魔界最強のポンコツ吸血鬼は捜査する/吸血鬼連続殺人事件の解決を愛しの魔王様から任せられましたが荷が重い。何しろポンコツなので。
ツチノエツチヤ
第1話 ポンコツ吸血鬼は魔王様の寝室に忍び込みました
吾輩は吸血鬼である。
正確な名前は忘れた。見た目は若いし気持ちも若いが、何しろ長い長い時を生きているのでね。ちなみに名前以外もあれこれ忘れている。なお、ポンコツ吸血鬼であることだけはよく分かっている。
そんな吾輩は今魔王様の寝室に忍び込み、ベッドの上で仰向けに横になりながら、眠る魔王様を眺めていた。
「むぅ……」
魔王様が寝返りを打つとその大きな胸が揺れた。相変わらず良いモノをお持ちだなぁ……と思いつつ、思わず手を伸ばしたくなる衝動を抑える。
魔王様に触ると、また怒られるからね。
さて。
何故こんな事をしているのかと言うと、だ。
直接的な原因は、本日が魔王様の誕生日ということにある。
この世界では生まれた時に両親や親しい者達からお祝いをしてもらい、一年を迎える毎に誕生日を祝う風習があるのだ。
魔王様が誕生日を迎えるにあたり、何をプレゼントしたら喜んでくれるか分からなかった。それでも吾輩は精一杯考えた。夜も寝ずに考えた!
ま、吸血鬼は夜活動するものなんだけどね!
つまり、魔王様が一番喜びそうな事を考えた結果が、魔王様のベッドの上で寝転がっている現状である。
しかし、いざ実行に移すとなると緊張してきた……
「うーむ……」
とりあえず魔王様の寝顔でも見て落ち着こうと思ったその時--
扉の方からガシャという金属がきしむ音が聞こえてきた。
「ガシャ?」
頭を上げてそちらを見ると、そこには扉を開けかけた人影があった。どうやら魔王様を起こしに来たらしい。
「やあ、こんばんは」
吾輩は堂々たる態度で声を掛けた。
吸血鬼は紳士であらねばならないからね。
「!」
急いで部屋から出て行く人影のことはよく分からなかった。吸血鬼である吾輩の目は暗闇などものともしないが、あっという間に消え去ってしまった。何だったのかな。
疑問を抱きつつも、そろそろ頃合いかなと思い起き上がる。そしてそのまま音を立てないようにベッドから抜け出すと、机の上に置いてあった箱を手に取った。
この中に魔王様へのプレゼントが入っている。後はこれを魔王様に渡せばいいだけなのだが……
本当に受け取ってもらえるだろうか。いらないと言われてしまったらどうしようかと思うと不安になる。だけど、もうやるしかない!
覚悟を決めてプレゼントの入った箱を持つと、眠っている魔王様の元へ近付いて行く。あと少し。ゆっくりと手を伸ばして、魔王様の顔に触れようとした時――
「……」
ふと気付いた。よく考えたら、これじゃあ吾輩が魔王様に対して変な事をしようとしているみたいじゃないか!?︎
慌てて伸ばしかけていた手を引っ込めようとしたが……
遅かった。遂に目を覚ました魔王様は、直ぐに吾輩に気がつく。
「っ!!︎」
ヤバいっと思って逃げ出そうとしたが、それより早く魔王様が起き上がってきたので捕まってしまう。魔王様は魔界最強だからね。当然だね。誰も彼女には敵わない。
大抵の場合、魔族の強さは2本の角の大きさに比例する。そして、魔王様は魔族でもっとも大きく複雑な角を持っているのだ。一方吾輩の角は、鋭角に天を衝く格好良いデザインをしているくらいが取り柄で、大きさは至って普通だ。掌サイズである。
流石、魔王様!
『戦場の王』にして『戦争狂い』にして『史上最強の魔王』の二つ名をお持ちなだけはある!! その矛先が吾輩に向いているのだけは勘弁だけど!!
「こら待て貴様! これはどういうつもりだ!?︎」
「離せ~!」
しばらく揉み合っている内にバランスを崩してしまい、二人揃って床に倒れ込む。その際、手に持っていた箱を落としてしまい中身が散乱する。
それを目にした瞬間、魔王様の動きが止まった。恐る恐るといった様子で散らばった中の一つを手に取り、じっと見つめている。
銀の指輪だった。
実はそれ、この間街へ買い物に行った時に気になってたものなんだ。魔王様の綺麗な手に嵌ってたら素敵なんじゃないかって。
値段が高かったからちょっと迷っていたんだけど、やっぱり魔王様に似合うと思って買ってしまったのだ。
正直に言おう。かなり恥ずかしかったよ! だって店先で女性店員さんに相談しながら選んだんだよ? しかも「恋人に送るならこれです」なんて言われちゃってさぁ。
適当に選んでしまえば魔王様との関係も終わってしまうかもしれない。そう考えてしまうと真剣になってしまう。結局散々悩んだ末に、似合うと思った順に銀の指輪を買ったんだけどね。今思うと失敗だったかも。
魔王様はその指輪を見るなり顔を真っ赤にして俯いている。一体どんな気持ちでいるのか想像できない。
怒っているのだろうか? それとも呆れられているのだろうか? 一番有り得そうなのは両方ということだ。少なくとも魔王様が喜んでいるようには見えない。
ああ、失敗したなぁ。こんな事になるなら、ちゃんと魔王様に相談すればよかった。
後悔していると、魔王様がポツリと言った。
「貴様には……いつも驚かされるな」
「え?」
驚いて魔王様の方を見ると、彼女は優しい笑みを浮かべていた。
真っ赤な長髪が美しい顔に良く映えている。
「寝室に忍び込んだことを許してくれると!」
「ふざけるな!!」
だめだった。やはり怒られた。ふーむ。何が良くなかったのだろうか。
「吸血鬼から銀細工のプレゼント、面白くはある。指輪を二〇個、これもなかなか目新しい。足にもはめさせるつもりか?」
お? やっぱり喜んでくれてるのかな?
「馬鹿か貴様は。まったく……」
違うらしい。
吾輩はどうにも他人の感情を推し量るのが苦手だ。
「心配してくれたのかな?」
「脳の作りが正常なのか、それだけは気になる」
そう言って魔王様は吾輩の手袋を剥ぎ取った。中身は焼けただれていた。吸血鬼は銀が苦手なのだった。具体的に言うと、触れただけで皮膚が爛れる。
「まあいい。これは預かっておく」
「喜んでくれた?」
「全然だ。だが、余の頼み事を聞いてくれたら喜んでやっても良いぞ」
「もう怒らない?」
「今はもう怒らないが、将来的には絶対に怒る」
「なんでさ!」
「ハァ…… 貴様が馬鹿だからだよ。馬鹿め」
呆れる顔ですら美しいな魔王様は!
「まあいいか! 魔王様が喜ぶなら何だってやっちゃうよ!! で、頼み事って何?」
吾輩の問いを聞いて魔王様はとても楽しそうな笑顔を見せた。
あ、不味いぞ。こういう顔をする時は、面倒事を押し付ける時と決まっている。
「幽霊の正体を突き止めてもらおう」
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