第10話 第四容疑者の吸血鬼の元を訪れたらちょいちょい無視されました
家庭教師くんのところを失礼してから数十分後、吾輩はまた魔王城に来ていた。
本日二度目の登城ということになるね。朝戦争大臣ちゃんとお喋りしたのが遠い昔のことのようだ。今日は色々あったからなぁ……
だが仕事は終わりじゃない。
容疑者リストの最後の一人、留学王女ちゃんが犯人なのか確かめねばならない。
吾輩は曲がりくねった魔王城の廊下を迷いなく進む。今度こそ戦争大臣ちゃんから渡された資料を読み、目的地への道のりを把握していた。道を尋ねても教えてもらえないと、今日一日でしっかり学習したからね。
留学王女ちゃんの部屋は本丸天守の22階にあった。本丸天守は魔王様のお住まいだから当然厳重警備だが、22階は特にすごかった。デュラハン達が廊下の両側にずらり! 肩が触れるほどの密度だった!!
ともかく吾輩は、例によって扉を元気よく押し開き、
「君が犯人だな!」
と叫んだ。
「扉の開け方を知らないのですか?」
部屋の主は静かに非難した。長い銀髪が目を引く若い美少女だった。吾輩は驚いた。若さや美しさにではない。吸血鬼の外見はだいたい若いし、美形だ。吾輩の外見は中年手前だし、美形でもないが……
さておき。驚いたのは、複雑に捻れたその角がとても大きかったからだ。魔王様にも引けを取らないんじゃないだろうか。これはこれは…… この少女、戦闘スキルはともかく絶対に騎士団長くんよりも強いぞ……?
ま、どうでもいいか!
吾輩は戦いに来たのではない!!
「挨拶は元気なほど良いのでね!!」
よって吾輩は気を取り直して改めて叫び、容疑の理由をとうとうと語った。
次席執事ちゃんの疑いは晴れ、『デュラハンに紛れれば暗殺楽勝説』も立証されず、家庭教師くんにも無理だと。もう他に犯人候補はいないのだぞ、と。
そして、そのすべてを見事に聞き流された。
彼女の顔は下を向いていて、まったく興味ないという感じだった。
「あれ? もっと何かないの? 反論とか」
彼女は自分で淹れたお茶を飲み始めた。吾輩の説明を無視している最中に用意したのだった。へぁー! めっちゃ舐められている!!
ちなみに吾輩も淹れてもらった。
美味しかった。
ともかく、お茶を飲みながらの話だ。
留学王女ちゃんは俯いたまま、遂に答えた。
「閣下の話は9割無視していいと陛下から教わりました」
「無視しないで! あと吾輩、閣下って呼ばれるの苦手なんだけど……」
「それも教わりました。閣下」
なんてことだ! 吾輩ショック!
無視したあげく、こんなにストレートに悪意を表明するとは!
「君、さては性格が悪いね!?」
「礼儀の問題です。目上の方には敬意を払うべきです。敬称で呼ぶのは礼儀でしょう」
「礼儀かぁ…… 吾輩苦手なんだよね!」
「全周から見てそうだろうとよくわかります」
「そうそう360度どこから見ても…… あれ? なんの話をしてたっけ?」
「私が連続殺吸血鬼事件の犯人だという話です」
「そうだったね! お茶を振る舞われたからって情状酌量の余地はないぞ!? 白状しろ!」
「私の立場はご存知ですか?」
「ご存じないね!! あれ、敬語あってる?」
「間違ってます。閣下がへりくだる意味はわかりませんが、正確には『存じ上げない』です」
「冗談だよ! 敬語の種類を逆転させてみたのさ!」
「面白いですね」
「ありがとう!」
「冗談ですよ」
「ハッハッハ! あれ、吾輩の冗談が面白いのが冗談ってこと? どういうこと?」
留学王女ちゃんは紅茶を飲み干して返事に代えた。
吾輩は再び無視されたようだった。
嫌われているらしい。つらい。つらすぎる。吾輩は捜査を恨んだ。魔王様から与えられた仕事じゃなければ、他人に嫌われるような真似をするものか!
「手元の書類を読み直してください。私はB国の第九王女です。そして、あなたの国と長大な国境を接するB国は、あなたの国と緊張状態にあります。」
「なるほど」
この国は魔王様の国だから、吾輩の国ではないけどね。
しかしなるほどなるほど。戦争大臣ちゃんが忙しそうだったのはそれが理由か。戦争ってのは始める前も忙しい。
「私が何故この国にいるのかと言えば…… まぁ、人質といったところです。王族の私を差し出すことで、B国は戦争を回避しようとしたのですね。数年前の紛争で手酷く負けましたから」
「なるほど」
本当は何も知らなかった。へぇ、ちょっと前にB国と紛争をやっていたのか。だから、家庭教師くんは敵国の王女と表現したんだね。ちなみに、紛争と戦争の違いもよく知らないよ吾輩は。紛争は規模が小さいのかな、くらいしか分からない。
「しかし…… 私の祖国であるB国は今、戦争をしたがっています。偉大なる魔王陛下は完璧すぎた。戦争でも、外交でも。あなたの国は急速に強くなりすぎたのですよ。これ以上国力差が広がる前に、あなたの国に一撃を加えるべきだと考えるようになりました」
「なるほど」
魔王様は最高だからね。家庭教師くんの授業で聞いたことだけど、魔王様がこの国を治める様になってから領土は7倍になったし、金回りもいいらしい。『戦場の王』にして『戦争狂い』にして『史上最強の魔王』と呼ばれるのは伊達ではないのだ。
そして、当然のように周辺国に嫌われているわけだ。他の国から見たら脅威なのはよく分かるよ。吾輩だって隣人が超強い人狼に変身したら嫌だもんね。いやはや、争いだけはいつの世も変わりなくあるってわけだ。
「私があなたの国の吸血鬼を殺して回ったら、私は殺されますよね」
「なるほど」
犯罪だからね。それに、戦争大臣ちゃんから聞く限りでは、滅ぼされた吸血鬼たちはみんな重要な人材だったらしいしね。そうだね。死刑だろうね。
「私が殺されたらそれがどんな理由であれ、B国は『我が国の王女が無実の罪で殺された』と唱えて宣戦布告しますよね」
「なるほど」
戦争したい国はそれらしい口実があれば良いものだからね。よく理解はしていないが、そういうものらしいね。
「やはり閣下は世情に疎くていらっしゃるのですね」
「なるほど」
酷い事言うねこの留学王女ちゃんは。でも、「なるほど」としか返事をしない相手がいたら、吾輩でもそう言うだろうなぁ。
「ですから、私には暗殺を行う理由が十分にあると申しております」
「なるほど……」
確かに、留学王女ちゃんがB国のために活動しているならそうなるね。
B国は魔王様の国がこれ以上強大になる前に戦争をして、負かしておきたい。で、その理由に留学王女ちゃんを使うのは理にかなっている、と。どうせ第九王女だし、と。どうせ吸血鬼だし、と。
魔王様の治めるこの国以外では、吸血鬼は蔑まれがちなのだ。回復力が強くて長命でおまけに強い。恐怖の裏返しなのかもしれないねぇ。吾輩はそれを覆し、魔族すべてと仲良くするのが夢なのだが……
「本当に理解していらっしゃるのですか?」
満を持して吾輩は宣言した。
「全然だね!」
ひとつひとつは理解できるけれど、まとめてどういう話になるのかはよく分からなかった。彼女の言うとおりならば、戦争が起こるのが望みの筈。それならば何故、自分から容疑を認めるようなことを言うのだろうか。
それに--
留学王女ちゃんはまったく嬉しそうじゃなかった。
だって、ずっと下を向いて俯いているんだもの。
でもどうなのかなぁ。引っ込み思案な性格なだけかも知れないし……
吾輩、人の感情を理解するのが苦手なんだよね!
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