十六話 忠誠の証

 メラニーを失い七人となった私達は、白い集団にボースハイト王城の敷地内にある地下牢へと入れられた。


 地下牢の衛生状況は悪く、床や壁にはゴキブリが這っている。

 隣の牢からは呻き声が聞こえてくるし、暗くて気味が悪い。


「たっはっはー! こりゃ脱出不能だねーっ!!」


 フローラ曰く、皆の両手にそれぞれ付けられた手錠には乱魔石という石が含まれていて、付けられた者は体内のマナが乱されるみたい。

 それ以前に、右手がない私は手錠を両足に付けられていて歩くことすらままならないんだけど。


「ちぇっ!! 何なんだよ、ちくしょーが!!」


 ブレアはマナが乱され闘気を纏えないことに苛つき、ギザ歯を食いしばりながら手錠を付けられた両腕を地面に叩きつけた。

 鉄で加工された手錠は、当然そんなことじゃ壊れない。


 年長者のフローラが脱出する案が本当にないのか考える中、牢の隅で三角座りをして泣いているのは、ベラだ。

 もう一人の年長者であるルーナは、そんなベラの背中をさすっていた。


「……ぅ……ひぐ……」


「……ベラ……メラニーは……死んでた……のよね……?」


 ベラは顔を伏せながら、小さく頷く。


「……そう……」


 ルーナはベラの背中をさすり続ける。

 可愛がっていたララを失った経験があるルーナは、同じくメラニーを可愛がっていたベラの気持ちが分かるんだろう。


 分かってもなお、かける言葉がないんだ。

 だから側にいて、背中をさすり続けるしかできないんだ。


「メラニーはあたいらを売って、自分だけ助かろうとしやがったんだぞ!! あんな裏切り者の話なんてしてんじゃねーよ、バーカ!!」


 裏切り者――その言葉に張り詰めた空気が流れる。


 牢の壁にもたれ掛かって座っていたエマは立ち上がり、ブレアの前へと立ちはだかった。


「――取り消しな、ブレア」


「あぁ!?」


「メラニーは裏切り者なんかじゃないって言ってんのさ!!」


 エマは手錠が付いたままの手でブレアの胸倉を掴み、ブレアを力付くで浮かせる。

 牢屋の角で俯いていたベラも、ブレアのことを恨めしそうに睨んでいた。


「何だぁ、エマ!? お前も裏切り者かよ、おい!!」


「取り消せってんだよ、ブレア!!」


 ――エマとベラは自分達が可愛がっていたメラニーが死んだことに責任を感じているのだろう。


 王都に来てから半年間、メラニーをルーナとフローラに任せ、エマとベラはどこかで何かの仕事をしていた。

 私達には言えないような仕事をしていたから、メラニーを連れて行かなかったんだろう。


 メラニーを想ったその行動が……孤児院ではいつも一緒だった二人とメラニーの距離を離していたのかもしれない。

 身体だけじゃない。

 眼には見えない、心の距離が。


 メラニーはそんな心の距離を感じ、仲が良いエマとベラにも自分の想いを何も打ち明けられなかったんだ。


「何度だって言ってやるよ、バーカ!! あいつは自分だけ助かろうとした、裏切り者だ!!」


「ブレアアァァ!!」


 きっとエマとベラは、自分達がずっと側にいればメラニーの心中に気付けたのかもしれないって思ってて、自分自身が許せなくて感情を抑えられなくなってるのかもしれない。


「エマ!! やめて!!」


 手錠を足に付けられた私は何とか二人の間に割って入り、メラニーを侮辱したブレアを殴ろうとするエマを全力で止める。


 エマ……凄い力……。

 普段飄々としているエマのこんな姿なんて、見たことない……。

 でも死んだメラニーは、自分のことで私達に喧嘩なんてして欲しくないはずだ。


「――ブレア……メラニーが裏切り者なら裏切り者は一人じゃないよ……」


「ああ!?」


 それに私は――。


「私も……あの時メラニーが生かして欲しいって前に出てなきゃ、出るつもりだった」


 メラニーだけを裏切り者なんて呼ばせたくない。


 隠すことはできた。

 だけど、言わなきゃいけなかった。

 アリアのためとはいえ、私だって皆を売って自分だけ生きようとした――裏切り者なんだから。


「ヒメナ……お前もか!! 王都に来てから見直してたってのに!! どいつもこいつも裏切りやがってよ!!」


 多分、ブレアは正しい。

 私は皆が死ぬことになっても、自分が生きないとって思ったんだから……。


 けど、そんなことをしたくてしようと思ったんじゃない……。

 エミリー先生と約束したから……そうするしかなかったんだもん……。


「じゃあ……もしあの時ロランが本当にアリア以外殺すつもりだったらどうする気だったのよ……?」


「闘って死ぬならあたいらはそこまでってだけだろが!! バーカ!!」


 何も分かってないくせに……分かろうともしてないくせに……!!


「私達が全員死んだら誰がアリアを守るのよ!? 私はエミリー先生と約束したのっ!! 何に代えてもアリアを守るって!!」



 私がアリアのために辛い思いしてるのも、知らないくせに!!



「やめて!!」


 アリアがらしからぬ大声を上げたことで、私は正気に戻った。


 エマを止めるつもりが、ミイラ取りがミイラになっちゃった……。

 それに私……アリアのこと……。


「エミリー先生が死んで……ララが死んで……メラニーが死んで……もうたくさんだよ!!」


 アリアは顔を覆って俯く。

 周りを見渡すと、皆同じように俯いていた。


 生きたくても死んだ仲間がいるのに、生きている私達が言い争ったり、下を向いているなんて……最低だ。


 エミリー先生、ララ、メラニー……ごめんね……でももう皆限界で、心もバラバラになっちゃった……。


 今の状況をどうしようもできないし、これから先のことなんかもっとどうしようもない。


 そんなことを考えていると、牢番が牢屋の鍵を開ける。

 空いた扉から入ってきたのは――。


「喧嘩かい? 子供は元気で良いね」


 私達の未来を決める男、ロランだ。


「てんめぇ!!」


「止めなさい、ブレア!! こんな状態の私達に何ができるっていうの!?」


 ギザ歯を剥き出しにしてロランに喰ってかかろうとするブレアの首に、手錠がかかった手を回して止めるルーナ。


「うん、懸命だね」


「メラニーを殺して……アリアを、私達をどうするつもりですか?」


 何が可笑しいのか、鎖に繋がれた獣のように唸るブレアを見て笑うロランに、ルーナが問う。


「アリアちゃん……いや、これからは歌姫と呼ばせてもらおうかな。歌姫には僕のために戦場で歌ってもらう。【狂戦士の歌】だったかな? 闘う者の恐怖心を取り除き、マナや身体能力を底上げするあの歌は実に素晴らしい。前線で歌えば帝国を滅ぼす歌となるだろうね」


「そんな……私には無理です!!」


 アリアを騎士団に入れようとしていたのは、戦争にアリアの歌を利用するためだったんだ。


「君にはボースハイト王国の救世主として輝かしい未来が待っていると言うのに、それが何故分からないんだい?」


「戦争のために歌うなんて……!! 私は人殺しのために歌いたくなんてありません!!」


「……どうしても?」


「簡単に人を殺せるあなた達とは違います!!」


 アリアの泣きながらの叫び。

 それを聞いたロランは、ゆっくりと私に向けて歩を進め――。


「なら、仕方ないね」


「ほぇ?」


 私の背後に周って両腕を拘束した後、帯剣していたレイピアを抜き、私の喉元に突き付けた。


「「「ヒメナ!!」」」


 レイピアを刺された私の喉元からは、血がゆっくりと垂れる。


「何をする気ですか!?」


「歌姫が歌わないのなら、歌うまで一人ずつ殺していこうかな。歌姫と一番仲睦まじくしてそうな君からでいいかな?」


 ロランは本気だ。

 メラニーを殺した時のように、アリアの返答次第では……間違いなく私を殺す。


「お願いします……!! ヒメナを離してください!! 私……歌いますから!! 歌えばいいのでしょう!?」


「駄目だよ……アリア……!!」


「今更歌うと言われても、もう信用出来ないね。君は僕の誘いを二度も断った。今歌うと言っているのは、仲間を助けたいがための一時的なものだろう? 君が僕のために歌い続ける保証……裏切らない保証がない」


 アリアが歌うって言ってるのに……今度は信用出来ないって……何なのこいつ!!

 あんたの方こそ絶対信用できない!!


「……裏切らない保証があれば……皆に手を出さないと約束して頂けますか?」


「そうだね。絶対なる忠誠の証があれば、君の仲間に手を出す意味なんて無いしね。僕の部下として紫狼騎士団に受け入れてあげよう」


 ロランがアリアにそう告げると、静寂が流れる。

 私の喉元にはレイピアが刺さったままで、アリアの返答次第ではロランは即座に深く突き刺すだろう。


「……忠誠の証……」


 静寂の中――アリアは悩む。

 それもそうだろう。

 発言が二転三転するロランの意図が分からないのだから。


 ロランの誘いに乗っちゃ駄目だよ、アリア……!!

 私達を騎士団に入れるのも、裏があるに決まってる!!


「……なら――」


 深い静寂を震えた声で切り裂いたのは、アリア。



「私の両眼を差し上げましょう」



 アリアが静寂を切り裂いた先には、更なる静寂が待っていた――。

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