六話 指切りげんまん
私達はひたすら森の中を王都の方角へ向けて、歩いていた。
距離もどれくらいあるのか、どんな所なのか、誰も行ったことがないから良くわからない。
ルーナが持つ、孤児院から持ち出した地図だけが頼りの綱だ。
「ルンルルーン♪」
一晩で傷が完治した私は、獣道を上機嫌にスキップする。
体は軽く、思い通りに動く。
当然無くなった右腕の肘から先は無いままだけど、昨日までの苦しさが嘘みたい。
「ヒメナ、調子に乗ると怪我が……」
「大丈夫だって! すこぶる元気だもんっ!!」
「ちぇっ、うぜーな!! 元気出たらこれだよ!!」
せっかく人が良い気分でいるのに、ブレアが口を挟んでくる。
睨みを利かせてたら、アリアが私達の間に入りブレアと向き合った。
「ブレア、昨日はありがとう」
アリアがブレアにお礼……?
昨日何かあったのかな?
「うううう、うるせーっ!! バーカバーカっ!!」
「ブレア何赤くなってんの?」
「何だこらっ!! やんのか!?」
「ほぇ!? 上等よっ!!」
いつも通りブレアと喧嘩する私達を、皆は呆然と見ていた。
もしかしたら死ぬかもしれない怪我だったのに、一日経ったらいつも通り元気になってるんだもんね。
そりゃ、びっくりもするよ。
「昨日のアリアの歌が……ヒメナの怪我を治したって言うの……? 治癒魔法ってこと?」
「ありえない、ありえない!! アリアの歌が魔法だとしたら、昨日一晩中ずっと治癒魔法を使い続けたってことでしょっ!? そんなの非科学的だってば!! それに治癒魔法を使える人は稀にしかいないんだよっ!!」
「……そうね。魔法を使うには、使い手のマナがいる。そして使い手のマナ量は個人差はあれど当然有限よ。昨日一晩中魔法を使い続けて、今日あんなに普通でいられるなんて……」
「王国最強の騎士団長や帝国の四帝でも無理なんじゃないかしらぁ?」
ルーナとフローラとベラの三人が、私を見て議論してる。
アリアの歌は魔法……か。
確かにあの傷が一日で塞がるなんて魔法しか考えられないよね。
でもエミリー先生に聞いたことあるけど、【水晶儀】とかいうのをしないと自分がどんな魔法を使えるか分からないみたい。
「まっ、何でもいいさ。面倒だし分からないことは考えるのやめよ」
「……それより今は……これから……どうするか……食料も少ないし……無くなったらどうしよう……」
「もう街道に戻っても平気かもね。孤児院から大分離れたから、帝国軍と鉢合わせることもないっしょ。これ以上荒れた道歩くのもだるいしさ」
エマとメラニーの言う通り、孤児院から持ってきた食料は後数日しかもたない。
確かにこのまま森や山の獣道ばっかり歩いてたら、方角感覚も失いそうだし皆の体も持たないかもしれないし。
何より、魔物に会ったら大変だ。
「――そうね。街道を見つけたら、それに沿って王都へ向かいましょう。王都でなくても私達が定住できて、戦争が起きても安全な場所があるかもしれないし……」
人と会えば、王都への正確な距離もわかるだろうし、食料もどうにかなるかもしれないもんね。
でも今は、それよりブレアとの喧嘩が優先だ。
右手が無くても、私だって闘気が使えるんだ。
やられてばっかじゃないって、わからせてやる。
「二人とも、やめて!!」
「ブレアァァ!!」
「おらあぁぁ!!」
アリアが止めようとする中、私とブレアが喧嘩しようとしていると、私達の間に小さい体を目一杯広げた幼女が割り込んだ。
「やめて」
薄紫のショートヘアをした女の子は、ララ。
孤児達の中でも最年少で、小動物のようでとっても可愛い。
口も三角でとってもキュートだ。
「二人は……ララの前で、喧嘩を続ける気?」
「ほぇぇ……」
「ぬぬぬ……!!」
ずるいよ、アリア……。
ララを盾に取るなんて……。
最年少のララの前で喧嘩をするのはばつが悪いもん。
ブレアもそう感じたのか、地団駄を踏んでいる。
一部始終を遠目で見ていたルーナが、走って私達の所にやって来た。
「ララ。喧嘩を止めてくれてありがとう。もう……二人共お願いだから仲良くして。非常時で大変なんだから」
「でも、ブレアのアホが……!!」
「だって、ヒメナのバカが……!!」
「これ以上ルーナに迷惑かけちゃ、めっ」
何で私が言われなきゃなんないの?
いっつもブレアから絡んでくるのに。
「ちぇっ!!」
私とブレアが睨み合っていたけど、ブレアは舌打ちをしながら不機嫌そうに私達から離れていった。
「ララ、喧嘩止めてくれたんだね。ありがとう」
「うん」
ララはルーナの服の裾を握っていて、離さない。
ララは孤児院の頃からルーナを実の姉のように慕っており、ルーナもそんなララを可愛がっていた。
あぁ……か、かわゆい……でも何で私じゃなくてルーナに懐くの……?
確かにルーナは真面目で大人だし、かっこいいけどさぁ……。
「ほらヒメナ、皆に置いていかれるよ。いつまでも指くわえてないで、行くよっ」
「ほえぇぇ……ララぁ~……私の裾もキュッとしてぇ~」
アリアは前を歩くルーナの集団と合流するため私を引きずり、ルーナとララは自然と街道へ向かう孤児達の最後尾となった。
前を歩く私達に、自然とルーナとララの会話が聞こえてくる。
「エミリー先生、いなくなっちゃったの?」
私達も……ルーナも、思わず固まる。
幼いララには死ぬということが、まだ良く分からなかったのだろう。
私も先生の死に際の話をララにだけはしなかった。
どう話せば良いか分からなかったから……。
「……先生は……凄く遠い所に行っちゃったんだ」
ルーナはそう答えた。
ララはまだ小さい。
ルーナもきっとどう話せばいいか分からなかったのだと思う。
「ララは大丈夫? エミリー先生いなくても」
「……ララにはルーナがいるし、皆もいる。平気」
……強がりだ。
ララもエミリー先生を本当のお母さんのように思っていた。
こんな小さい子に、強がりを言わせちゃうなんて……私のせいだ。
私があの時アッシュを止められてたら、こんな想いさせずに済んだのに……。
私が自責の念に苛まれていると、ルーナはララを安心させるように屈んで顔の高さを合わせて微笑んだ。
「これから大変かもしれないけど、ララは私が絶対守るから大丈夫だよ。私はララとずっと一緒だから……ね?」
「うん、ずっと一緒」
ルーナとララは指切りげんまんをしていた。
約束をしたのは、ルーナの決意の表れだったのかもしれない。
*****
崖の上――そこからヒメナ達孤児一行を観察する者がいた。
紳士な見た目をした太った中年男性は、ニコニコと優しそうな笑顔で微笑んではいるが、大量の血に濡れたノコギリを手に持っている。
足元には、高貴な恰好をした男が四肢を切り落とされたのか、涙を流して横たわっていた。
「頼む……もう殺してくれ……俺を家族や民の元に――」
太った男は実につまらなさそうな顔で、横たわっている高貴な男の首を足で踏みつけてへし折り、息の根を止める。
「とっても美味しそうだ」
そう呟きながら、男は仲睦まじく指切りげんまんをする、ルーナとララを見つめていた。
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