第25話 蝙蝠と蝙蝠と蝙蝠と蝙蝠が舞いました

「これならば!!」


 避け続ける吾輩に業を煮やしたか、留学王女の苛立った声がした。

 同時に、魔法陣がはらむ魔力が増大する。一層強く輝いた。


 まさかとは思うが……、やれやれ。


「勘弁してくれないか」


 光の束が増えた。更に5つ。一本でも吾輩を包めるだけの太さだというのに。

 いずれも恐ろしい速度だった。様々な角度から吾輩に迫る。


 広い中庭をところ狭しと走り、跳ね、かろうじて回避した。

 が、小癪なことに吾輩の退路を断つように動く光線もあった。


 なるほど、どうにもならん。

 このままこの身体で避け続けるのは無理だ。


 巨竜の炎息ブレスを回避した時と同じように、攻撃に合わせて光に変化すれば問題ないかもしれない。しかし、炎と同じように、光に成れるか試したことがない。


 それに、そもそも光の束は魔法の産物だからな。

 おそらく滅んでしまうだろう。それではいけない。


 よって、吸血鬼定番の回避方法を選択する。


 吾輩を滅ぼさんと押し寄せる第百階梯攻撃魔法〈素晴らしきものホープフル・ワン〉を前にして、魔力を全身に通わせた。


 直後、吾輩の身体は無数に分裂し、四方八方へと飛び散る。

 それらのほとんどが光の束に捕まって瞬時に消し炭となるが、残りはその包囲から逃げおおせた。舞い上がる。魔法陣の上で集結。


 吾輩は再び人の形を取り戻した。

 顔を上げる。


「ありきたり、と言いたいところですが……」


 留学王女と視線が合った。同じ高さだった。彼女は離れた屋根の上にいる。顔は苦々しそうに歪められていた。


「ありきたりさ」


 そう言いながら、吾輩魔法陣を踏み抜いた。

 甲高い音とともに砕け散る。あたりに闇が戻った。

 吾輩は魔力の残滓を足場に宙に立ち続ける。


 何のことはない。言葉のとおりありきたり。蝙蝠に変化して避け――いや、ほとんど避けられなかったが――ただけ。


 戦争大臣もやっていたことだ。複数の変化対象に意識を分散させるのは、大抵の吸血鬼にとっては難しいことだが……。なに、戦争大臣に出来たことだ。あの幼女に出来て吾輩に出来ないことはない。


 違いがあるとすれば……。


「一匹でも無事なら、そこから身体を再現出来るということくらいだな」


「それは反則と言うのです、閣下」


「君は出来ないのか?」


「出来ませんね」


 彼女は笑いながら言った。

 どうしてだろうな。何か面白いことがあるのだろうか。

 その割には引きつった表情だが。


「ですが……、だからといって負けが決まったわけでもありません」


「自信があるようだね」


「ありませんが……」


 瞬間、留学王女が目の前にいた。まさに瞬きをした直後のことだった。

 この固有能力は、敵が視線を外したことを起動因子トリガーとして目の前に移動できるものだ。距離も、時間も関係ない。


「私も弱くはありません」


 転移テレポートだ。

 なかなかやる。吾輩の知る限り、これが出来る吸血鬼は史上ふたり目だろうな。

 勿論ひとり目は吾輩である。


 彼女は爪を神速で振るった。

 吾輩は切り刻まれた。


「予想はしていましたが……、手応えがないですね」


 が、勿論問題ない。

 吾輩から見てもひょろひょろした長身痩躯は血を流していない。

 つまらなさそうに立ったままの身体はぼやけ――


「初めて見るかな? 陽炎ミラージュという力だ。細工なしでぼんやりと立つ趣味は吾輩にはない。危ない敵を目の前にしている時は特にそうだ」


 中庭を挟んで反対側の屋根の上から、闇に溶けていく自分自身を眺めている。


「褒めているのだよ、これは。君が最強の吸血鬼なのかもしれない。吾輩を除けば、だが」


 彼女が切り裂いたのはただの蜃気楼。

 陽炎とは名前のとおり、敵に幻覚を見せるものだ。起動因子は対象と目を合わせること。

 大変便利な力だが、相手が相手だ。普段より余計に魔力を目に注ぐだけで対処できるだろう。こういった小細工は、強大な魔力を持った者には通じづらい。


 少女は眉間に皺を寄せて不快感を示し、


「光栄です」


 そう言って魔力の残滓を蹴り込んだ。突進。その腕には長く伸びた爪。

 再び無数の蝙蝠に変化して回避する。


「正当な評価だよ」


 再集結。勢いそのままに宙を征く彼女の直ぐ側。

 吾輩も爪を伸ばし振るう。


 屋根材が弾けた。肉の感触はない。


「まぁ、それもそうか」


 留学王女も蝙蝠に変化したのだ。当然のように数え切れない数。

 戦争大臣の個性が霞んで見える。


 複数変化が凄いというのは、元々戦争大臣を褒めるために持ち出したことだが……。

 吾輩も出来るし、この少女も出来るとなれば、どうにも的外れだったかもしれない。

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