまった。


 こちら側は、ノリタカ、イツキ、俺の三人。

 小島先輩側は、先輩A、先輩B、小島先輩。


 エマがワクワクした目で見てるし、ラムが「ガンバー(棒読み)」って言ってるし、ネコは相変わらず無表情で無言、トトだけがアワアワ慌てている。


 トトみたいのが一人いると、逆にこっちが冷静になっていくから俺にとって割と貴重な存在だな。



「先輩方、準備運動は要らないんですか?待っててあげますよ?そのままでアキレス腱切らないでくださいねぇ」



 バスバスと力強いドリブルをしながらノリタカが煽る。

 このドリブルを見ただけで、こいつが経験者だと分かる。


 俺との時は本当に遊びだったに違いない。

 しかも、不意打ちに近いスタートだったから、本気が出せてなかったはず。


 相手は遊びなのに俺は本気でやって勝つってカッコ悪いやつだ。

 俺、いま相当カッコ悪い。

 ヤバい。

 なんとかしないと、遊びのヤツに本気で向かっていって、勝ってドヤ顔したヤツという十字架を一生背負って生きていかないといけない!


 *


 小島先輩、先輩A、先輩B、三人とも背が高い。

 特に、小島先輩なんて180センチ超えているだろう。


 先輩Bなんて背も高いけれど、体格がすごい。

 あれでよくバスケ部だと名乗れるなと思えるほど、身体がごつい。

 バスケ部ではなく、相撲部と言われた方がまだ納得できるくらいだ。


 背が高いからバスケをやっているのか、バスケをやっているから背が高くなるのか。


 ちらりと、横にいたエマを見てみた。

 

 ……どうやら、バスケをやると背が伸びるというのは単なる噂らしい。



「おい、ヒロ。いま、なんか失礼なことを考えただろう!」



 バシッとエマが俺の背中を叩く。


 彼女は女子なんだけど、ショートカットというのもあるし、体育会系というのもあって、どこか男同士の付き合いみたいな気軽な付き合いができるところがある。

 これはこれで良い距離感。


 なんか、気持ちが落ち着いた。

 正直、これまで練習してきたのは、1対1のことばかり。


 3ON3だと通じないこともたくさん思いつく。

 しかも、1ON1でも足りないことは まだまだたくさんある状態。



 *



 「ほらよ、お前らから先攻でいいぜ」



 小島先輩からボールがパスがきた。

 これを一旦相手に渡して、それが返ってきたらスタートだろう。

 ただ、このパスもパスはパス。


 俺は受け取った瞬間、重心を極限まで低くしてゴール目指してドライブを走らせた。

 後ろから「ちょ、待てよ」なんてキムタクの物まねのようなセリフも聞こえたが、こういう時は止まってやる必要なんでない。


 散々練習したレイアップでボールがネットに吸い込まれたところで周囲を見た。



 違う!

 今までと違う!


 

 今まで1ON1しかやってこなかった、俺にとってゴールは一旦終了で、一区切りつく場面。


 ところが、ノリタカ、イツキも含めてコート内の全員が既に次の動きをしている。

 さらに、俺も含めて6人もコート内に人がいて、それぞれバラバラに動いている。

 全然動きが読めない。


 パスは見方も含め、どこからどこに出ているのか動線が見えず、俺自身どこにパスを出していいのか分からない。


 そんな、もたもたしている間に、あっという間にスコアは……



 2-6



 完全に押されている。


 考えてみれば、相手はバスケ部。

 いつも通りの攻撃・防御セオリーがあるだろう。


 対して、俺たちは未だチームにすらなったことが無い。



 結果は火を見るより明らかで、相手は余裕が出て来たみたいだ。


「ウェーイ、ウェーイ」と無駄にハイタッチをしている。

 プレイに関しても段々ラフになってきて、タックルまがいの体当たりが始まった。


 受け止めたのがイツキだったのがまた良くなった。

 先輩Bはイツキの体積の2倍はあるかというデカさなので、慣性の法則を考えてもイツキでは受け止められない。



「イツキ、ゴール下 代わるよ」


「サンキュ。ごめん」


「いや、本来あれは反則だから」



 ルールくらいは事前に聞いていた。



 バスバスと先輩Bがゴール下にツッコんでくる。

 この体系は、この攻撃のためなのだと理解できた。

 つまり、公式戦ではこの先輩Bはほとんど役に立ってなくて、こういう時のための・・・・・・・・・要員ってことか。



「さあ、来い! 先輩B!」


「俺には多野上って名前があるんだ、よっ!」



 既にあからさまに突っ込んできている。



「はい、どーん!」



 100kg超えた巨体が飛んできた。

 俺は腕を曲げ、肩に力を入れてタックルをモロに受け止めた。


 跳ね返すことはできなかったけれど、こっちが吹っ飛んだ程度には、先輩Bも吹っ飛んだ。

 引き分けと言ったところか。


 ちゃっかり、こぼれ球をノリタカが拾ってゴールに押し込んだので、チームとしてはうちの勝ち。

 この辺、こいつは抜け目がない。

 実に頼もしいヤツだ。


 ただ、先輩Bは納得いかなかったのだろう。

 そんな顔をしている。


 次のポイントの時に、同様に突っ込んできた。

 確実に狙っているらしい、3年の2人は途中邪魔が入らない様にノリタカとイツキをブロックしている。



「どりゃー!!!!!」


「こいー!」



突っ込んでくる先輩B、俺はさっき同様に腕を曲げて、重心を落とし構える。



「「「「「ヒロ!」」」」」



みんなの声が聞こえる。

その声に答えたい!



「だー!!!」



掛け声と共に先輩Bが突っ込んできた。

ぶつかる一瞬前、俺はふらりと身をひるがえした。


ボールを取る技術はなかったけれど、弾いたボールが偶然イツキの前に飛び、それをキャッチした彼がゴールを決めた。


一方、先輩Bは巨体を止めることができず、自ら壁の方に向かって突っ込み、さらに無理やり止めようとするもんだから つんのめって床に転げた状態だ。


床でキューってなってたし、あれ痛いヤツだ。



ポイントは、これで8-8。

追いつくところまで来た。



(キーンコーンカーンコーン)と、ここで昼休みが終わる予鈴が鳴った。


残念ながら、勝敗はつかずに時間切れを迎えた。



「お前らなんなんだよ。3人そろって男バスに来い!」



先輩Bを起こしながら、小島先輩が俺たちに言った。

なに? 勧誘? 実はいい人でした的な?

男のツンデレとか勘弁してくれ。



「「「遠慮しときまーす」」」


俺たちは3人そろってお断り申し上げた。

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