第19話 次女と三女
破滅の影に向かうは流星。
それは黒竜フェブリスを阻むように舞い降りた。
彼はひと目で理解する。
六姉将を司る人類希望の二星であると。
「ターゲット捕捉。中心部より膨大なエネルギー反応を感じます」
「魂喰らいの鬼さん、見ーつけた。ほな今までの分ブチかましましょかえ」
「六姉将。生で見るのは初めてだ。初めまして。ワタシこそが君たちの標的、黒竜フェブリスだ」
「あら。ミレーを殺したんやからどんな化け物かと思うたけど、案外紳士的なんやなぁ」
「フォイラン、感心している場合ではありません」
「わかっとうってカルム。せやけどまずは互いに挨拶は大事やろ?」
和洋折衷の戦乙女服に身を包んだ次女フォイランに、幾何学模様を多用した鎧を着込む三女カルム。
カラカラと情緒豊かなしゃべりのフォイランに対し、カルムはどこか無機質で冷淡な印象を持たせる。
「……ところで、うしろの魔物は?」
「ワタシが作った愛の結晶だよ。……美しいだろう? これぞ、死がふたりを別つまで!」
「これ見て喜ぶんはアンタだけですえ。愛だのなんだの言うて、やっぱ人間のこと甘く見過ぎちゃうか?」
「ほうほう、これは手厳しい。だがまさしく事実! 今後とも愛について知見を深めたいところだよ」
「だぁかぁらぁ、それが分かってへんねん」
「ん?」
「今、ウチめっちゃブチ切れてんねんえ。……人間を好き勝手やってヘラヘラやってる、アンタが憎ぅてなぁ!!」
周囲がピンク色のオーラと色とりどりの花びらに包まれた。
黒竜フェブリスでさえ反応することが叶わなかったこの術式。
ただの魔術ではない。
だが気づいたときには、もう身体に異変が起き始めていた。
「これは……ッ。身体から、木が、植物が生えているのか? ……ウグゥゥウッ!?」
鎧を突き破るようにしてところどころから禍々しいそれは可憐な花を咲かす。
次に根元ごとそれは凄まじい破裂を引き起こし、内側から黒竜フェブリスを破壊していった。
こちらの強度も防御もおかまいなし。
戦い方が常識の範囲を越えている。
これは一体なんなのか。
植物にまつわる技のほかにも、幻惑系をたしなむようで、フォイランはクスクス笑いながら分身と高速移動を繰り返していた。
「ターゲット、ロックオン。高魔導エネルギー収束、空間座標、固定完了!」
カルムの声とともに、身にまとった鎧が変形を繰り返す。
背部から飛び出すは、翼のように広がった魔力で編んだワイヤーの渦。
仄暗い光の束は1本ずつほつれると、地面を抉り、宙を裂く。
空中移動を可能にする魔力放出の爆発力は、突進だけで山すらも砕くことが可能になった。
まさに中に人が入った戦闘用魔導人形。
フォイランの影響を受けないように特殊なフルフェイスを装備し、一気に突進。
からのレーザー掃射のように繰り出すワイヤーアクション。
「なるほど……実に戦略的だ。感動だ!!」
「ハァァァアアアアッ!!」
黒竜フェブリスへの衝突。
空気が揺れて無音の秒間。
そのあとから来たのは周囲を吹き飛ばすほどの衝撃波だ。
戦場は一変、人智を越えたパワーのぶつかり合いが見る者を本能的に怯ませる。
それは畏敬、果ては上位者への恐怖。
「これが……星雲の戦乙女……六姉将の実力ッ!」
「すげぇ、ひとりひとりが国とタメ張れるわけだぜ……」
「あぁ、戦乙女様……なんとお美しいのでしょう。私たちの導き手……世界の救世主」
感嘆を漏らす人々の傍らで、ジークリンデは次女、三女の実力に恐怖を感じていた。
あのレベルの実力者があと4人おり、人類側にて仇なす魔に猛威を振るっている。
それは黒竜フェブリスも例外ではない。
否、むしろその力は初代が遺した一角だ。
黒竜フェブリスに対してアドバンテージが取れるのは、案外自明の理なのかもしれない。
ジークリンデの出る幕はなかった。
体術にしても練度が違いすぎている。
なにをどうしたらこうなるのか。
星雲の戦乙女というだけでも常人を越えた存在であるのに、上位6名はそれを霞ませるほどの異常者。
以前戦ったミレーの戦いぶりがかわいく思えるほどだ。
質量のある非常識を容赦なくぶちかます。
「黒竜様ッ」
立て続けに起こる衝撃音と稲光、そして舞い散る花びらが何人(なんぴと)をも近付けさせなかった。
だが、ここで別の動きが起こる。
「フハハハハハッ! いいぞ! もっと近づいて来い!」
「ダメージを受けても即時再生。厄介ですね」
「なんや、ビビッとんかえカルム。ええで、休んどっても。ウチが叩きのめしてあげますさかい」
「いいえ、戦闘継続可能。出力、60パーセントから85パーセントへ。このまま一気に決めましょう」
ワイヤーと花びらが意思を持ったように黒竜フェブリスに襲い掛かる。
それをアクロバットな空中移動で回避しつつ、接近を試みた。
両手には高出力の魔力弾。
一気に解き放てば、無数の矢のように展開し、地上へと降り注ぐ。
「この程度の力でウチらを倒せるとでも? 舐めなはんなや」
「ずいぶんと舐められたものですね!」
フォイランとカルムがそれぞれの速度で黒竜フェブリスに立ち向かう。
バキバキバキッ!
メリメリメリメリィッ!
黒竜フェブリスの身体が軋みを上げる。
「痛いよぉ……美しいよぉ……愛してるよーーーーぉぉぉおおおぉっひっひっひっひっはっはっはっはっ!!」
「コイツ、もしかして笑っとるんえ? 嘘やろ……」
「おぞましい……」
木が生え、抉れ、拳と蹴り、突進が入り乱れる中ワイヤーで斬り裂かれる。
だが黒竜フェブリスはその境遇自体を喜んでいるようだ。
ドM気質が致死量を超えて、新たな境地に達している。
これも愛の成せる業なのか。
思わず顔を見合わせて気味悪がるふたりに、黒竜フェブリスは勝利宣言をする。
「君たちのその高潔なるパワー、実に美しい。人類の絶対守護者。そうだ……これこそがワタシの望む、存亡をかけた戦いだッ!! もっと踊ろう……君たちの愛を、もっとワタシにぶつけてくれ!」
「どんだけしつこいねん……とっとと往生せいや!!」
「……これよりは最大出力を維持し、全力をぶつけます」
「これだから大好きなんだ。……でも、ワタシもやられてばかりじゃあない!」
次の瞬間、歪な形をした魂が彼に取り込まれていった。
例の魔物の魂だ。
どさくさにまぎれてつまみ食い。
やり口がダイナミック過ぎてふたりは完全に虚を突かれた。
「……ッ! しまった、あの魔力弾のときかえ!」
「黒竜フェブリスの内部ですさまじいエネルギー反応がッ! これは一体……ッ!」
「さぁ、ショータイムだ。君たちの愛は何色かな?」
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